131話 隻腕の巫術師《One Armed Arcanist》
たまらず、ザバア。
俺は、突然現れたリースに立ち上がって抗議した。
するとリースはなにごともないかのように、きょとん。目を丸く瞬かせる。
「なんで、って……ここは公共の湯ですよ? もし個人的な空間をお望みならばお部屋のを使えばいいじゃないですか?」
しまった。たしかにここは公共の浴場だ。
だが。しかし。それでも。やはり言いたいことは山ほどある。
「ちなみにですが、いまの時間は混浴となっていますのであしからず」
あしかるわ。
なにせ、まだ俺はオマエの性別を知らない。
「混浴、ってことはつまり……女なのか?」
「知りたいのであれば実物を見て調べればいいじゃないですか。せっかく裸のお付き合いをなさっているのですし」
見られるか、無理だ。
調べられるか、無理だ。
脳内会議が満場一致でリースの提案を却下した。
だって、もし今日出会ったばかりのリースが女性だったとしたら。そしていきなりお互い全裸でバッティングしてしまったとしたら。これはもう考えただけで恐ろしい状況になってしまう。
俺は、頭のなかを空にしてから湯に浸り直す。
お互いに比はないし、偶然バッティングしてしまったのならしょうがない。ここはとり乱すより温泉を楽しもう。
「いつもこんな夜遅くの時間まで働き詰めなのか? 夜間手当くらいもらわないとわりに合わないだろ?」
「そのへんはもち回りで臨機応変にですね。それに僕の場合だと金銭をいただいてもあまり使い道もありませんものでして」
いいか、絶対にそっちは見ないぞ。
相手が男女不明でも、俺は紳士に務める。
「悪い職場じゃないとは思うが、なんだって暗部なんて仕事をしているんだ? 腕がいいならもっと簡単に冒険者や傭兵って手もあるだろ?」
「いえいえ。人には得てして身分相応な立場があります。なにより頭首様には拾っていただいたご恩もありますから」
会話しているとリースのほうからこちらににじり寄ってきた。
こっちくんじゃねぇと思ったが、会話をはじめたのは俺のほう。コイツはただ会話に応じてくれているだけに過ぎない。
ちら、と。注意しながら隣を見る。湯気の向こうにはリースが、華奢で白い肩を晒し頬をほんのり赤らめている。
「そういうナエ様はなぜ冒険者をなさっておられるのです? 情報では村のギルドからいらっしゃっていると書かれていましたよ?」
「……そんな情報まで伝わってるのか」
「忍という身分から察するにレーシャ様もまた村育ち。そのまま平穏な村でのんびり暮らしていたほうが危険もなかったでしょう」
違うんだよ、滅ぶんだよ。
俺だってはじまりの村アークフェンでスローライフしたかったさ。でも勇者が旅立たないと、この世界はバッドエンド一直線になってしまう。
こんなことを言ってもどうせ信じてもらえない。なにより創造者として身バレすれば世界そのものが敵になりかねん。
ここは変に嘘をつくよりもしょうじきに言ってしまったほうがいいだろう。
「村で色々やってたら大ギルドからの推薦がきたんだ。あとは流れって感じかな」
「才あるものは隠れられぬ運命なのですね。その、村での色々というのも気にはなりますが」
それから沈黙が訪れても不思議と気まずくはなかった。
リースも必死に語りかけようとはしてこない。つかず離れずの適切な距離で湯を楽しんでいる。
「はふぅ……それにしても本当によき月夜です。たまにはこうして語らいの相手がいるというのも心地よいものですねぇ」
ときおり隣で漏れる吐息が妙に艶やか。
尖ったエルフ耳の先に水滴が溜まってひたり、と湯に落ちた。
もう少し情報があれば思いだせるかもしれない。しかしあまり詮索すれば怪しがられてしまう。
踏みこむべきか、それともこの辺で収束とするか。俺はしばし思考してから判断を下す。
「領主に拾われたって言ってたけど……拾われる前はなにをしてたんだ?」
先ほど不穏なワードが聞こえた。
拾われる。そうそう使われる言葉ではない。
するとリースはこちらに一瞥すらくれず、湯のなかで腕と足を伸ばした。
「冒険者だったこともあります。またはとある国の兵としてお国のために身をやつしていたこともあります」
「エルフは長命種族だったっけ? ずいぶんと逞しい人生を謳歌してるんだな」
「齢200からは数えておりません。ですがアナタ様よりは年上ということにはなりますね」
とてもではないが200以上に見えない顔立ちだ。
というよりレーシャちゃんと同世代くらいにさえ思えてしまう。
しかしやはり肝が据わっているという点では頷けた。こうして初対面の男と同じ湯に浸かってまったく物怖じしていないのだから。
