41話【VS.】姫騎士淫落ENDの因縁 グレーターデーモン 2
「ふふ。あっはぁ~♪ そういうことしちゃうんですかぁ♪」
勇者ちゃんの口端がゆるりと吊り上がった。
手のひらに宿した橙の炎が収縮すると、暴走するみたいに膨張する。
炎獄を宿す彼女の姿は、命を弄ぶ女神のよう。なのに滅びを喜ぶ悪魔のようでもあった。
「尋常ではないマナの膨張!? まさかあれは、《終律魔法》!?」
アフロディーテの翠の瞳が剥かれる。
驚愕の声にかすれが混じる。
「ナエ様! お止めください!? あんなものを受ければ肉体ごと塵になってしまいます!!」
俺は、その叫びを振り切った。
咆哮は喉を焼き、戦場を突き破る。
「やれええええええええええええええええええええええええッッ!!!!!」
俺の咆吼に呼応するよう。
勇者ちゃんの胸元にも、突如として光が発現する。
炎の揺らめきに合わせて、六弁の紋章が肌の奥から浮かび上がった。
紋章は心臓の鼓動のように脈動しする。とくり、とくりと赤い輝きを増していく。
そして炎の少女は至福の笑みを浮かべ、名を告げる。
「――《獄門の番人》」
大地が震え、虚空が裂け、灼獄が放たれた。
奔流は炎――否、炎と呼ぶには余りに強烈だった。
赤橙の焔は光を噴出し、闇を穿つ。形容し難い圧力となって空間ごと丸呑みにする。
刹那のうちに戦場は白一色の火獄と化し、天を覆う柱となって燃え狂う。
「ぐうううううっ!!? あっちぃぃぃぃ!!?」
轟、と。耳が千切れるほどの爆砕音。
視界を奪う閃光。皮膚を裂き骨を焦がす熱。
光の爆砕は、抗うすべを知らぬ存在をただ灰へと還していく。
姫騎士の悲鳴ですら業火によって掻き消される。
「――――っっ!」
兵士たちの叫びもまた、炎に呑まれて届かない。
炎獄に捕らわれたデーモンは、光の渦のなか、醜く濁った咆哮を轟かせる。
「ORENO……ORE……ORE……ッ!!!」
醜悪な口腔から吐き散らされるのは、意味を成さぬ執着の叫び。
黒煙と焦げ臭が立ちこめ、空気すら灼けただれる。
「MITOMEROOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!」
巨躯が焼かれ、筋肉が裂け、膚が炭化しては剥がれ落ちる。
肉が焦げ付く爆ぜ音が戦場に木霊し、呻きと断末魔が絡み合って耳を刺した。
だが、焼けただれた骨の軋みを響かせながら姫騎士だけは絶対に離そうとしない。
「があ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ぁ”ぁ”!!!」
背が焼け爛れるように熱い。
しかし守らねば。
「(あっぢいいいいいいいいいいいいい!!! 生の背中にストーブを直で当ててるくらいあっぢいいいいいいいい!!!)」
呼吸すると肺まで沸騰しそうなほどの超高音が俺の背を、全身を炙った。
焼けそうというより現実に、焼けているのだ。ならばこの痛みは真っ当か。
そうしてしばし泣きそうになっていると、瞼を透かす白光がおさまる。
さらに突如として謎の浮遊感が身体を襲った。
遅れて悟る。落ちているのだと。
「――ぐぉっ!?」
大地への激突であろう衝撃が全身を打った。
それでも俺は、腕の中のアフロディーテだけは抱きしめて離さない。
荒く息を吐き、焼け焦げる匂いに顔を歪める。
「っ! これは――」
眼を開けば、炭化した魔物の手だけが鎮座していた。
巨躯は消え失せ、影すら残さない。
「グレーターデーモンは、どうなった!? アフロディーテは!?」
俺の心配をよそに姫騎士は、腕の中で静かに瞼を閉じていた。
気を失ったのだろう。微かに肩が上下し、命が確かにそこにある。
「はぁぁ……なんとかなったぁ」
安堵に思わず全身の力が喉から吐きだされた。
多少の煤と埃に汚されはしたものの、姫騎士の姿は美しさを失わない。
白磁の肌も、絹糸の髪も、刃物でさえ触れられなかったかのように無傷のままだった。
「(デーモンは最後までアフロディーテを手放さなかった。だからアフロディーテの身体は守られた。もしあそこでデーモンがアフロディーテを手放していたら一緒に焼かれていたかもしれない)」
皮肉な話だ。
奪うための握力が、彼女への愛憎の執着が、結果的に姫騎士を炎の直撃から遠ざけた。その捻じ曲がった執念が、彼女の生命を維持したいっても過言ではない。
俺は、炭化した手から姫騎士を引っ張りだして地面に寝かせてやる。
