37話 皆目不明のインシデント《Big accident》
王都の精鋭
実力者たちの覇道
モノクロ
色の欠けた世界
インシデント
緊急事態
「GROOOOOOOOOOOOOOOO!??」
最後の1体の大型魔獣が絶命を奏でた。
土埃を上げながら地響きとともにラストスタンドを終える。
静寂が訪れた瞬間こそ、花の隊の勝利を意味していた。
1人の犠牲もなく、敵を蹴散らす快勝。もっとも、それはあくまで“ひとまず”の話に過ぎない。この先に待つものが、今日最大の脅威かもしれないのだから。
「隊列を整えろ! まだ先がある! 仮定した最大戦力の捜索と討伐が成されるまで気を抜くな!」
副官の声が、戦場の空気を再び引き締めた。
号令は的確で、余韻に浸ろうとした者たちの足を再び戦いへと向けさせる。
「ふぃ~。ひとだんらく、ひとだんらくっ、と」
短剣を納めたシセルは大きく伸びをして、肩から背筋までをぐいっとほぐす。
先ほどまでの鋭い眼差しは影をひそめ、まるで日向に座った猫のような緩みかただった。
「この慌ただしい感じ、さっすが王都きっての私兵だわ~」
向こうでは、女騎士たちが即戦後処理にとりかかっていた。
死骸の確認、装備の整備、負傷者の応急手当と。それぞれがもち場を迷いなく動き回る。
シセルは、そんな彼女たちの姿を、どこか懐かしげに、にんまり。目を細めて見渡す。
「貴様も油断をするな! まったく昔からお前というヤツは!」
たまらずといった感じで副官の叱責が飛ぶ。
しかしシセルは彼女の手をひらりと受け流してしまう。
「緩急も大事でしょっ♪ ずっと気を張ってたら小じわ増えてしょーがないしさっ♪」
「だ、誰のことを言っている!? 貴様のそういう軽い態度が私の心労になっていることをゆめゆめ忘れるな!?」
2人は、まるで水と油のように混じり合わない。
副官の真面目さと、シセルの奔放さは、噛み合うどころか火花を散らしている。
「(しかしこれはまあ、なんとも……)」
そんな喧噪を背景に、俺は一歩引いた位置で周囲を見渡した。
ダンジョンと聞いて洞窟や洞穴、神殿や遺跡を思い浮かべていた。が、ここはそのどれとも違う。
深く抉られた大地は、まるで巨大な隕石が落ちた痕跡のよう。中央には瓦礫と廃墟が無造作に転がっている。
「(まるでクレーターに廃墟をまるごと投げ捨てたみたいだ)」
それでいて淀んでいた。
ここは不自然に色が1色だけ抜けたかのようなところ。
浮いている、逸脱している、反している。バグってる。ここではなにが起こってもオカシイの範疇に入らない。
「ダンジョンっていうと、洞窟や洞穴、神殿や遺跡みたいなモノを思い浮かべていました」
隣では勇者ちゃんが、きょろきょろと穴兎の如く周囲を見渡していた。
姫騎士も――情感は違うものの――辺りに視線を走らせている。
「そういった閉鎖的な空間に溜まるというだけですよ。ダンジョンとは魔物が群れることで発生するいわば巣穴。つまり魔物が多く隠れ潜む密林などもまたある意味ではダンジョンといえるでしょう」
「ダンジョンって意外と何でもアリなんですねぇ」
勇者ちゃんは感心したように首をこくこく縦に揺らす。
しかし姫騎士はその軽さを受け止める気はないようだった。
彼女は廃墟と瓦礫が入り混じる地形を睨みつけ、息を静かに吐く。
「しかし、ここは……あまりに歪すぎですがね」
まるで前衛芸術を悪い冗談だとののしる、そんな表情だった。
異様な光景に見るものたちの眉が自然と引き結ばれる。
しかもいま俺の立っている地面は、明らかにアスファルトである。
見渡せば、曲がりくねった道路標識や、骨組みだけ残った歩道橋の残骸まで。この世界にあるはずのない、別の時代、別の場所の遺物が瓦礫と混ざって散乱していた。
「(さすがに電子機器系の利器はないにしろ、かなり胡散臭いぞ。なにがあるのかよくわからないだけに注意して進んだほうが良さそうだ)」
足元のビート板を拾い、ひと目見てから無造作に投げ捨てる。
バグってる。花の隊も異常には気づいているだろう。しかし俺は知っているからこそ動揺していた。
「隊長! この先に魔物発生の元凶となっていそうな物体を確認しました!」
周囲を偵察しにいっていた騎士が、息を弾ませながら戻ってくる。
「報告を」
姫騎士の短い言葉に、偵察兵はすぐさま敬礼し、つづける。
「それが、なんらかのトーテムのようでして、複数存在しているのです!」
「なぜそれが発生の元凶だと?」
「定期的にですがトーテムらしき物体から魔物の赤子が排出されています!」
「なんですって……?」
姫騎士の声色が1オクターブほど下がった。
明らかな不快だった。はじめてあったとき俺に向けていた感情とよく似ていた。
