51話 迫る馬車、胸鳴る旅路のはじまり《Jurney Awakes》
轍踏む
迎えの到来
疑念浮かぶ
新キャラ
素行不良の
旅路
「え、マジぃ! なになにその子~! 男だけって聞いてたけどまさかまさかじゃん!」
いかにも軽薄そうな口ぶりで、派手な身振りを交えて笑う。
勇者ちゃんはぐいぐいくる少年にやや押され気味でたじろいだ。
しかし唇をキッと引き結んでから1歩前に踏みでる。
「わ、私もついていって構いませんか! 実は私この御方のぱーとな……ぱ、ぱっ――パーティーメンバーなんです!」
「うっひょー可愛い子がついてくるとか余裕余裕! 辺鄙な片田舎への派遣だし退屈かと思ってたんだけど上玉いるとかバチ上がるわぁ!」
そう言って、あろうことか気安く肩に手を回す。
少年は、勇者ちゃんを馬車へとエスコートしようとする。
普段の俺なら、勇者ちゃんと男が肩を組むなんて許せるはずがない。
だが俺は、創造者である俺だからこそ、知っていた。
コイツがシスコンレベルで妹を溺愛していること。
父は冒険中に戦死し、母は妹を産んだあと病に倒れたこと。
血縁はただひとり。その妹も魔王軍に攫われ、最後には改造の末に妹の残骸として戻ってきてしまうこと。
そして彼は、妹を失った絶望に心を壊してしまうこと。
「(ダメだ……キャラエンド知ってるから涙が抑えられん! 俺……コイツにヒドいことできないかも!)」
涙がちょちょ切れる。
あの頃――中2でプロットを作ったころ――の俺なら切り捨てキャラとして見られたかもしれない。
だが、色々人生経験を積んしまったいまは耐えられない設定だった。
「ど、どうしてナエ様が泣いていらっしゃるんですかあ!?」
「ちょ? この人、情緒だいじょぶなん?」
勇者ちゃんは心配げに、軽薄少年は若干引き気味だった。
2人ともが涙ぐむ俺を見つめている。
「いや申し訳ない、ちょっと空気中のなにかが目に沁みただけだ。……よろしくな、カイハ」
俺は涙を拭って、差し出した手を迷いなく伸ばす。
彼の名は、カイハ・リル・アンブプト。
一般の家系から情熱と努力でのし上がった超期待の新星。大ギルド内でも指折りのスーパーエリート冒険者のひとり。
「……お、おう? って、俺自己紹介したっけ?」
「お前は努力の挙げ句に若くして上位ランカーまで上り詰めたベテラン冒険者なんだろ! そんな凄いヤツの名前くらい知っていて当たり前じゃないか!」
驚きながらも、カイハは手を握り返してくれた。
献身的な妹のために頑張るヤツ。ぱっと見はチャラいが、根っこは真っすぐで、すごく良いヤツなの、マジで。
「よくわからんけど……まあ褒められてるわけだし悪い気分じゃないな。ただ聞いてた以上に変なヤツでちっと予定が狂うんだけどさ」
聞いてた。若干の疑問に眉間が寄った。
しかし元凶はすぐに判明する。
「やっぴー♪ みんなのシセルちゃんはここにおわすよーん♪」
やっぱりいた。
というかここまでのくだりでいないほうが怖い。
馬車のなかから美しい白い脚が伸びてぴょん、と着地する。
「シセルさん!」
「(やっぴーって……たまにコイツからジェネギャを感じるのはなんでだ。そんな設定なかったはずだぞ)」
自称エリート冒険者ことシセル・オリ・カラリナの登場だった。
陰る俺とは違って、彼女を発見した勇者ちゃんの目がキラキラと光る。
「きていらしたんですねっ! しばらく村でお見かけしなかったから心配だったんですっ!」
「うむうむ本日もレーシャちゃんは愛らしいのう! でも心配はご無用! なにせ私はえりぃぃっと様なんだから!」
ふんす、と。誇らしげに鎧を帯びた胸を張った。
飛びしてきたのは、銀髪を陽に煌めかせた騎士風の少女だった。
身体にぴったりと沿う黒革と銀の鎧は、鎧というよりむしろ彼女の曲線を際立たせる装飾のよう。
天真爛漫としながら油断のない様子は、戦士というより舞台に立つ女優の如き華やかさがある。
「ったく……俺1人で良いって言ってんのにこの女ときたらついてくるってしつこいんだよ」
「あによー? 窮屈な馬車に美女の香りを付随させてあげたんだから文句を言われる筋合いないっての」
「その窮屈な馬車をデカ尻が余計窮屈にさせてんだって。だいたい年増の加齢臭なんかありがたくもなんとも――」
少年の頭の位置を物凄い勢いでなにかが通過した。
シセルの回し蹴りだった。それも人に打つレベルではない本気のやつ。
しかし少年はさもありなんとばかりにしゃがんで回避してしまう。
「次……それ言ったら殺すわよ?」
「デカ尻? 年増? それとも加齢臭のどれのことかなぁ~?」
シセルとカイハの間に熾烈な火花が散った。
さすが無法者の冒険者といったところか。以前出会った花の隊がどれだけ規則正しかったのかを理解されられる。
「ナエナエっちは私のことそんな風に言わないもんねー」
「たぶん俺とシセルは同い年あたりだしな」
「じゃあ俺はこっちの子と同世代だから隣の席けってー!」
「はえ!? いつから席順を決める流れになったんですか!?」
全員が乗りこんだことを確認した御者が手綱を引いて馬を急かす。
