第40話 クールぶってる少女が同様する姿っていいよね(場違い
「貴方は先に帰っていてください」
アフィスティアがそう言って大鎌を振るうと、この場所に現れたときと同じ空間の裂け目がアラゾニアの傍に生まれる。
アラゾニアは満身創痍の身体を軋ませながらゆらゆらと立ち上がると、その裂け目に片足を突っ込んでから振り返った。
「テメェも下手して負けたりすんじゃねぇぞ」
「……冗談を」
アラゾニアが去ってから閉じた裂け目を尻目に確認し、アフィスティアは器用にクルクルと大鎌を回してみせてから右手に構えた。
「手負いの魔法少女に負ける方が難しいでしょうに」
アフィスティアが視線を持ち上げると、妃菜がぐったりしている望をクレーターの上まで運んでいた。
「三人とも、望くんをお願い出来るかな?」
望の身体をそっと地面に横たえた妃菜が尋ねると、
「お任せくださいっ!」
と、桃色魔法少女が胸を叩き、
「仕方ないわね」
と、黄色魔法少女が腕を組み、
「が、頑張ります……」
と、緑色魔法少女がギュッと手を握り込んだ。
「ふふっ、ありがと」
妃菜は三人の返答に満足し、立ち上がる。
「じ、地面は硬くて痛そう……」
「布団なんてないわよ?」
緑色魔法少女の心配そうなか細い声に、黄色魔法少女が困ったように肩を竦めると、桃色魔法少女が「だったら!」とその場に女の子座りして、望の頭を自身の脚の上に乗せた。
「こうすれば痛くないよ」
ニコッ、と笑って見せつける桃色魔法少女に、黄色魔法少女は呆れ、緑魔法少女は顔を赤らめてモジモジしていた。
「なんて贅沢な枕なの……」
「わわわ、膝枕なんて初めて見たよぉ……」
二人の反応によくわからなそうに首を傾げていた桃色魔法少女。
妃菜はそんな三人のやり取りを聞いていても経ってもいられず、この場を離れる前に一つ釘を刺しておくことにした。
「の、望くんは私の御使いだからね? ちょっと預けるだけだからね……!?」
ピン、と人差し指を立てて言う妃菜を薄眼で見た望は、激しい頭痛で思考がまとまらないながらに口を開く。
「……妃菜」
「な、なに……?」
「全力で、連れ戻してこい……!」
「……っ!?」
無理をして望が三度目の魔力を供給したところで、妃菜は体力的にも魔力量的にもとても万全とは言い難い状態。
アラゾニアと同じ悪の組織の幹部であるアフィスティアがどれほどの強さなのかはわからないが、少なくとも今の状態でもう一戦アラゾニアと戦ったら、勝率は二割もないだろう。
それをわかったうえで、望は背中を押した。
妃菜はふっ、と笑みを溢して背を向ける。
眼下に佇むアフィスティアに視線を注ぎながら、背中越しに力強く答えた。
「うんっ、行ってきます……!」
タッ、と妃菜がクレーターの縁から飛び降りる。足元をクレーターの急勾配がビュンビュンと過ぎ去り、全身で風を受け止める。
好き放題に揺れ動く前髪の合間から、淡紅色の瞳に宿した覚悟の籠った眼光でアフィスティアを見据えた。
「由菜っ、ここで私が助け出してみせるよ!」
「しつこいですね。私はアフィスティアです」
カツッ、とクレーターの底に辿り着いた妃菜がヒールを強く踏みつけて、体勢を低く構える。
「行くよっ!」
「……いつでも」
妃菜が思い切り地面を蹴り出した次の瞬間――――
ガイィイイインッ!!
