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虚白のキャンバス  作者: ラクスイ
侯爵家編
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十四話 亡霊

「驚いた。魂が視えるのか」

 驚いたのはこっちである。目の前に死んだはずのリューディアがいる。と言っても本当に死んでいるのだろうが。


「フィオ、さっきから一体何を言っているんだ?」

「み、みんなにはリューディア先生が見えないの?」

 フィオが指を指した方向へ皆が一斉に目をやるが、困惑した表情で辺りをキョロキョロしている。

「小僧、おぬしは感受性が極端に高いようだ。俗に言う霊感というやつかの?そう考えると確かに芸術家に向いているのかもしれんな」

「そ、そうなんだ…」

 まだ幽霊と話しているのが信じられないフィオは声を震わせてそう言った。

 ヴァルテルは心配そうにフィオを見ている。他の皆もそんな感じで、誰も状況を理解できていないようだ。


「小僧、ワタシの目を使えば簡単に存在を証明できるぞ。要するにワタシを使って手品をしてみればよい」

「……やってみる!ヴァルテル!手伝ってくれる?」

「……?えっと…フィオ様の頼みとあらば何でも致しますが…」

「うん!じゃあ僕の目を手で覆ってみて!なんにも見えないようにね!」

「見えないようにですか……では失礼します」

 ヴァルテルがフィオの目を隠す、これでなにも見えないはずだ。


「では父上!指を使って好きな数字を表してください。片手でも両手でもいいよ!」

「ふむ、よく分からんが……これでいいのか?」

 マグヌスが指で数字をつくる。

「そうきたか、面白いことをするのう。答えは3だ」

「今、お化けのリューディア先生が教えてくれたよ。答えは3だね」


「………!」

 皆が驚きで息を飲む音が聞こえた。たしかにこんなことは霊的な力でもないと起きるはずがない。


 フィオはその後も数字を当てていった。フィオが目を開けると、信じられないという顔をしているマグヌスと目が合った。


「そして極めつけにこう言うんだ……」


 リューディアはフィオの耳元で囁く。


「リューディア先生の家庭教師としての契約金、毎月金貨十五枚銀貨二十二枚銅貨三枚。だよね?」

「そ、それは…!私とリューディアしか知らない情報のはず…!」


(子供にこのようなことを言わせるのはリューディア様くらいなものですね…)

 マグヌスとヴァルテルは今ので確信に近づいたようだ。


「リューディア!?本当にここにいるのか…!?」

 マグヌスは何もない空間を見上げてそう言った。

「小僧、ワタシの言葉をそのまま伝えるのだ」

 フィオは小さく頷く。


「………まずは謝罪をしておこう。家庭教師としての契約を果たせなかったこと、本当に申し訳なく思っておる」

「いや……死人にそう言われて責めることなどできようか。それより……今のリューディアは何者なんだ?そもそもリューディアなのか?」

 マグヌスが言いたいのは呪いのことだろう。

「………ワタシはリューディアだ。依然として魂は融合したまま、五百年前と同じ秘術を使い魂と肉体を分断したのだ。今は新たな宿主を待つことしかできない、哀れな亡霊よ」


 皆呆気にとられた様子だ。やはりリューディアは規格外なのだろう。


「リューディア様は不死身なのでしょうか」


「………ワタシは不死身ではない。今のワタシを見てみろ、死人以外の何者でもないだろう?あ、視えないのか。まぁ…なんだ、そんな大それた代物ではない」


「リューディア、これからどうするんだ?」

「………そうだな、当面は暇だ。魂だけでは魔法を使うことができんからな。大陸を彷徨うのも一興だと思っておっ()

「思ってい()というのは……?」

「………せっかくだからな。小僧にまた魔法を教えることにした」


「ほんとに!?やった!」

 フィオは飛び上がって喜んだ。自分で言った台詞に喜ぶ様は珍妙ではあったが。でも本当にフィオは嬉しくてたまらなかった。リューディアとは二度と会えないものだと思っていたからだ。


