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未完世界のリライト ーシナリオクラッシュ・デイズー  作者: PRN
Chapter.3 勇者不在で冒険物語がはじまるもんか
50/62

50話 膝と覚悟と未踏進行の先に《Frontier Override》

甘い誘惑

白き牢


闇の憂鬱

霞の夢


花の乙女の守護者

大陸冒険者統一協約機構

 この世界は中途半端に造られた未完世界。はじまりを経て終わらず。現在77777回目ループに入っている。

 そしてその無限ループのなかで世界は着実にバグりつつあった。

 魔神将(ルミナンス)原初の魔胎(ダークマター)の襲来。大規模ダンジョンの発現に伴うグレーターデーモンの出現。


「(そして俺という定められた運命を容易に捻じ曲げる歪み(バグ))」


 すべてが創造者である俺の予期せぬあり得ないを辿っていた。

 いわば未踏進行フロンティア・オーバーライド。それすなわち予期せぬ未来の開拓を意味する。


「(なら、勇者ちゃんのなかに存在するこの子も……)――っ!?」


 言葉を紡ぎかけ、呼吸が止まった。

 影の落ちた失意のなかに色をもたない橙が浮いている。


「そういえば」


 あたたかさを失い、磨き抜かれたガラス片のように冷めきっていた。

 ただ空っぽな視線が、俺だけを射抜いている。


「この子とキスしたらしいじゃないですか」


「……なんの話?」


 真顔で素の返しだった。

 だってここ最近でもっとも身に覚えがない。俺が勇者ちゃんとキス。あり得ないだろそれはさすがに。


「最近この子からやきもきしてる感情がビシビシ伝わってくるんですよ」


 しかし直上から絶え間なく、しんしんと降りかかってくる。

 裏勇者ちゃんの様相には不穏な、怒りに似た感情が入り交じっていた。


「乙女の唇を奪っておきながら自覚がないとか最低ですよね」


「いやマジでなんの話ですかそれ。身に覚えなさすぎて完全に第3者視点なんですけど」


 すべすべとした肌が両頬を覆う。

 密着する柔肉はやわらかいのに、そこに籠められる力は鉄の枷のよう。

 甘く熱い感触に包まれているのに、身動きは一切許されない。


「……へぇ?」


 空っぽの瞳が細められる。わずかに上がる口角。

 それだけで背筋に冷水を浴びせられたような悪寒が走った。


「ちょっと待ってくれ!? それっていつの話をしてるんだ!?」


 もがこうとすればするほど、頬へ食いこむ。

 白い太ももはますます強く締めつけて俺の頭を圧してくる。

 熱と匂いに包囲され、逃げ場などどこにもない。このまま潰されるのでは、そんな錯覚さえ脳裏をよぎる。


「…………」


「黙って太もも締め上げるの止めて!? 俺だってあのときのことをちょっと残念だと思ってるんだから!」


 沈黙のまま、両脚の締めつけがさらに強くなる。

 白くなめらかな太ももが頬に食いこみ、むにゅっとした感触がいやに生々しい。

 温度も匂いも逃げ場もなく、俺は頭ごとそこに封じこめられてしまった。


「ちょ、ちょっと待てって!? ほんとにごめんだけど身に覚えがないんだよ!?」


 必死の抗議もどこ吹く風。

 むしろ彼女はますます口元を鋭角に引き上げる。


「そんなこと言いながらまったく抵抗しないんですねぇ~?」


 どこかうっとりとした色すら混じっていた。


「えいえい♪ 幸せ固め~♪」


 得意げに囁いた直後、太ももががっちりと俺の頭をロックする。

 柔らかさと圧迫感の両方に挟まれ、息苦しさよりもむしろ妙な多幸感が押し寄せてくる。


「(ンンンンンンンン!! ここに住みたい!! 可能であれば永住許可を求めたい!!)」


 頬を包む極上の感触に、理性がどんどん溶かされていく。

 俺の勇敢な心は、情けなくも白旗を上げかけていたときだった。

 静かな一帯に、不意に異質な音が響き渡る。

 ガタゴト、ガラガラ。落雷に似て否なるモノ。

 車輪が轍を噛む低い響きが文明の足音となって村に近づいてきていた。


「あら残念……もう時間がきちゃったみたいです」


 ひくっ、と。裏勇者ちゃんの脚が小さく震える。

 そして次の瞬間、頭を締めつけていた力がふっと抜けた。


「あいたっ!?」


 支えを失った後頭部は、容赦なく地面へと落下。

 鈍い痛みと同時に、妙な安心感と喪失感が交錯する。

 俺は漠然と身を起こすと目を細めた。砂埃をまといながら近づいてくる馬車のを視認した。


「ずいぶんと豪勢な馬車だな? もしかしてあれが大ギルドからの迎えってやつか?」


「正しくは大陸冒険者統一協約機構。独立と中立と公平を理念に掲げ、無法者の冒険者を導く酔狂な連中です」


 ゆっくりと近づいてくるのは、商人たちの使う荷車とはまるで違う。

 磨き抜かれた木材と金具で組まれた馬車だった。

 高価そうな車体は日差しを受けて淡く輝き、扉には紋章が刻まれている。

 実用一点張りではない、どこか威信を示すための造りに思えてくる。


「この子もそろそろ起床しそうなのでご褒美はこのくらいにしておきましょうか」


「(いまのが旅にでることへのご褒美だったのか。そのわりに滅茶苦茶詰められた気しかしないんだけど)」