凄まじい速度で突進した妃菜は、クレーターの中央でアフィスティアと得物を衝突させていた。
助走をつけた妃菜が振るう長杖を、アフィスティアは諸手に握った大鎌の柄でその場から半歩たりとも動くことなく受け止めてみせる。
妃菜が身体に纏う白魔力。
アフィスティアが纏う黒魔力。
それらが正面衝突し、激しいスパークを起こしながら大気を震わせる。
「そのマスク、取ってよ……!」
互いの得物を競り合わせながら、妃菜は自分の顔が反射する黒銀のマスクを睨んだ。
「取りたければ、貴女が取ってください」
アフィスティアは淡々と答え、大鎌を押し込んで妃菜の長杖を弾くと、冗談から真っ直ぐ湾曲した刃を振り下ろした。
「……っ!」
寸前のところで身を捻って回避した妃菜。
捉えそこなった大鎌の刃はその切っ先が地面に触れる数ミリ手前でピタリと止まり、クルッと刃の向きを再び妃菜の方へ向けて今度は横薙ぎに一閃される。
妃菜はそれを膝を折るような僅かな跳躍で再び躱してみせると、両手で握り締めた長杖を思い切り振り下ろす。
「存外やりますね」
アフィスティアは短く称賛し、ひらりとスカートをなびかせその場で一回転するように躱すと、その回転力を左手に乗せるようにして掌底突きを放つ。
「ぐぅっ……!?」
アフィスティアの掌底が妃菜の腹に食い込み、呻き声を喉から漏らす妃菜の身体をさもよく弾むボールを打ったかのように、向こう側のクレーターの斜面にまで吹っ飛ばした。
「ぐっ……げほっ、げほっ……!」
衝突した勢いで壁に埋まっていた半身を抜きながら、妃菜は腹を押さえて立ち上がる。
「まだまだぁっ……!」
妃菜がサッと長杖を振るうと、自身の周囲に魔力の弾が数十個程生成され、それらが真っ直ぐアフィスティアに向かって飛んでいく。
飛来するそれらをアフィスティアは黒銀の仮面の下から冷たく見据え――――
「密度のない弾ですね」
一歩踏み込むアフィスティア。
体感覚的に時の流れが緩慢になった視界で、向かってくる一つの魔力の弾に大鎌を振り下ろす。球体のそれに弧を描く刃が上からスッと入り込み、そのまま抵抗なく左右に両断。斬られた弾は自身の身体を避けるように後方へ飛んでいき、遠くの地面を穿つ。
と、似た動作を実時間ほんの二、三秒の間に――――
ズガガガガガガガッ――と向かってくる弾の数だけ繰り返し、巧みに大鎌を振るってすべてを刻んでしまった。
「あまりに密度がなさすぎて――」
アフィスティアはすぐさまその場で振り返りざまに大鎌を横薙ぎに払う。
そこには、長杖の先端に魔力を収束させて肉薄していた妃菜が驚き顔を浮かべている姿があり――――
「――囮だと丸わかりですねよ」
「……ッ!!」
妃菜は至近距離で、今度は確実にダメージを与えるよう充分な魔力の量と密度を込めた光線を放つ。
アラゾニアの巨人の片腕を消し飛ばした極太レーザーとも呼べる白い光の奔流だが、アフィスティアの斬撃はものの見事に上下に割った。
「っ、強い……!」
「違います。貴方が弱い」
大技を繰り出した直後の一瞬の隙。
妃菜が次の行動へ移る前に、アフィスティアが妃菜のその細く白い首を左手で掴み上げた。
「あぐぅっ……!?」
長杖を足元に落とした妃菜は、自分の首を掴んで絞めるアフィスティアの手首を両手で握り込む。
しかし、自分のものとたいして変わらない華奢なその手はビクとも動かない。
地面を踏むことを許されない足は宙を掻き、出来ることと言えば両目で睨みつけることくらい。
そんな妃菜の姿を憐れむことすらせず、アフィスティアは左手一本で吊り上げた妃菜を無感情に見据える。
「少量でも魔力は魔力。ここで貴女に残された魔力を吸い上げて持ち帰りましょうか」
と、そう呟いたときだった。
ポツリ、と黒銀のマスクに雫が落ちる。
それはマスクの曲面をツゥ……と伝い、一筋の濡れ跡を描いた。
「……な……ゆっ……なぁっ……!」
「学ばない人ですね。私はア――」
「――由菜ぁっ……!」
「……っ!?」
ポタポタッ……!
