110話【VS.】逢魔の半牛半馬 凶馬猛牛のミケンタウロス 2
だが身体の調子は――不本意気味だけど――かなり調子が良い。
いまならこのどこのバカが生みだしたのか不明な魔物とも、踊れる。
「BUOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!」
巨大な蹄によって蹴られた大地が震撼した。
凄まじい膂力を得たミケンタウロスが大斧を振りかぶりる。
巨躯に相違することない疾風怒濤で、こちら目掛けてひと息に迫る。
「っ、バカのひとつ覚えみたいに一直線な軌道だなぁ! 《疾走》!」
俺もバカのひとつ覚えに習う。
脚に意識を集約し、刻印を発動した。
「ふっ――」
支援魔法の効果は想像以上に絶大だった。
もはやこの速度は体感的にワープといっても過言ではない。
1歩。また1歩と。踏むたびに目まぐるしく世界の角度そのものか変化する。
「OOOOOOOOOOOOO!!」
「どうだこの超速度はァ! 捉えられるものなら捉えてみろォ!」
疾走、疾走、疾走。
地面、大気、天井。ありとあらゆるものが俺のステージだった。
ミケンタウロスがヤケのように大斧を振るっても、俺はそこにいない。360度の立体機動を得た人間を前に巨躯は過ぎたるものと化す。
これには六冠のサーファでさえ希望を灯す声援をあげるしかない。
「いいねぇ、ナエ・アサクラぁぁ! まるで夜の焚き火に群れる羽虫のようじゃないかぁぁ!」
アイツ1回マジデコピンに処そう。
ドラカシアすら俺とミケンタウロスを見上げながら絶句している。
「肉体の限界を超えて活動しているですって!? 常人の筋肉ならばとうに引きちぎれているはずです!?」
ちょっと調子に乗りすぎたらしい。
彼女は祈り手を結びながら青ざめていた。
それにしてもだ。避けられるには避けられるが、いっこうに終わりが見えてこない。
「BUAAAAAAAAAAAAAA!!!」
ミケンタウロスもまったく疲弊いないではないか。
どころか敵は頭に血が上れば上っただけ、荒れ狂う鬼神になっていく。
「(サーファの読み違えか!? コイツを動き回らせて疲れさせるってことじゃないのかよ!?)」
天才の発案に乗ってみたが、いまだ効果は見えず。
いまやってるのは回避のみの一辺倒に過ぎない。なんとか攻勢に回らねばそもそも勝機はない。
「おいサーファ! 俺が一生コイツの面倒見ろってことじゃないだろうな!」
「それでいいのさぁぁ! もっともっと踏ませるんだよぉぉ!」
問うてみたが、やはり要領を得ない回答が返ってきた。
ここは彼のことを信じて立ち向かうしかないか。
「オオオオオオオオオオオ!!」
こちらのもつのは縦横無尽の電光石火。
「BUAAAAAAAAAAAAAA!!!」
あちらは一撃必殺の猪突猛進。
これはもう舞踏である。
敵の繰りだす大斧はあらゆる壁と地を砕く。それを俺は紙一重の首の皮一枚で避ける。
「くっ――《疾走》!」
「BRYAAAAAAAAAAAAAA!!!」
しかしもう荒れた呼吸と脚に蓄積する疲労も無視できない。
少しずつではあるが精神を削られて反応が鈍くなりつつあった。
白と黒の世界に1つと1つ。
永遠とも思えるほどの激闘に心が摩耗していく。
ミケンタウロスの体力はバケモノよりバケモノ染みている。
もう幾百と大斧を振るっているというのに留まることを知らない。
その繰りだす1撃1撃が全身全霊であるかのよう。全力で俺という獲物を狩ろうと、生命を絶やそうとしていた。
「BUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」
そしてやがてそのときがやってくる。
ミケンタウロスが初撃とまるで変わらぬ大上段に大斧を構えた。
その刻だった。
「!?」
ミシィッ。
といういままで聞いたこともない異音が洞窟に反響した。
俺は思わず動きを止めて音の方角を探る。
「―――――………………」
「ミケンタウロスが……止まった?」
ミケンタウロスは大上段に大斧を振りかぶったまま動作を停止していた。
なにが起こったのかわからない。ただバケモノの動きがいまはじめて劇的に変化したのだ。
斧がどこかに刺さったわけでもなければ破砕されているというわけでもない。洞窟はどこも崩れていないし崩落のダメージが入ったという感じでもない。
俺が慌てて状況の整理をはじめていると、高所から高笑う声が耳をつんざく。
「はーはっはっは! よくぞやってくれたねぇぇナエ・アサクラぁぁ!」
「サーファ!? オマエなにをしたんだ!?」
見上げるとサーファが偉そうにこちらを見下ろしながら笑っていた。
腰に手を当て片足を踏みだしながら。まさに高みの見物を決めこんでいる。
「その答えは蹄だよぉぉ! ひ・づ・めぇぇ!」
俺はサーファの指差す先を見た。
するとミケンタウロスの前脚が。幾度と大地を踏みしめたであろう蹄が。縦に割れるように大きく破損し、根元から血が滲んでいる。
「馬とは元より柔らかな草原を駆る生き物さぁぁ! なのにこんな硬い地盤で蹄鉄もなしにデカい図体で大斧振ってちゃ割れちゃうよねぇぇ!」
六冠のくせに小悪党さながらなツラしやがって。
サーファは大舞台で決めるように両腕を開いてご満悦だった。
