第50話 つまり、チラリズムの加護ってことですね!?
「望くん、望くん」
「ん?」
並んでリビングソファーに座ってくつろいだままでいると、ツンツンと妃菜が望の二の腕を突いて話し掛ける。
「もう結構元気になったし、明日くらいからまた魔法少女活動再開しようと思うんだけど……どうかな……?」
「あ、明日……!? まだあの戦いから二週間と経ってないワケで……他の魔法少女はともかく、妃菜は一番消耗が激しかったんだからもう少し休んだ方が……」
「えぇ、全然大丈夫だよ?」
大丈夫――その言葉に望がいつもの如く怪訝な表情をするので、それを見た妃菜が不服そうにぷくぅと頬を膨らませてみせた。
「もぉう、その顔信用してないなぁ~?」
「信用も何も、昨日魔力測った感じだと――」
「――昨日は昨日、今日は今日だよ」
妃菜がソファーに両手をついて、望の方にグッと前のめりに顔を寄せた。実際に魔力を見て確かめてみろと訴える行動だ。
「多分、ちょっと回復してると思うよ」
「そんなすぐ変わらんだろ……」
魔力がそんなすぐポンポン回復するんだったら、どの魔法少女も困っていないワケで。
とはいえ、こうなったら実際に見てみないことには妃菜も納得しそうにないので、望は仕方なく身体を妃菜の方に向けて額を合わせるため顔を近付けようとする。
しかし――――
「……っ!?」
ドキッ、と心臓が大きく跳ねた。
それを切っ掛けにギアが一段階上がった拍動が、熱い血液を顔へ顔へと回してくる。
(っ、見えてんだよっ……!)
妃菜の前のめりな体勢は、灰色のオーバーサイズTシャツの緩い襟首を重力に引っ張らせてしまっている。
そのせいで細い首筋を下に辿ると鎖骨はもちろん、両手をソファーについているがゆえに寄せられた決して小さくない双丘の谷間と、それらを包み隠す最後の砦である薄桃色の布地がチラリと覗いていた。
理性の固さには自信がある望。
しかし、同時に健全な思春期男子であることもまた事実。
さりげなく盗み見ていたい気持ちがないわけではないが、そこは誠実であろうと理性に鞭打ってダメージを負いながらも欲望に蓋をする。
「……望くん?」
「な、なんでもない」
動きを止めていたことを不思議に思った妃菜がチラリと淡紅色の瞳を向けてくるので、望は平静を取り繕って目蓋を閉じた。
いつものように、コツンと優しく額を重ねる。
――――――――――――――――――――
【月ヶ瀬妃菜】
魔力量上限値:30
白魔力量 :12
黒魔力量 :5
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆・・・
・・・・・・・・・・■■■■■
※白魔力:☆ 黒魔力:■ 枯渇:・
――――――――――――――――――――
「んまぁ、確かに昨日から白魔力が一だけ回復してるけどさ。俺的には上限値の半分――せめて十五くらいは魔力溜めてからゴーサイン出したいんだよ……」
額を離した望が渋い顔で語る。
「自然派生するシャドウを片付けるくらいなら今でも充分なのはわかる。でも、俺はもうあの戦いを見ちゃったからさ……いつ強敵が襲ってくるかわからない状況で、万全じゃない妃菜を送り出したくないんだよ……」
気付けば握り締める拳にグッと力が籠っていた。
望は非日常の世界へ片足を突っ込んだだけのほぼ一般人。敵と戦うことはおろか、人間の身ゆえに魔法少女をサポートする御使いとしても三流以下。
戦えない自分が妃菜を矢面に立たせる以上、せめて万全のコンディションで戦えるようにする――それが望が御使いとして持つ責任だ。
(けど、妃菜が早く活動を再開したい気持ちもわかる。妹の無事が確認出来た以上、もっと手掛かりを探したいだろうからな……)
このまま自分の責任感を言い訳にして妃菜を危険から遠ざけようとしても、それは返って妃菜に心の負担を掛けることになりかねない。
どうすべきか……と望が思考を巡らせていると、妃菜が固まりきった望の拳に柔らかい手を乗せた。
「ふふっ」
「な、なんだ?」
思考の世界へ潜っていた望が意識を現実に戻して顔を上げると、何故か妃菜が嬉しそうな微笑みを浮かべていた。
重ねられた妃菜の手が、そこから伝わる体温が、望の拳を解いていく。
「ううん、何でもないの。ただ、望くんが私のことで凄く沢山悩んでくれてるのが、申し訳ないなって思わないといけないはずなのに、なんだか嬉しいんだぁ……えへへ……」
「……ったく」
にへらと笑う儚くも可愛らしい顔を向けられては、望も参ってしまった。