なんとも騒がしい。車内には退屈しない旅になりそうな気配が充満していた。
…… …… …… ……
内装に入ってみれば、外見通りの高級さが漂っていた。
車内は大人4人で座ればいっぱいという程度のこぢんまりさ。だが壁には薄布を重ねたカーテンが揺れている。
送迎用というだけあって、実用一辺倒の商人用馬車よりもはるかに整っていた。
とはいえ、窓を閉ざした空間にはどこか閉塞感もつきまとう。車体が軋むたびに車輪が轍を踏むゴトゴトという音が腹に響く。
「なんだかお尻のところふわふわで疲れないですね」
勇者ちゃんがぱちぱちと瞬きをしながら、小さく身体を揺すってみせた。
こぢんまりと身を縮め、ちょこんと座る姿はやたらと大人しい。けれど落ち着かないのか、もぞもぞとお尻を動かしていた。
「以前、古い馬車に乗ったことはありますけど……あのときはこんなに乗り心地良くありませんでした」
感心する声に、革張りがわずかに沈みこんで彼女を支える。
柔らかさに彼女はますます驚いたようで、ぴょこぴょこと尻を浮かせたり落としたり。確かめるようにもぞもぞ動く。
「そりゃこの馬車、要人護衛にも使われるほどの馬車さ。もしかしたらキミの座っているところに、昔お偉い貴族が座っていたかもだからね」
カイハはまるで自分の手柄であるかのように鼻を広げる。
どっかと壁に寄りかかって足を組み、得意げに笑っていた。
偉そうというより、若さゆえに調子に乗っているといった様子に思える。
「それだけにキミ……名前なんだっけ?」
「ナエナエっち」
カイハの問いにすかさずシセルの声が割って入る。
コイツ、ほんとに邪魔だ。
「朝倉苗だ。ナエって呼んでくれ」
そういえばこちらが一方的に知っているだけで自己紹介はまだだった。
邪魔者の頬を指で押しのけながら、俺はしっかり名前を伝える。
「なんで邪魔すんのよぉ! ナエナエっちでいいじゃーん!」
「俺はその呼びかたを許諾してねぇ! 狭いんだからいちいち突っかかんな!」
カイハがじろりと俺を見た。
「ふぅん?」
どこか面白がるような、しかし疑いも混じった視線が刺さる。
「ま、いいや。俺が言いたいのはなぜキミがこれほどVip待遇なのかってことなんだけどさ」
胡座をかいたまま、片頬に肘を突く。
軽薄さと若さゆえの挑発じみた仕草だった。
しばしして勇者ちゃんが、はっと息を呑む。
「ナエ様をお迎えするのにこれほど仰々しい馬車を用意するのは、ちょっと不思議ですよね?」
「キミぃ~理解力あるねぇ。現場判断速い子は冒険者にむいてるよぉ~」
言われてみれば確かに、そうだ。
俺は根無し草。自己評価が低いわけじゃないが、向こうにしてみりゃ対面すらしたことのない。どこの馬の骨ともわからない流れ者のはず。
にもかかわらず、要人待遇の馬車。がっしりした馬2頭立て。しつらえもすべて一級品。
「(どう考えても、やりすぎだ)」
俺の功績は、たかだかトラップを看破したていど。
それと王都1麗しの花の君を助けたくらいか。
採算がとれない。どころか辻褄も合わない。大ギルドはいったい俺になにを求めているのだろう。
「しかもここに俺がいる理由わかってる? キミ1人の護衛のために大ギルド長直々の指名もらってこんな僻地に赴いたんだよ?」
新人とはいえカイハは上位ランカーの冒険者。
強い魔物の討伐や難関ダンジョン攻略に駆りだすべき有望な人材である。
「気づいてないかもだけど御者のおっちゃんも軍人上がりの歴戦猛者さ。こんな辺鄙で魔王軍の支配地からもっとも遠いような雑魚だらけの場所に俺ら送るとか意味わかんなーい」
肩をすくめ、わざとらしくおどけてみせる。
だが次の瞬間、カイハの目つきが変わった。
「キミ、それくらいやるわけ?」
「……うっ」
睨み付けるような強烈な殺気がぶつかってくる。
俺は思わず息を詰めた。
防御力が多少バグっている。とはいえ中身も実力もただの人間だ。
冷たい刃を首元に突きつけられたような錯覚にたじろぐしかない。
カイハの殺気によって馬車のなかの空気が一変した。酷く息苦しい。緊張感がぴん、と張り詰めかのよう。
しかしそのとき馬車が急にがくんと止まった。
つづけて馬の嘶き、車体を震わす衝撃が車内を揺らす。
「客だ、しかも複数。魔物が同業の被害者を拉致している。おそらく狩りの帰りに接敵したな」
外からくぐもった声が壁を通して馬車内に響く。
御者の声だった。低く、短く、端的な情報のみで無駄がない。
そのひと言が車内をざわめかせるには十分だった。心臓を直に叩かれたような、冷たい動揺が走る。
「お客さんって……そういうことですよね」
「招かれざるほうで確定よ」
勇者ちゃんは不安そうに俯く。膝の上で両手を固く握り合わせた。
シセルは冷ややかに吐き捨て、すでに腰のナイフに手をかけている。
「へぇ? あながち俺をつけたのも間違いじゃないってか?」
カイハは薄く笑みを広げた。
立てかけていた剣の柄を握り、気配をすっと切り替える。
「ほんじゃあ! 護衛の任務を勤め上げるとしますかねぇ!」
※つづく
(区切りなし)
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