第43話 この可愛い生物の学術名称は『カワイサジニンマホウショウジョ』です
「そう言えば、新しい春服ほしいなって思ってたんだぁ」
ショッピングモールのファッションフロアを並んで歩きながら、妃菜が自分のワンピース姿を見下ろす。
「これも随分前に買ったやつだから」
「そうなのか?」
「でも、しばらく行方不明になってた」
「……だろうな」
家事代行サービスのバイトで初めて妃菜の家を訪れたときの光景を思い出して、望は微苦笑を浮かべる。
服なんてシーズン関係なくリビングやダイニングに散乱していたのだから、あの過酷な環境では一着や二着遭難してしまってもおかしくはない。
どうせそのワンピースが見付かったのも、望が整理したからだろう。
「ってか、妃菜ってあんま物欲ないのに服はやたら持ってたりするよな?」
望はもう何度も妃菜の部屋に入っているから知っているが、そこには必要最低限の家具しか置かれていない。
それが女の子らしいと決めつけてはいけないのだろうが、何か可愛らしい小物があったり、ぬいぐるみが置かれていたりと、そういう遊び心は一切ない。
にもかかわらず、衣服に関しては相当に量があるので、望は密かに不思議に思っていたのだ。
ただ、意外とそういう謎には呆れた理由が隠されているもので…………
「あぁ、えっと……」
妃菜がどこか曖昧に笑って頬を掻く。
「散らかりすぎてて探しても見つからないからその都度服を買ってると、どんどん溜まっちゃって……」
「な、なるほど……」
当然の帰結だった。
「で、でもね、今はちょっと違う理由だよ……?」
胸の前でモジモジと両手を絡め合わせた妃菜が、チラリと気恥ずかしそうな視線を向けてくる。
「その……望くんに、可愛いなって思って欲しいから……」
「へっ……!?」
思わぬ間抜けな声を漏らしてしまった望。
カァ、と熱くなる顔を妃菜に向けたまま動かせない。
(俺に可愛いって思って欲しい、だと……!? それって、まさか……妃菜が俺のことを――)
と、妃菜のその様子にその台詞。
思春期男子が聞けば百人が百人辿り着くであろう答えに、望も至ろうとしていると――――
「だって、目の保養になるでしょ?」
「……はい?」
ちょっと想像もしていなかった斜め上の答えが、妃菜の口から出てきた。
「ほら、私見た目だけは儚げで可愛いでしょ? だから、せめてそれを活かして望くんに喜んでもらおうと思って……」
「ちょ、ちょちょちょ、ちょい待て」
一体どこからツッコミを入れたらいいものやら……望は右手の親指と中指で挟むようにしてこめかみを押さえた。
まずその哀愁が漂うような表情とテンションに対して言ってることが自信満々でギャップが激しい。
(いやまぁ、それはいつものことか)
自己肯定感低いクセに自分の容姿に関しては謎に明確な自信を持っているのが妃菜。そうではなくて、だ。
「別に俺を喜ばせる必要なんてないんだが……」
「あ、あるよっ……!?」
ズイッ、と妃菜が真剣な表情で顔を近付けてくる。
「正の感情から生まれる白魔力は魔法少女の私にとっても重要だけど、そんな私を補助する御使いの望くんにだって必要なんだからね?」
「た、確かに……?」
妃菜のことだから何の脈絡もないとんでもマジカル理論が飛び出してくるかと思いきや、凄く納得させられる理由がそこにはあった。
「だから、そのためにも春服見に行こ?」
「あ、ちょ……!?」
妃菜が望の袖をキュッと引っ張って、通り掛ったアパレルショップに入っていく。
「こ、ここは俺が立ち行って大丈夫な空間なのか……!?」
望は少し顔を俯かせながら見渡すが、店内に自分以外の男性客は見当たらない。女性服の店なのだから当然と言えば当然だが。
せめて彼女に連れられてきた彼氏のような人がいてくれれば多少は気が楽なのだが、残念ながらやはりいない。
「大丈夫だよ」
「妃菜の大丈夫は信用出来ないんだが」
「変におどおどしてる方が怪しまれるよ~」
「……それはそう」
店の外で待ってるから――などという提案が今更通るわけもないので、望は腹を括ることにした。
妃菜はハンガーに並んで掛けられている服に手を伸ばして取ってみては、望をチラリ。望は「ん?」と疑問符を浮かべる。妃菜は服を掛け直す。
カチャ、と再度手に取って持ち上げる妃菜。望の様子を見る。戻す。
そうやって妃菜が商品を手に取るたびにチラチラ視線をやってくるので、流石に望も気になってしまった。
(いやまぁ、理由は察してるんだけど……)
望はコホンと咳払いしてから言う。
「別に、俺の反応見て決めなくてもいいんだぞ?」
「ば、バレてた……?」
「バレバレ、だな」
「うぅ……」
どうやら妃菜は密かに様子を窺っていたつもりだったらしく、それがあっさり望に見抜かれていたことに顔を赤くする。
(何だこの可愛い生き物。ああ、魔法少女って言うのか。そりゃ可愛いワケだ、うん)
疑問を自己完結させていた望に、妃菜が手に取った商品のハンガーで顔の下半分を隠しながら望に上目を向ける。
「でも、望くんの好みがわからないと喜ばせられないよ……?」
物凄く他意がありそうに勘ぐってしまいそうになる発言だが、それもこれも互いの白魔力回復のための手段だと、自分に言い聞かせる望。
動揺を誤魔化すように、どこかからかうような口調で言い返す。
「じゃあ、俺の好みがとてつもなく露出度の高い先鋭的な服だったらどうするんだ?」
女児の憧れである魔法少女に向かって何言ってんだと各家庭の保護者からクレームが来そうなので、「違うんですこれは自分の好きなように選べばいいということを遠回しに伝えたいだけなんです」と心の中で弁解しておく。
しかし、そんなことは露知らず、妃菜はじわぁ……と顔に留まらず耳の先まで紅潮させると、その淡紅色の瞳を右往左往させてから、結局望の顔を見られないまま答える。
「そそそ、それはっ……望くんがそれで喜んでくれるなら、出来る限り善処するのが魔法少女である私の務めというか……」
「魔法少女にそんな務めがあってたまるか。大きなお友達需要に偏りすぎだろ」
はぁ、と望はついため息を溢してしまいながら、妃菜の手にあった服を取ってその身体に重ねて言う。
少し素っ気ない表情をしているのは、気恥ずかしいからである。
「ひ、妃菜が何着てても可愛いことに変わりはないんだから、俺の目の保養としては充分すぎるくらいだ……」
ハッ、と妃菜は望の言葉に気付かされたように目を見開くと、すぐに冷静な表情に戻って顎に手を添えた。
「……確かに」
やはり、自分の容姿に関しては揺るぎない自信がおありのようだった――――