一度天井を仰ぎ見て、回し過ぎて熱くなった思考回路から排熱するように息を吐くと、再び妃菜に向き直る。
「しゃあない。わかった、明日からな」
「ありがと、望くん」
「その代わり、シャドウの発生地点をハシゴするとかはまだナシな? 魔力消費を最小限に、一ヶ所ずつやっていこう」
「うん、それでいいよ」
満足そうに微笑む妃菜。
仕方なさそうな表情を浮かべていた望は、一個思い出したことがあるように頬を指で掻きながら言った。
「あ、あぁー、あとさ」
「ん?」
「話は変わるんだけど、何と言うか……」
望はチラリと遠慮がちに妃菜の姿を見やる。
ソファーの上にちょこんと座る妃菜はやはりオーバーサイズの灰色Tシャツ一枚で、襟元は緩く下半身の防御力は微々たるもの。折り曲げられた白い脚が無防備に露出している。
「暖かくなってから、流石に無防備すぎると思うぞ……?」
何かとコンプライアンスが厳しい昨今。
この指摘はセクハラなんじゃないかと思って戦々恐々としながらも、それもこれも妃菜の身を案じてのことだと望は腹を括って言った。
すると、キョトンとしていた妃菜は自分の姿を今一度見下ろしてみてから「うぅ~ん」と唸る。
「でも、これが一番楽ちん……」
「そりゃそうでしょうけども」
「この格好で外に出たりしないから、大丈夫だよ?」
コテン、と首を傾げる妃菜に、望は半目を向けながら自分自身を指差した。
「いや、家には俺もいるからさ……」
「望くんは、その……色々信頼してるから大丈夫だよ……?」
その信頼している人からの忠告なんですけど? と思いながら、望は困ったように後ろ頭を掻いた。
「それに、見てて?」
妃菜はタッ、とソファーから降りて床に立つ。
望がその姿を追って視線を向ける先で、妃菜は少しからかうような笑みを浮かべた。
そして――――
「ほらっ」
「ちょ、バカっ……!?」
くるり、とその場で小回りする妃菜。
少し勢いがついているせいで遠心力が掛かり、ただでさえ上太腿までを隠すので精一杯なTシャツの裾がふわりと持ち上がる。
一回転して正面を向いた妃菜の動きに、少し遅れて捲れ上がる裾。妃菜はそれを手で押さえようともしない。
白くて瑞々しい肌が、上太腿から更に一センチ、二センチ……と上まで晒されていき、見えてはいけないモノが見える予感に駆られて望が目を逸らそうとしたとのとき。
「……あ、あれ?」
「ふふっ」
見えなかった。見えなかったのだ。
物理的な物体の運動としてそのままいけば自然と脚の付け根か少し上くらいまでは捲れるはずだった。
しかし、それでも見えなかった。
見えるか見えないかギリギリのところで、何か不可視の外力が押さえているかのように、それ以上Tシャツの裾が捲れ上がることはなかった。
「魔法少女には色々加護がついてて、不意のチラリを防いでくれるのもその一つなんだよ?」
口元に人差し指を当てて教えてくれる妃菜を前に、望は一瞬忘れていた呼吸を取り戻す。
「な、なるほど……各家庭の保護者へのクレーム対策はバッチリってことか……」
ふぅ、と胸を撫で下ろしていると、妃菜がクスッと可笑しそうに笑った。
「それにしても望くん、顔真っ赤だよ?」
「だ、誰のせいだっ……!?」
普段あまり動揺を見せない望があからさまに恥ずかしがっているのが面白いのだろう。妃菜はくつくつと喉で笑う。
(つうか、その加護があっても素肌率高いことに変わりはないし……って、ん?)
引っ掛かりを覚えた望。
魔力を計測する際に、前のめりになった妃菜の襟首から確かにチラリとドキッとするモノを見てしまった。
(加護があるからチラリしないはずじゃ……上には反映されないとか? それとも……)
脳裏に過る妃菜の説明。
『――不意のチラリを防いでくれるのもその一つなんだよ?』
加護が働くのは不意のチラリ。
まったく見えなくするわけではなく、あくまで意図せず見せてしまうのを防止するもの。
ということは――――
(わ、わざとっ……!? い、いやいやいや、ないない! んなワケ――)
「――望くん?」
「……っ!?」
「ん~? どうしたの?」
「い、いやっ、その……」
みるみる顔に熱が溜まっていく感覚がする。
オーバーヒートして上手く思考がまとまらない。
(加護の適用外なのか、それともわざとなのかっ……ど、どっちだ……!?)
激しい動機に苛まれる望の目に映るのは、覗き込むようにスッと寄せられた妃菜の顔に浮かぶ、悪戯っぽい微笑みだけだった――――