 不満は喉まででかかった。

 だが、ご褒美と断言されると反論するのも野暮に思えてしまう。


「とりあえず乙女のハジメテを奪ったんですから、ちゃんと清算はしてくださいね。これは警告というより、唐変木なアナタへの純粋な注意です」


 挑発するでもなく、諭すでもなく。裏勇者ちゃんは淡々と告げる。

 そして最後に「わかりましたか?」と視線を落とし、すっと軽やかに立ち上がった。

 事実無根であるがゆえになんて答えたら良いのかわからない。

 そうやって俺が呆然としているあいだに、彼女は瞬きをひとつ終える。


「ふはぁぁ~……なんだかいい陽気で眠っちゃってたみたいです」


 同じ顔、同じ声。

 なのにとても同じ人格に感じられない。

 さっきまでのどこか鋭利な空気は解け、いつもの勇者ちゃんが戻ってくる。


「あれ? 私のこと、じーっと見て……どうしたんです?」


 きょとん、と首を傾げる。

 その仕草は、まるで幼子のようにあどけない。無垢さの塊。

 しかし反比例するように衣服はざっくりと肩からはだけている。


「服がだいぶはだけてるから直したほうがいいかも」


「へ? ひゃあああああああ!?」


 状態に気づいた勇者ちゃんは早かった。

 肩口までずり落ちていた襟を慌てて引き寄せる。


「い、いつから!? 見てませんよねっ!?」


 勇者ちゃんは真っ赤になって胸元を両手で押さえた。

 潰れた腕に柔らかい膨らみがのしかかり、かえって形を主張してしまっている。


「…………」


「な、なにか言ってくださいよぉ! たまにはだけてるけど私ってそんなに寝相悪いんですかぁ!」


 実のところ、なぜか裏勇者ちゃんは毎回のように服を脱ぐ癖がある。

 だからその後の始末をこうして彼女自身が背負わされているのだ。

 戻ったときには決まって、こんなふうに顔を真っ赤にして慌てふためく羽目になる。


「(けっきょく俺の問いには答えてくれなかったか)」


 上手くはぐらかされた気分だった。

 底が読めない。まるで彼女を知ろうとするだけ霞を掴むかのよう。

 捕まえようとしても触れられず。どころか、気づけば一方的に遠ざかってしまうのだった。

 そうして勇者ちゃんがあたふたしている間にも、地面を震わせる重々しい音が着実に近づいてきている。


「やたらデカいなぁ。商人の引いてる荷車なんて子供サイズじゃないか」


「こんな田舎の村では滅多に見ない贅沢品ですねぇ。あんなもの村の人は誰も必要としないですから仕方ないことではありますけど」


 馬車の存在感に思わず2人揃ってあんぐりしてしまった。

 車輪が轍を噛む低い響きがまるで足下を揺らすかのよう。

 商人の相棒はたいてい萎びたロバのことが多い。しかし馬車はがっしりとした体躯の馬が2頭並んで曳いている。

 艶やかな毛並みに手入れの行き届いた馬具。ひと目でわかる金のかかった仕立て。


「本当にあれってナエ様をお迎えするための馬車なんでしょうか? なんだか王様でも乗っていそうな厳つさしてますよ?」


「う、うーん……そう言われると自信がなくなってくるなぁ。そもそもよいしょされてるだけで俺はそこまで凄くないし……」


 現れたのは来賓用としか思えぬ豪奢な馬車だった。

 車体の外板には金の装飾が施され、窓には深い色のカーテンが垂れ下がっている。

 商人が使う実用的な代物とは比ぶべくもない。


「うぉー、うぉー、うぉー」


 俺たちの前まできたその馬車は、ゆるやかに速度を落としていった。

 燕尾をまとった御者が手綱を引く。落ち着いた声で馬を慣らす。


「貴殿がアークフェンに在住のナエ・ア・サクラ様でよろしいでしょうか?」


 身なりの良い紳士な男は立ち上がって胸板に手を添える。

 清潔な白い手袋、モノクル、そしてパリッとした燕尾のジャケット。自分がバトラーであることをひけらかすかのような身なりが逆にすがすがしい。

 俺はちら、と勇者ちゃんに視線を送ってから再び男を見上げる。


「だいたいあってます、部分的に間違ってますがだいたいあってるんでそれでいいです」


 イントネーションが違うんだよな。

 まあ別に良いし、説明するのも正直面倒くさい。

 燕尾の男は、再び軽く会釈する。


「書状に書かれていたはずですが――ご同行いただけますでしょうか?」


 断る理由がない。

 俺が口を開こうとした直後だった。


「いやぁ~お待ちしてましたよォ! 花の乙女の守護者さんっ!」


 パカッと勢いよく馬車の扉が開いた。

 馬車のなかから顔を覗かせたのは、やけにチャラついた風貌の少年だった。

 金色のチェーンをぶら下げ、どこか尻軽そうな笑みを浮かべている。

 燕尾の執事が演出した荘厳な空気を、派手な登場で一瞬にしてぶち壊すその軽薄さ。


「待っていましたぁ! さぁさぁ遠慮はいらないよぉ! さっそくお乗りくださいなっ!」


 俺はコイツを、知っている。




※つづく

(区切りなし)

最後までご覧いただきありがとうございました!!!

お手数ですが評価、お気に入り、レビュー、感想などいただけると励みになります!!!


※イラスト鋭意制作開始

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