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化け物少女と、塔、登ります  作者: つくたん
偽りを貼り付けて笑う
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48の月15日の日記とビスケット

行ってきます、と出ていく師匠を見送る。さて、私はどうしましょうか。

少し早いけど今日の分の日記を書いてしまおうか。うん、そうしよう。どうせ外にも行けないし誰とも喋ることができないんだから。家でひとりきりでできることといったら、読書か家事くらいなのだし。


ホロロギウム歴8874年48の月15日。


今日は早起きをしたのでホロロギウムさんのところに行きました。

ホロロギウムさんは見たものの時間を計測することができるそうで、えぇと、なんて言っていただろう。

あぁそうそう、年輪を数えるようなものだって言ってたんです。木の年輪は年ごとに増えるものですけど、ホロロギウムさんの数えるそれは日ごとに増えるのだとか。

ホロロギウムさんの言うことはよくわからなくて師匠に解説を求めたんですけど、彼は自分にしか視えないものが視えているから理解することは難しい、と言われてしまって。結局よくわからないままでした。


それで、数えてもらったら7751日、だそうです。


私の年齢の概念は30日が12ヶ月あって1歳なので、それに換算すると、21歳少々です。

ホロロギウム歴は日を数えるもので年齢を数えるものではないので、まぁ、『私はおおよそ21歳』ということでいいのかな。


それから、町に帰還者が現れて……。

師匠がやっつけたんですよ。さすがは師匠です!

でも師匠は、自分は時間稼ぎをしただけで帰還者に対処したのは別の人って言うんです。

いったい誰がやったんでしょうか?


***


それからそれから、霖は淀みなく字を書き付けていく。

どんな些細な会話も情景も記録するように。自分が体験したことをすべて記録するように。記憶の中のものが失われないように記録するように。

誰が何をした、何を喋った。日記に書くまでもない些事だと切り捨てることなく、すべてを拾い上げるように。


「……よし、っと」


とりあえずはこれでいいか。夕飯を食べてから後の団欒の時間のことはまた後か、明日に含めてしまおう。

結びの文を書いてからペンを置く。ふぅ、と息を吐いてから、一息つくために茶を淹れようと立ち上がる。戸棚の菓子も食べてしまおうか。あれは真鉄が好む味だからと常時ストックしてあるものだが、留守番などというつまらないことを強いられているのだしこれくらいは許されるだろう。


「食べちゃおうっと」


半分だけ。半分だけ残しておけば文句は言われまい。うんうんと自分に言い聞かせつつ茶を淹れる。香り付けの花の香りが鼻腔をくすぐった。

塩気の効いた生地にカロントベリーの甘いジャムを塗りつけたビスケット。真鉄が好きだというそれを一度分けてもらったことがある。塩気と甘みの絶妙な調和は霖の味覚にもクリティカルヒットし、それ以来事あるごとに食べたがるほどのお気に入りでもある。時にはビスケットの最後の1枚を争って真鉄とにらみ合うほどには。

大丈夫。10枚入りのうち5枚まで。それ以上食べなければ咎められはしないはず。気がついたら全部食べていたという失敗だけはしてはならない。晩が怖い。

食べ物の恨みを体で払わされて翌日起き上がれなかったことを思い出して冷えた気持ちになる。大丈夫、容器から5枚取ってあとは戸棚にしまえばいいのだから。

しっかりと自分に言い聞かせてから、箱のふたを開く。10枚入りだと思っていたそれは8枚しか入っていなかった。おそらく真鉄がこっそりつまみ食いをしたのだろう。

と、いうことは3対5で分けて、5の方を自分が取れば公平だ。最初から5枚食べるつもりだったのだし。


「…………1枚くらい多く取ってもいいよね?」


外にも行けないし誰とも喋ることができないというつまらない留守番の褒賞に。不利益に対する補填だ。そういうことにしよう。残り2枚だけとなってしまったが、霖の言い分にも真鉄は納得してくれるはずだ。

うんうんと頷いて、箱から6枚のビスケットを取る。さてあとはしまっておこう、とふたを閉めようとしたら、残った2枚のうち1枚が割れていることに気がついた。


「……小さい方を取ってもバレないかな?」


大きい破片を残しておけば、3枚と言い張れる。うん。大丈夫。きっといける。

真鉄は優しいからそのあたりは容赦してくれるはず。なにせこちらはつまらない留守番の最中なのだ。これくらいの甘えは許されるだろう。

よし、そうしよう。小さな破片を取って皿の上へ。これでよしと今度こそふたを閉める。閉めようとした。


「……1枚にしては小さいかなぁ?」


割れてたので小さい方を取りました、でも大きい破片は残っているので実質1枚ぶんですよね、と言うよりは、もういっそのこと片割れの破片も取ってしまったほうが思い切りがいいかもしれない。留守番という言い訳があるのだし、許されるはず。

いやいや、そうなったら残りは1枚しか残らない。箱を開ければビスケットが1枚というのはなんだか物悲しい。箱はそれなりに大きくてかさばるのに、たった1枚のために戸棚に存在するというのは。

もうここまでいったら残りの1枚も食べてしまったほうがよいのでは。よくよく検めてみれば湿気っている気もしてきたし。湿気ったビスケットは早く食べるに限る。腐ってしまうよりはずっといい。

ビスケットが湿気っているのはふたが開けられたから。つまりは真鉄がこっそりつまみ食いなどしなければ湿気ることはなかったはずだ。真鉄が開封したから湿気ってしまった。

師匠の尻拭いは弟子の役目。真鉄が湿気らせてしまったビスケットは弟子である自分が片付けるべきだ。うんそうだ。


「あれ?」


――気がついたら全部食べていた。

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