妃菜が必死に目元に溜めて我慢していた涙が、大粒の雫となってアフィスティアのマスクを濡らす。
僅かに、アフィスティアの身体が震えた。
その震えは妃菜の口から「由菜」と零れる度に大きくなっていき――――
「な、なんですか、これは……?」
バタッ、と妃菜の身体が地面に落ちる。
その場で咳き込む妃菜と、震えが止まらない自分の左手を交互に見やり、アフィスティアは一歩後退った。
「っ、けほっ……ゆ、由菜……!」
「うるさい……」
「由菜っ!」
「五月蠅いッ!!」
勢い任せに振るわれた大鎌。
その峰が妃菜の横顔を打って、ガッ……と鈍い音を鳴らした。
「うっ……!」
ドシャッ、と弾かれて顔を地面に埋める妃菜。
空を向く横顔の頬は、赤く腫れていた。
そんな様子にアフィスティアは咄嗟の行動で手を伸ばし――――
「姉さっ……」
ピタリ、と動きを止めて、アフィスティアは声を漏らした。
「……は?」
今自分が何を口にしようとしていたのか。
どうして勝手に手が伸びたのか。
この胸を内側から突き破るような妙な罪悪感はなんなのか。
「わか、らない……わからない……」
ドッ、ドッ、ドッ……!
今すぐにでも吐いてしまいたいほど動悸がする。
左手で灰色の髪をクシャリと乱して頭を押さえても、平衡感覚が失われていくばかり。
「わからない……わからない、わからない、わからないわからないわからないわからない――わんないよっ……!!」
「由菜……?」
「五月蠅いッ! 黙りなさいッ! そのどこの誰だかわからない名前で、私を呼ぶなッ!!」
横向きに倒れながらも必死に伸ばした妃菜の震える手に掴まれる前に、アフィスティアは足を一歩後ろに引いた。
「私はっ、七罪冠が一翼【強欲】……初めて目蓋を開けたあのときからそれ以外の何者でもないっ……!!」
アフィスティアは左手で頭を押さえながら、右手で大鎌をスゥと持ち上げ、その切っ先を横たわる妃菜に向ける。
「そんな微々たる魔力なんてもうどうだっていい。名も知らぬ魔法少女、貴女だけは今ここで始末しておきます……!」
「助け……」
「ハッ、最後に命乞いですか」
「……助け……るよ……」
「……っ!?」
「きっと、お姉ちゃんが……助ける……」
「~~ッ!?」
ギリッ、とアフィスティアが歯を食い縛る。
大鎌を握る右手に力が籠る。
「ぁぁあああああッ、黙れぇえええええええええええッ!!」
もう妃菜の口から零れ出る言葉を何も聞きたくないとばかりに、あらゆる音を掻き消す声量で叫ぶアフィスティア。
同時に、大鎌が振り下ろされようとして――――
「……ギリギリのタイミングだったな」
「ちっ……!」
クレーターの上で桃色魔法少女の膝に無様に頭を乗せていた望が、スマホ片手に力なく空を見上げて呟く声と、妃菜の前でアフィスティアが舌打ちをするのは同時だった。
別ヶ所の襲撃への対応に当たっていた魔法少女ら――ざっと十名を少し超えるくらいが、全速力で駆けつけ、今まさに到着。
多勢に無勢。
流石にこれ以上留まるのは無理だと冷静に判断したアフィスティアが、妃菜ではなく自身の隣の空間を裂く。
「あの御使いの仕業ですか……小賢しいですね……」
アフィスティアは忌々しそうにクレーターの上に顔を向けて、黒銀のマスクの下から睨むと、最後に地面に倒れている妃菜を一瞥。
「由菜……」
「……次会うときは、貴女の妄言ごと斬り伏せます」
薄れゆく意識の中で最後に発した妃菜の呟きにそう言い放ち、アフィスティアは空間の裂け目に姿を消した――――




