42話 小麦と陽だまりを、貴方へ
朝靄がうっすらと村の屋根を包んでいた。
金色に差し込む陽光はまだ柔らかく、夜露に濡れた草原をきらめかせる。
「もういくのか? 討伐自体は早めに済んだんだし少しくらいのんびりしておけばいいんじゃないか?」
「いえ、隣の町で花の隊のみなを待たせております。そこから王都まで馬で7日はかかるでしょうから」
朝の精錬された空気に佇む姫騎士の姿は、変わらず美しい。
あの熾烈な戦いを経てもなお彼女の可憐さに泥をつけるモノはいない。
正直なところ名残惜しくないといえば、嘘になる。俺は、鎧をまとった姫騎士に思わず声をかけていた。
「数日とはいえ遊んだり戦ったりけっこう忙しかったからな。竜巻の目がいなくなると思うと少しだけ安心するけど、同じくらい寂しいもんだ」
「その渦中に貴方様がご自身で入ってこられたのですよ。ワタクシのような変わり者に近づくなどとは、本当に可笑しなお人です」
出会いは、最悪だった。
しかしいまにして思い返せば、やっぱり最悪だろあれ。
パンツ覗いてるところ見られたのがファーストパーソンだぞ。良い思い出になるわけないだろ、ふざけんな。
「ところでレーシャ様の件なのですが」
思い至っているところへ姫騎士の声が届く。
案の定、勇者ちゃんはあのあとなにも覚えていなかった。
自分が倒した相手のことも。なんだったらグレーターデーモンの出現すら目にしていないという。
つまりあの別人格が表層にでている間、勇者ちゃんは記憶すら奪われているということになる。
「2重人格、しかも裏人格は《終律魔法》を習得している」
姫騎士は線の整った顎に指添え、憂う。
あれだけのことをやらかしたのだ。さすがに彼女には隠しきれない。
「スキルに関しては俺が初回特典で引いたもので、もともと覚えていたものじゃないけど」
「それも含めて異様なのです。確かに初めての円環で人生を変えるほどの刻印を習得するかたはおります。が、最強とも謳われる《終律魔法》となればあまりに逸脱しすぎています」
ただ運が良かっただけ。
だが姫騎士はそこに納得できていないようだった。
通常、《刻印の円環》初回特典刻印は、天井がない。そして円環を回す対象者の知識量に応じて内容が変化する。
さらに言えば俺はこの世界を創造しかけた本人なのだ。駆けだし冒険者と世界知識の差はスッポンが見上げる月ほどかけ離れまくっている。
「私の知る限りですがレーシャ様のような症例には前例がありません。口惜しいのですが彼女の身の安全のために王都へはご活躍を伏せて報告させていただこうと考えています」
「それガチで助かる。俺もあんまりあの状態のあの子を刺激したくないんでね」
そもそも信じてもらえるか五分五分といったところらしい。
ただの一介の村娘が、業火を放って、超強力なデーモンを葬る。
どう聞いたって謀りだ。そんな報告をしようものなら花の隊の名誉に傷がつきかねない。
「しかしレーシャ様のご活躍を騎士が横どりすることになるとは……。いずれなにか形として御礼をなさらなくては気が済みません」
「じゃあたまに手紙でも、っと。どうやらきたみたいだぞ」
俺と姫騎士の視線の先。
朝焼けをたっぷり浴びた2人ぶんの影が。こちらへ向かって転げるように駆けてきていた。
「ナエ様ーぁ! アフロディーテ様ーぁ!」
ひとりは弾けるように元気な勇者ちゃんだった。
そしてもう1人のほうは、状況がよくわからない。
「…………」
ぎこちないというか、俯きがち。
シセルであることだけは確定しているが、なにか様子がオカシイ。
小型の台車を引きながら勇者ちゃんのあとに付随している感じ。
2人の姿を見たアフロディーテは、「まっ!」と目を細める。
なんだか名残惜しいはずの別れの空気が、ほんの少しだけ和らいだ。
「お待たせしましたぁ!」
朝から元気いっぱい。
走ってきたからか、少しだけあがった呼気を刻む。
その都度、着物からあふれんばかりの豊かな実りが波を高める。
「ぁー……はよー……」
少し遅れてシセルも到着した。
別れだというのに悲しむどころか、テンション最下降気味。
「声もガラガラだしどうした? 目の下もクマがエグいぞ?」
「ちょっとねぇ……。私文書作ったりするのガラじゃないのよ私……」
どうやらなにか仕事に追われていたらしい。
最近色々と道が交わることも多いが、冒険者のほうもしっかり忙しいようだ。
「お前って仕事に追われるタイプなんだな。もっと糸の切れた凧のように風来坊やってるのかと思ってた」
「もぅ、失礼しちゃうわねぇ~。これでも王都のえりぃぃと様なんだからリスペクトあってもいいわよん」
腰に手を当ててくるりと振り返る。
そのままお尻をちょこんと突きだし、軽くウィンク。わざとらしいくらいのお茶目なポーズだった。
まあとりあえず「無視すんなこらぁ!」無視するとして。
「僭越ながらアフロディーテ様へのおみやげを用意させていただきましたっ!」
「まあまあまあっ! お手を煩わせてしまい申し訳が立ちません!」
じゃぁん、と。勇者ちゃんは羽ばたくように手を広げて台車を示す。
すると姫騎士も屈託ない喜びを顔中に浮かべる。
シセルの引いてきた台車はさほど大きいものではなかった。
しかし覆いを被せられた台車からは少し離れていてもわかるほど。小麦の香りがふんだんに立ち昇る。
焼きたて特有の香ばしさが朝の空気に混じり、温かな幸福感を生みだしていた。
「これはっ……! まさか……!」
即座にアフロディーテの両目が、ぱあっと輝いた。
金の星を貼りつけたかのように、期待と喜びの光が瞳の中で弾ける。
姫騎士の凛々しい雰囲気からは想像もできないほど、無邪気な表情だった。
「はいっ! 焼きたてあんパン! なんと200個ですっ!」
ふんす。勇者ちゃんの突きだした豊かな胸元が誇らしげに上下する。
作りすぎ、といいたいとことだが、俺も首謀者の1人。
可愛く優しい勇者ちゃんきっての頼み。断れるわけがないだろ。
「王都への道中、食事に困らぬよう! そして花の隊のみなさんと美味しく楽しく帰れますよう! そんな想いをこめて丹精こめてこね焼きしましたっ!」
「こ、これほどのご厚意……どうお礼を申し上げればよいのでしょうかっ!」
姫騎士の声は、誰が聞いても、歓喜だった。
新緑色の瞳は感動のあまり、うるうると感涙に濡れてしまう。
よほど大量のあんパンが嬉しいのか、量に突っこむ余裕すらない。
騎士とはいえ乙女。大量の甘味が彼女には黄金の山かナニカに見えてるのだろう。
「まだ泣くのは早いぞ」
ここでようやく俺の手番が回ってくる。
もう1つ。彼女に渡さねばならないものを合わせの裏からとりだす。
「ほら、約束の品だ。心して受けとるといい」
俺は、とりだした刻印を姫騎士に手渡す。
これこそが彼女が本当に求めていたもの。俺の辿り着いた、とっておき。
グレーターデーモンとの因縁は解消された。そしてこの刻印こそが彼女を苛む魅了を攻略する。
「これは刻印ですか? それも……初級の隠密スキル?」
これで、彼女のこれからのすべてが変わる。
※つづく
(区切りなし)
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