「………ガハハハ!報酬はワタシが復活してからの後払いでよいぞ!」

「あぁ、助かる。またフィオのことをよろしく頼む、リューディア」


 こうしてリューディア…もとい幽ディアがフィオの家庭教師に再任命された。また後日、エドガーの後釜がローランに決まった。敗戦のこともあって条件に合う家庭教師がいなかったからだ。


 帝都に向かったニーナがこのことを知るのは少し先の話である。



◇◆◇◆



 豪華絢爛な城の中を颯爽と歩く若い女。早足で堂々と歩く姿はどこか苛烈な雰囲気を感じさせた。この城の誰もこんなにも足音をたてて歩くことはないからだ。しかしその凛とした表情と紫と金に彩られた高貴な羽織は、この煌びやかな空間によく調和していた。


「あ、そこの方。止まっていただけますか。まだ謁見の準備が……ちょっ!…」


――――バァン!


 謁見の間の大きな扉が開かれる。


「ニーナ、ようやく余の妃となる決心がついたか?」


 玉座に座るは大柄な男。艶めいた漆黒の髪、鍛えられた肉体、薄褐色の肌、どれもが彼の健康的で活発な日々を証明するようなものだった。彼こそがドラヴェス帝国の皇帝、フェルムス二世である。


「陛下、今回は遊びに来た訳ではありません。いえ、一度も遊びに来たことなんてありませんが」

「つれない女だな……皆まで言わずとも分かる。今回の戦について文句を言いに来たのだろう?全くもって不愉快だ。さっさと出ていけ」

 フェルムスは退屈そうにそう言った。ニーナは凛とした表情を崩さない。

「出ていきません。ちゃんと説明してください。なぜそこまで戦争に拘るのですか?私には理解不能です」

「頭がお花畑のお前には分からんだろうさ。戦とは生きることだ。国を豊かにするということは戦に勝つということ。その為には犠牲をある程度許容しなくてはならない。戦士達は尊い覚悟の上で、神聖なる戦場に身を捧げるのだ。安全な場所でお絵描きをしているお前にウダウダ言う資格などない」


 語っている途中で少し言い過ぎたかと思いフェルムスはニーナの方に目をやる。すると……

「……!」

 フェルムスはニーナの業火のごとく燃え盛る眼差しに一瞬たじろいだ。


「そうですか。では私も私なりの覚悟の上で身を捧げることにします。絶対に私が帝国の暴挙を食い止めてみせましょう」


「あ、ああ。やれるものならやってみるがいい。自分の力がどれだけ矮小なものか真に理解することだろう」


「………」


 ニーナは何も言わずにその場を去っていった。


「陛下、良かったのですか?あそこまで言ってしまって……嫌われたかもしれませんよ」

「余は自分を曲げることが大嫌いだ。そしてあいつも似たような性質を持っている。よって両者が衝突し合うのは必然なのだ。庶民らの言葉で言う、夫婦喧嘩というやつだな」

「陛下……もう彼女もいい歳ですし、さぞ世の男性に人気なことでしょう。次会う時には本当に誰かと結ばれているかもしれませんよ」


「ハッハッハ!そうなれば戦を仕掛けるまでだ!圧倒的な力をもって奪取することは余の得意分野と言えよう」



 ニーナは本当にイラついていた。来た時よりもさらに早く、さらにやかましい足音を立てて城を出ていった。

「ローラン、力を貸して。前に言ってたアレをやる」

「…戦争画のことですか?ダメです…危険すぎます!皇帝の肩を持つわけではありませんが、本当に戦場は危険なんです!私にニーナ様を守り切れる自信はありません…」

 ローランはニーナの右手を苦々しい顔で見た。


「いいよ、私一人でも行ってみせる。あの時とは違うってところ……見せてやるから」


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