プロローグ:雪と血
プロローグ:雪と血
北の峠を吹き荒れる吹雪が、小道を白い経帷子のように覆い隠していく。雪は一日中降り続き、古い足跡を深く埋もらせていた。ケイル・エラリスは凍てついた雪面を踏みしめ、膝まで雪に嵌りながら前へと進んでいた。
馬ははるか下方の、見捨てられた狩猟小屋のそばに残してきた。これ以上の深雪では、馬に進む道は残されていなかったからだ。
かじかんだ指で、ケイルは一枚の紙切れを強く握りしめていた。封蝋もなく、紋章すらない。ただ、記憶に焼き付いた一行の文字だけが記されていた。
「エラリス一族の過去が再び誰かに必要とされた理由を知りたければ、北の峠に来い。一人でな」
ケイルは乾いた、微塵の面白みもない笑みを漏らした。もうすぐ100歳になるというのに、偉大なエラリス一族の中において、彼は常に「無名」の存在だった。無能。わずかな魔力量と凡庸な剣の腕しか持たず、幼少期には同族から公然と嘲笑され、年月を経るごとに人生の枠外へと追いやられたエルフ。家族は彼に何の期待もしていなかった。集まりに呼ばれることもなく、成果は無視され、失敗は当然のものと扱われた。
何十年経っても、心の奥底にくすぶる屈辱と隠された憎悪が消えることはなかった。それらはただ黒く重い澱となって、内側で凝り固まっていくだけだった。
ここ数年、ケイルは答えを探し求めていた。なぜ一族の書庫から古文書が消えたのか? なぜ使用人たちは古代の話題を口にすることを禁じられていたのか? そして、破り取られたページに何度も現れる、あの打ち消されたシンボル――「黒い円」の正体は何なのか?
「死んだままでいるべきものを探すな」――かつて老司書はそう告げ、分厚い本をぴしゃりと閉じた。
ケイルは聞き入れなかった。そして今、彼はここにいる。
峠の頂上まで来ると、風がピタリと止んだ。死んだような、押しつぶされそうな静寂が周囲を支配する。ケイルは足を止め、剣の柄にそっと手を添えた。
「出てこい」
雪に覆われた岩陰から、一つの影が姿を現した。黒いマントを纏い、深いフードで顔全体が完全に隠されている。見知らぬ男はゆっくりと手を持ち上げた。その掌には、あの忌々しいシンボルが黒々と描かれていた。黒い円だ。
「なぜそれを知っている?」――ケイルの声が微かに震えた。
「ほう、本当に何も覚えていないというわけか……」静かで、どこか酷く無関心な声が響く。「残念だ」
ケイルの剣が乾いた音を立てて鞘走った。
「俺は謎解きに来たわけじゃない」
「分かっている」
敵の反撃は瞬時だった。男は一歩を踏み出したのではなく、文字通り瞬間移動したかのようにケイルの間合いへと現れた。
金属の激突音が静寂を切り裂く。受け止めた最初の衝撃だけで、ケイルは数メートル吹き飛ばされ、肺の空気がすべて押し出された。ケイルは歯をくいしばり、捨て身の反撃へと転じる。長年培ってきたすべてを動員した――フェイント、構えの切り替え、鋭い踏み込み。だが、すべてが無駄だった。相手は軽やかに身を翻し、無能なエルフが剣速を上げるよりも先に、そのあらゆる動きを完璧に先読みしていた。
もう一撃――耐え難い破砕音と共に、ケイルの剣が手から弾き飛ばされ、雪深くへと突き刺さった。
ケイルはその場に膝をつき、凍てついた空気を必死に貪り吸い込んだ。男の重厚なブーツが、雪の上に横たわる彼の剣を踏みつける。
「なぜ俺なんだ……?」血を雪に吐き出しながら、ケイルは掠れた声で問う。「一族に見捨てられ、道端に捨てられたような人間に、お前たちは一体何を求めている?」
「質問が間違っている」男は見下ろすような冷ややかな、それでいてどこか哀しげな視線を彼に向けた。「正しい問いはこうだ――なぜお前は、エラリスとして生まれてきたのか?」
ケイルの脳裡で何かが閃いた。鋭く痛みを伴う記憶のフラッシュバック――眩い陽光、そびえ立つ高い塔、聞き覚えのない誰かの声……そして、それは一瞬で掻き消えた。
「待て……!」立ち上がろうとしたが、凍えきった体が言うことを聞かない。「真実を教えろ!」
「そのうち分かるさ。思い出せたならな」
男は背を向け、吹雪の白い濁りの中へと歩み去り、やがて完全に溶け込むように姿を消した。
ケイルは一人、雪原に取り残された。強烈な寒さが心臓へと這い上がり、思考を凍結させていく。閉じゆく視界の端に、無意味だった人生の断片が走馬灯のように駆け巡る――閉ざされた扉、同族たちの軽蔑の笑み、薄暗い書庫、そしてどうしても思い出すことのできなかった誰かの顔。
*(結局、本当のことは分からないままか……)*それが彼の最期の、絶望的な思考だった。
そして、闇が訪れた。
それから311年が経過した。
国家の境界線が変わり、街は崩壊と建設を繰り返し、古き血筋の名は歴史の波に埋もれていった。1500年ほど前、偉大なるエラリスの血脈から慎ましい分家が枝分かれしたことを覚えている者は、もはやほとんどいない。古き血は眠り続けていた。この日まで。
小さな家では、窓の外を秋の雨がトントンと叩いていた。ランプの温かな光に照らされた部屋に、赤ん坊の力強い産声が響き渡る。
老いた使用人が、疲労の色濃くも幸福に満ちたメリッサへと慎重に赤ん坊を手渡した。
「男の子です」と、彼女は静かに告げた。
アーウェンが一歩歩み寄り、胸を高鳴らせながらわが子を見つめた。赤ん坊は青白い肌に、整った尖った耳、そして汚れのない純白の髪をしていた。
「エリアン……」メリッサは赤ん坊の小さな頭を優しく撫でながら、ささやくように言った。
赤ん坊はピタリと泣き止んだ。ほんの一瞬、その瞼が開き、部屋の中に冷ややかな薄灰色の瞳が光を放った。それは幼子にあるまじき、深い理性を湛えた底知れぬ淵であり、雪深い峠の残響、鋼の交わる音、そして3世紀前に葬られた名を宿していた。
ケイル・エラリス。
だが、その瞬間はすぐに過ぎ去った。ふたたび無垢な眼差しに戻ると、新生児はスースーと穏やかな寝息を立て、おくるみに顔を埋めた。
雨が降り続いていた。新しい人生が、今、幕を開ける。