「トーテム……? 排出……? まさか――」
説明を耳にするなり俺は、胸の奥に冷たい感覚を覚える。
嫌な予感が、ぐっと濃くなった。
● ● ● ● ● ●
導かれた先、そこは異様を超えた異様が広がっていた。
目標の高さは縦3メートルほど、厚みは人の肩幅にも満たない。
長方形の表面を、無数のミミズがのたうつかのような模様がびっしり覆い、ぬらりと濡れた質感を放っている。
それが1基や2基ではない、視界の奥まで。野ざらしに突き立てられた同じ形状の板が、墓標のように連なっていた。
「な、なんですこの臭い? この辺りだけ変な臭いが立ちこめていて、息苦しいです……」
「はいこれ、つけて。有毒かもしれないから呼吸は浅く細かくを意識するのよ」
シセルは胸元の隙間から布きれをとりだし、勇者ちゃんに手渡す。
受けとった勇者ちゃんはそれを口元を覆う。鼻が隠れるあたりでしっかりと結ぶ。
「ありがとうございますおかげで臭いのは大丈夫になりました。けど、なんかこの布からふわっと甘い匂いがします」
それはたぶんシセルの体臭だろう。
1戦終えて蒸した防具からとりだしたのだ。しっかりと沁みているに決まってる。
異様な光景に緊迫感が拭えない。なにより、勇者ちゃんの言ったとおり悪臭が立ちこめて鼻をつく。
生ゴミとも腐肉ともつかぬ異臭。鼻腔を焼くような濁った匂いだ。思わず口呼吸に切り替える騎士もいた。
「う……うえっ……」
「しっかりしろ、吐くな。まだ任務中だ」
「でもこれ……近づくほど臭いが強くなって、吐き気が……」
言葉の端々に、兵たちの緊張と嫌悪が滲んでいた。
「シセル、あの物体がなにかご存じですか?」
「知らない。だから……ガチで不愉快」
姫騎士の問いに普段なら軽口混じりに返すはず。
だがいまのシセルの声は、驚くほど真剣だった。
腰の武器に手をかけ、わずかに前傾姿勢をとる。眼差しは、笑みの欠片もない。
「(実物を見るのははじめてだ。だがもしこれが俺の予想通りだとすると……)」
そんななか、好奇心か軽率か。
「これは……? いったいどのようにして作動するもなのでしょう……?」
1人の兵が、そっとトーテムに手を伸ばそうとした。
「やめろ!!」
俺は反射的にその腕を掴もうと、引き戻そうと手をかざす。
刹那、瞬く間もないほどの一瞬だった。
「……え?」
刹那、女騎士の姿が突如として消失したのだ。
正確に言えば、彼女の足元の地面が信じられない速さで裏返り、そのまま彼女ごと呑み込んだ。
青ざめる暇もない。叫んで感情を昂ぶらせる余裕すらない。
次に見たとき、そこにあったのは、周囲のものとまったく同じ。不気味な長方形の物体だった。
「大丈夫か!?」
「開け! まだ生きているかもしれない! 急いでこじ開けるんだ!」
あれだけ冷静だった花の隊に戦慄が駆け巡る。
仲間の女騎士を案じる声が響くが、その問いに応えはない。
「手の空いているものは救出を! 後衛部隊は周囲警戒を継続!」
副官の指示で、即座に救助活動がはじまった。
剣や槍の穂先が、女騎士を呑み込んだ長方形の裂け目へと次々と突きこまれる。
しかし5人がかりで力をこめても、長方形は一向に開かなかない。まるで閉じた貝の口が鋼よりも固く閉ざされているかのよう。
「その生き物、地面に擬態していたわ! まだあるかもしれないから、足下に細心の警戒を払って!」
騎士たちが狼狽するなか、シセルだけは冷静だった。
腰を低く構え、視線を絶えず鋭く地面に走らせる。
その時。女騎士を呑みこんだ長方形に異変が起こった。
下側に、まるで喉が開くように穴が生じ、肉が伸縮するように蠢く。
そして次の瞬間、そこから、なにかが液体とともに吐きだされた。
「これ、なに……?」
吐き出されたそれを、ひとりの騎士が足元から見下ろす。
その目が見開かれ、震え、声がかすれている。
「A……Ah……Aaa……」
「……ま、魔物の、胎児……?」
それは生きていた。
ぐにゅり、と濡れた皮膚が波打つ。小さな手足のような突起が痙攣する。
まだ眼球が浮くほど未熟な目元は腫れており、まるっきり赤子だった。
「Ia……Aa……」
やがてそれは、地面を這うようにわずかに身をよじらせる。
吐きだされたばかりのくせに、本能だけで生命を開始しようとしている。
「う、うそ……? そんなのうそにきまってるじゃない……?」
騎士のひとりが半歩、後ずさった。
「だって――ッ、1分と経っていないのよッ!!? さっきまでここで普通に生きていたのよッ!?! なのに彼女がなかでこれを産んだって言うのッ!!?」
※つづく
(区切りなし)
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