「僕は生まれながらにして影に潜むのが好きなんです。逆に日が当たる場にいるほうが性分に合いません」
「それはなんとも……いや、わかる気もするか。俺も第一線に立つ英雄より横で支えるほうが性に合ってるかもしれない」
俺は勇者じゃなくていい。
勇者はレーシャちゃんだ。彼女を支えてあげられさえすればそれでいい。
するとリースは湯気の珠がついた長いまつげを瞬かせる。
「果たしてそれはどうでしょうか。僕と違って、ナエ様の周囲には人が集いやすいように思えてなりません」
桃色に上気した滑らかな頬がふふ、と綻んだ。
俺は、湯の温度とは別の暑さを覚え、伸びで誤魔化す。
「身に余るご評価に御免被りたいもんだ。主役になんてなりたくもないし、脇役のままくらいが重荷じゃなくてちょうどいいさ」
「どうやらご謙遜がお上手のようですねっ。明日からの働きについ期待をしたくなってしまいますっ」
「ご勘弁」
そう、この物語の主役は1人だけ。
口では脇役を望むと言ったが、それも違う。物語を彩る脇役は、とうに揃っている。
ならば俺はやはり、バグだ。77777回ループを繰り返す世界に現れた世界を歪める特大のバグ。
風情ある情感に心が滲み溶けだすかのよう。湯の奏でる上質な音をBGMに頭がぼう、と揺らいでくる。
「それにしてもつい話こんでしまいました。このあたりで僕は上がらせていただきます」
「……ん? ああ、俺はもう少し浸かってからでようと思ってる」
なにより一緒にでたら脱衣所で思いきりすべてが見えてしまう。
ならば時間をずらしてでるのが上策だ。別にリースの性別はアンノウンのままで問題はない。
「こんなに誰かとお喋りしたのはいついらいでしょうか。よき宵月夜が巡り合わせてくださったことを感謝せねばなりません」
ざぶり、と。リースが立ち上がる。
「アナタ様は本当に不思議な御方です。人を垂らすとでも言いましょうか。とにかくいらぬことまで打ち明けたくなってしまいますね」
俺は、そちらを見ないよう紳士に務めていた。
だが、リースは違った。
「今日に似てとても美しい月の夜、僕は1体の死神と対峙したことがあります」
湯から立ち上がったまま。
1枚として布をまとわぬその身体で、俺の視界のなかに入ってくる。
そしてその姿の全貌を見たとき、俺は全身に戦慄を覚えた。
「――ッ!? その手は!?」
「ふふっ。本当に鈍感な御方なのですねっ。違和感くらいなら覚えていたでしょうに」
彼女は、品良く一笑する。
「僕のローブには手をだす穴がないんですよ」
そこには、あるべきものがなかった。
同時にいま見ている光景で、覚えていた違和感が、すべて直線に繋がった。
「だって僕の腕は死神の大鎌に刈りとられて以降、空さえ掴めないんですから」
女性とか男性とかそういう類いを超越しすぎている。
本来あるべきはずの両手が、綺麗に切りとられたように喪失している。
まるで2本の肉の棒だ。肩からすらりと伸びる腕の先端が孤を描いていた。
「それでは失礼します」
そう告げて、リースは脱衣所のほうへ戻っていってしまう。
俺は、あまりの衝撃に側頭部を撃ち抜かれたまま、声すら返せなかった。
「(思いだした……が、なんであんなことになってやがる……?)」
記憶の扉が軋みすらあげず、ばつんと開く。
同時に膨大な過去のデータが脳内に展開される。
「(……隻腕の巫術師リース・シルフィーヌ)」
思いだせなかったのではなかった。
なにしろ思いだすためのキャラクターそのものに問題が生じている。
本来ならば、リースは過去の戦いで隻腕となっているはず。そう、それは意図的に彼女自身によって真実が覆い隠されていた。
「(なのに隻腕どころか両腕を失っていたとはな。しかもそのせいでローブに隠されている。こんなの思いだせるわけがないだろ)」
見落としていたのではない、見落とさざるを得なかった。
彼女は言うまでもなくメインキャラクターとして強力な戦力となる。
しかし両手を失っているのなら本筋に立ち会わせるのは危険すぎた。
「まったく……どうしたもんかね」
半身の湯に抱かれながら呆れて、仰ぐ。
空にはあふれんばかりの星々が。月夜を彩るビーズのように散らばっていた。
この世界の神は、よほど苦難と苦境が好みらしい。
言っておくがそれは俺が造ったわけじゃない。
「身体を拭うのを手伝ってくれてもいいですよ?」
「――気配消して戻ってくんなッ!!」
〇 〇 〇 〇 〇
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