「さすがに今回は死ぬかと思ったぜぇぇ……ローストチキンってこういう気分だったんだなぁ」
どっと襲いくる疲労と生を実感した。
よくわからない感謝を捧げつつ、たまらず天を仰ぐ。
その瞬間、世界が脈動するように揺れた。
そして花の隊の騎士たちも慌ただしく声を掛け合う。
「ヌシを失ったダンジョンが崩れます! 巻きこまれないよう広い場所に移動して!」
「勝ったの……? いまの炎はいったい……?」
天を覆っていた瘴気がひび割れいく。
空間そのものが幾億もの断片となって崩落をはじめた。モノクロの幕が剥がれ落ちていくように、鮮やかな空色が戻ってくる。
黒く歪んだ道路標識やひび割れたアスファルトも、光に包まれながら本来の姿をとり戻す。
主を失った世界から汚濁は消え、硬い地面の下からは緑が芽吹きはじめる。
「(これで修正成功ってとこか)」
根源が絶たれれば、世界は自ずと本来の軸へと返り咲く。
いま目に映る景色こそが、元のヴェル・エグゾディアということなのだろう。
「アフロディーテ隊長!」
「ナエナエっち! 無事!?」
鎧が擦れる音が、がちゃがちゃと物々しい。
花の隊の騎士たちとシセルがこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
普段の彼女らからは考えられないほど、ドタドタと忙しない足音。いまばかりは規律も統率もない。
「隊長は無事です! 周囲に敵影もありません!」
「よくやった! 隊長の治療を最優先とし、前衛はなおも周囲警戒を怠るな!」
姫騎士の無事を確認した騎士たちの安堵が伝わってくる。
花の隊の騎士たちもみな緊張で硬かった顔が緩ませていた。
泣きだす者、安堵のために膝をつく者、肩で息をしながら「助かった……」と呟く者。恐怖に押し潰されながらも必死に耐えていた心がいま解放されていく。
「ここは……」
かすれた吐息とともに、アフロディーテの瞼がゆっくりと開いた。
状況がわからないのか目は朧気。お姫さまの目覚めのように慎ましく上体を起こす。
「なえさまごぶじでした……――ひぅっ!?」
意識が戻ったのも束の間だった。
姫騎士の目がこれでもかと見開かれ、俺を見上げたまま固まる。
「ナエナエっ――ちんっ!?」
さらに間抜けな声をあげたのはシセルだった。
彼女もまた駆け寄る足を止め、石像のように硬直する。
花の隊の騎士たちも同じだ。場の空気が一斉に凍りついていた。
「な、なんだよ? みんなして俺のほうを見て?」
英雄の凱旋か。魔物と炎から勇敢に姫を救った勇者を褒め称える。
否、どうやらそんな誇らしい空気ではない。
なぜなら女性たちの驚きに彩られた眼差しが、俺のとある1点に集約していた。
「えぇと。ひゅぅ~……い、意外といいモノ、もってるんだねぇ♪」
シセルの声が小さく震えている。
視線が下へ滑り、頬はほんのり桃色に染まっていた。
ちらちらとこちらを見ては逸らす、挙動そのものが落ち着かない。
同じく花の隊の女性騎士たちも、似たような表情で視線を彷徨わせている。
「は?」
気づけば俺は、一糸まとわぬ姿だった。
全裸だった。フルのチンだった。
どうやらバグっているのは、肉体だけだったらしい。獄炎に焼かれた服は、塵ひとつ残さず。なのに俺の身体は毛の1本として被害を受けていない。
しかし服という儚いものを犠牲に、これで姫騎士とグレーターデーモンの因縁は断ち切れた。
「は、はだ、肌色の実っ!? し、しし、しかも先端が光沢を放ってっ!?」
ここから先、顔を真っ赤にした彼女には未来が待っている。
バッドを迎えるはずのだった絶望の道は、このダンジョンとともに崩落した。
アフロディーテ・エロイーズ・サクラミアというキャラクターENDの向こう側が、未来となって果てしなくつづいていく。
収束しつつある。
シセルというキャラクターの設定が物語の流れに添うように。
掛け違えたボタンを直すように、未来が変わっていく。
「俺の服うううううううううううううううううううううううううう!?!?」
それとは別に絶叫が崩落の音と重なって同期した。
ヴェル・エグゾディアにて、久しぶり、2回目。
シセルと花の隊に俺の勇敢さとアレが、露呈した瞬間でもあった。
以降、あれだけ俺を毛嫌いしていた花の隊の騎士たちは、ほんのり優しくなる。
代わりに目を合わせてくれなくなったが。
〇 〇 〇 〇 〇 〇
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