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彼らがメールを送った後に  作者: はんぺん
その後の話
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 博物館の扉を潜ると、ヘンテコな埴輪と銅鐸のオブジェが出迎えてくれた。

 ここにはどちらも収蔵されていないはずだが、博物館らしさを演出するために作られたのだろう。今どき、子どもでもこんなものを見て喜ばないぞ、と思いながら、高階は通路を進んだ。

常設展には一切の関心を持たなかったが、特別展は後でちょっと見ていくか、と思う。志水も展示に関わっているはずだ。

 関係者専用の通路を進んでいくと、奥から見知った人物がやって来た。彼はひょいと手を上げると、近くまで来てから「久しぶり」と言った。


「志水さんに会いに来たの? 今、展示室だよ」

「そうなんですか。ありがとうございます」


 展示室を見ずにここまで来たことがバレてしまった。

 一瞬「あ……」と思ったが、今さら高階が博物館を見学するとは、向こうも思っていないだろう。彼がここに来る理由といえば、スタッフに会う以外にないのだから。

 高階はお礼を言ってから、元来た通路を戻った。


(特別展の方かな)


 ただの勘だったが、実際に行ってみると、彼女はいた。

 一人で、ガラスケースの前を移動している。紙と展示品を見比べているので、キャプションやパンフレットに誤植がないかどうか、確認しているのかもしれない。

 近付いて行ってみるも、彼女は作業に夢中なようで、こちらには全く気付かない。こういった時の志水の集中力は大したものだが、ちょっとは周囲に気をつけた方が良いのでは、と高階は思った。

 仕方がないから呼びかけようとして――止まった。

 どうしようか、と。何が正解なのかを、考える。

 しばらく逡巡した後、結局旧姓の方で呼びかけた。


「志水さん」


 思いのほか、小さい声になってしまった。博物館という場所を考えれば適切だったのかもしれないが、そういう配慮をしたわけではなかった。

 そしてそれは、彼女も察知したようで、


「どちらで呼ばれるのかと、思ってました」


 楽しそうな声で、自分のやったことをバラす。


「気付いてたんだ」

「はい」


 悪びれなく言う彼女に、高階は「そういえばこういう人だったよ」と思った。外見もそうだが、中身もまるで変わっていない。


「迷いました?」

「かなりね」


 彼女に会う前はそんなことを思いもしなかったので、対策もまた、考えていなかった。いわば不意打ちであり、迷ったのは当然だ。

 高階はそう結論付けることにした。


「私、高階さんからは絶対旧姓で呼ばれると思ってました」

「何で?」

「なんとなくです」


 あっそう、と適当な返しをして、高階は鞄から冊子を取り出した。


「これ、ありがとう。助かった」

「いえ。お役に立てたようで、良かったです」


 志水はそれを、展示室の入口にある棚の上に置きに行った。


「西家君は研究室にいるかな」

「ああ、いえ。今はハワイです。来週まで戻ってきませんよ」

「そっか。タイミング悪かったな」

「すみません。向こうから、ちょっと見てほしいものがあるって言われたみたいで」

「へぇ」


 凄いな、と高階は思う。既に専門家として評価してもらっているということだ。

 最近少しだけ打ち解けたような気がしている西家と話ができないのは残念だが、ハワイにいるのでは仕方がない。近くに住んでいるのだし、今度また来た時にでも顔を出そうと思った。

 と、そこで高階は志水の左手に光るものがあることに気が付いた。

 既婚者である彼女が指輪をはめているのは不自然なことではないのだが、彼にとってそのことは意外なことのように思えた。なぜかはわからないが、彼女は結婚指輪をしないタイプの人間だというイメージがあったからだ。

 高階の視線に気付いた志水は、左手を軽く持ち上げた。


「どうですか?」

「ああ……うん。似合ってるよ」


 細めの、シンプルな指輪は、彼女の小さめの手によく合っていた。


「高階さんは、指輪、選びに行かれないんですか?」

「え……ああ…そうだね」

「行かれないんですか?」


 二回聞かれた。しかも、口調がちょっと怖い。


「けど、選ぶっていっても、サイズが分からないし……」


 言った途端、志水が信じられないものを見るかのような目で、高階を見た。顔には、「何言ってるんだこの人」と書かれている。

 彼女に、こういった表情を何度させただろうか。研究室時代が思い返され、懐かしくなる高階である。

 志水は絶妙のタイミングでわざとらしく溜息を吐き、


「一緒に行くに決まってるじゃないですか」


 と、さも馬鹿にしたような口調で言った。


「私は、そうしましたよ」

「え! 志水さんが連れてったってこと?」

「私の時は、そうでしたよ」


 やっぱり二回言われた。そして、言い方が変わっている。口調もだ。高階が言ったことは訂正しておきたい点だったのだろう。

 志水ならば強引に連れていったとしても、まったく不思議ではないのだが――どうやら違ったようだ。


「そっか。そういう手があったのか」


 これまで考えもしなかった案に、高階は「なるほど」と頷く。


「高階さんって、抜けてますよね」


 志水の一言に、高階は何も言えなかった。





 それから半年が過ぎた頃。

 乃依が珍しく博物館にやって来た。彼女の、いかにも「報告に来ました」的な雰囲気と左手を見て、ちょっと期待した志水だったが――何のことはない。この四月から、入試課に移動になったので、その報告に来たとのことだった。

 それでも、地味に進展しつつある二人に、別の報告が聞ける日もそう遠いものではないかもしれないと思うのだった。




「その後の話」、おしまい。

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