「キミって不完全すぎるんだよぉぉ!! 自分の理不尽さに身体そのものが耐えられてないじゃないかぁぁ!! 生き物としては5流以下のできだよねぇぇ!!」
あれだけ泣かされてたくせに、水を得た魚のようにのたまう。
しかし――腹立つけど――これは初めての好機だった。
もうミケンタウロスは踏みこめない。いまは蹄1つだが、1つで十分。やがてすべての脚に限界がくることが確定する。
さすが天才と呼ばれる頂きか。ここまで読んでサーファは策という絵図を描いたのだ。
「ドラカシア! 俺は最後の力を使って背後から詰める!」
「はいっ! ではワタクシも合わせて差し上げますわ!」
この好機、逃す手はない。
阿吽の呼吸で詰めにかかる。
「オマエ強かったなぁぁ! こんな狭っ苦しい洞窟なんかより表の広い草原で出会ってたら最悪だったぜぇぇ!」
かなり苦戦させられた。
いままで戦ってきたどの相手より手の打ちようがなかった。
俺は、身を低くしてミケンタウロスの背後に回ると、跳躍して精霊の剣を振りかざす。
「《血脈に眠る雷の記憶を解き放たん。骨に刻まれし原初の閃光を呼び覚ます。天威を纏い、万象を断ち賜え》」
顕現せよ――
ドラカシアの紡ぐ旋律が歌のように伸びて響き渡る。
解放される魔力の膨張によって風が生じ、白い裾とローブがばたばた暴れ回った。
「ハアアアアアアアアアア!!!」
「《雷神覇臨!!」
支援魔法によって得た力で、精霊の剣が馬の背を肉ごと裂く。
放たれし轟雷が牛の構えた大斧を通して前進に駆け巡る。
「BUOOOOOOOOOOO!?!」
「――あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃっ!?」
そして俺にも駆け巡る。
言ってくれないと、雷魔法を使うなら。
俺の身体は多少焦げつつ地べたにとさりと横たわった。
「(ミケンタウロスの影だったからドラカシアも気づかなかったはず……見られてなくて助かった……)」
だがバグっているため痺れたのは短時間だけ。
多少痺れの余韻はあるが、支援魔法の効果も手伝ってすぐ立ち上がる。
俺は雷の切れ端を食らっただけに過ぎない。ミケンタウロスのほうは雷の奔流をその身へモロに浴びてしまった。
「――――――――」
バケモノは顎を上げながら全身を彫像の如く硬直させている。
口端から涎を滴らせ、屈強な筋肉がときおり痙攣し、白目をむいていた。
「巨体の動きは止めました! この悪鬼にトドメをお差しください!」
「首の骨は硬くて分断できない可能性があるね! 狙うならば生命の中心にある心臓が最適解さ!」
六冠である2人にここまで信頼してもらえるとは。
ドラカシアとサーファから揺るぎない視線がこちらに向けられている。
ならば、やることは1つだけだ。俺は精霊の剣を低く下段に構えて走りだす。
「(規格外のバケモノだ! いますぐ痺れから脱するかもわからない!)」
渾身の1撃で決める。
これが最後のチャンスかもしれない。
いや、ドラカシアとサーファならば数多の手でまたチャンスを作ってくれるはず。
「(甘んじるな! 見損なうな! 俺自身の力を!)」
心が猛ると、柄の握りが増す。
すると精霊の剣が光を放って高音で呼応する。
ただ真っ直ぐに、ミケンタウロスの半馬の下にあるトンネルを閃光となって駆け抜けた。
「(いまの俺は慈愛の勇者だ! このヴェル=エグゾディアに生きる人々を救う仮初めの勇者!)」
膂力はある。
心も備わっている。
支援魔法効果も未だ健在。
つまり――
「オマエに勝てない理由がないッ!!」
腹部から胸部にかけての辺りで飛翔した。
下段の構えから振りかぶり、構える。
そしてミケンタウロスの影を抜けてから再び蹴りつける。
「《疾走》ッッッ!!!!」
進行を180度切り替えての2段蹴り。
頬横に構えた剣の切っ先は、半馬部分の前両脚中央に吸いこまれていく。
そして俺という弾丸が前脚の狭間を強烈に貫いた。
「おおおおおおおおおおおおおおお!!!」
剣身の入った傷口からは、どす黒い機体があふれだす。
生暖かく腐臭のする飛沫が俺の顔面をかすめながら霧散する。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?!」
これは血か、それとも生命を司る根源か。
ミケンタウロスの口から涎と喉を裂くような絶叫が迸った。
「GIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII!!?」
「これで――っ、シマイだああああああああああ!!!」
貫いた剣身を捻って傷口をえぐる。
さらに向きを変えた剣で下向きに力を与えて、掻っ捌く。
開かれた胸部から滝のような液体が絶え間なくあふれた。
「――――――――――――――――」
やがて、立ちすくんでいた巨体が傾く。
ぐらり。
古の巨塔が支えを失うように倒壊を開始する。
声を上げることもなければ、苦しむ時間もそう長くはなかっただろう。
やがて黒雲を吐きつづけたミケンタウロスの身体は、地鳴りとともに倒れ伏す。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
※つづく
(次話との区切りなし)
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