十一話 最初の魔法
朝早く起きて顔を洗う。朝食を食べる。歯を磨く。そして試験の為の授業を受ける。そんな日々を過ごす中でも、フィオはずっと体内の魔力の流れを意識し続けた。
「おはよう、フィオ・ファルネーゼ。今日もよい天気だな」
「リューディア先生!そろそろ魔法を教えてください!」
「ふむ、先週もそんなことを言っとったのう。そうだな…よし、分かった。両手を出してみよ」
「はい!魔力の押し合いっこですね!」
ガシッと二人は両手を繋ぎ合わせて魔力を集中させる。
「一般的な魔法に消費される平均的な魔力量、そして消費速度。それらを再現してお主に流し込む、お主はそれに押し勝つか拮抗させよ」
「はい!」
「ではゆくぞ!………それっ!」
フィオは全身の魔力を両手に凝縮させてリューディアに思いきりぶつけた。二つの大波が激突して、ビリビリとした衝撃波が辺りを駆け巡った。
「驚いた…押し負けてしもうたのう。お主の望み通り、魔法を教える段階に進むとしよう」
「ありがとうございます!リューディア先生!」
フィオは二年で四校の試験に挑むつもりなのだ。立ち止まってはいられない。一刻も早く魔法を使うのに慣れておきたかった。
「初めに一つ。世界には何千、何万もの魔法が存在しておるが…それらに上位・下位の関係はない。全てが長所・短所を持っていて、時と場合によって優劣は変わってゆく。しかしだな…弱い魔法と呼ばれるものもあるにはある」
「それを教えてくれるんですか?」
「うむ、そうだ。初心者が最初に通るべき道と言ってもいいだろう。お主の適正属性は…えーっと…無属性だったか。はは…やはりこの体は物覚えが良くて助かるのう」
リューディアなりの冗談だったのだろうか。フィオは笑っていいのか悪いのか分からなかった。
「そうだな、無属性であれば…魔殴が良いだろう」
「魔殴?」
「そうだ。魔殴は人類が初めて戦争に使った魔法。遠く離れた相手に魔力の塊をぶつけ、歩兵を進軍させるための隙をつくる目的で考案された魔法だ」
そう言ってリューディアは杖を取り出した。今回も彼女は杖を空へ突きつけた。
「魔殴!」
リューディアの杖から放たれた目には見えない魔力の塊が、二人の遥か上空まで飛んでいく。そして魔力の塊は空の雲にポツンと小さい穴を開けた。
「凄い…あんなところまで…」
「良い魔法だろう?操作性を犠牲にする代わりに威力が高められている。無属性が適正のお主ならいずれワタシより上手く扱えるようになるだろう」
リューディアより上手く魔法が扱えるなんて今のフィオには想像できないが、彼女が言うなら真実なのだろう。
「最古の魔法であるから魔法陣は単純だ。噂に聞いたぞ?お主はかの宮廷画家ニーナ・ファルネーゼの弟子であると。魔法陣を描くのも絵を描くのも似たようなものだ。ほれ、ワタシのを真似してみろ」
数十秒かかってフィオはなんとか魔法陣を作り上げた。
「後は詠唱だ!」
「魔殴…!」
白い魔法陣が光り輝き、フィオの杖から魔力が解き放たれる。
「わっ!」
魔法を放出した反動に耐えきれず、フィオは後方に吹っ飛んだ。
「…!フィオ様!」
――ドサッ…
「あ、ありがとう!ヴァルテル!」
ヴァルテルがとっさにフィオを庇って下敷きになった。
「フィオ様がご無事なら何よりです」
「良いでは無いか。お主の魔殴」
リューディアはどこかを見つめながらそう言った。フィオは彼女の視線を追ってみると、それを発見した。
庭の木の幹に円形の大きな痕がついていた。あれが人の身体に当たったらひとたまりもないだろう。
フィオはその光景と身体から魔力がごっそりと抜けた脱力感で自分が魔法を使ったことを実感した。
「して、フィオ・ファルネーゼよ。何かワタシに話すべきことがあるのではないか?」
リューディアは芝の上で大の字になったフィオを見下ろしてニヤッと微笑んだ。
「ワタシには分かるのだよ。先日お主の適正魔法を調べた時に感じたのだ、違和感を」
フィオがキョトンとしているとリューディアは悪い笑顔でブツブツと独り言を始めた。
「ファルネーゼ侯爵め、ワタシに面倒事を押し付けおって…あ、勘違いするでないぞ!面倒事とは言葉の綾だ!教師を変えたりしたら承知せんぞ!こんな面白い実験体…じゃなくて生徒!は中々おらんからな!ガハハハ!」
「もしかして呪いのこと…?」
「……!やはりそうであったか!ガハハハ!ダメ元でカマをかけてみるものだな!」
「え、えっ…?」
フィオが戸惑っているとヴァルテルがハッとした顔でリューディアを見た。
「カマをかけたということはもしや違和感というのは…」
「うむ、全くの嘘だな。呪いというのはこの世ならざる摩訶不思議で意味不明な現象なのだ。ワタシ程度が察知できるようなチンケなものではなかろうて」
フィオは段々と意味が分かってきた。簡単に言うと秘密がバレてしまったわけだ。
「それならちょうど良かったよ!僕もリューディア先生に話そうと思ってたんだ」
「フィオ様。確かに今回は結果オーライですが、本来であればあってはならないことなのです。自分から話すのと他人に暴かれるのとでは訳が違います。呪子となると特に気をつけなくてはなりません」
「そうだな。まぁこれを教訓にすれば十分であろう。それに…元々話すつもりであっとな!ならば尚更だ!なんだなんだ!秘密にするつもりはなかったのか!安心したぞ!」
リューディアは年相応の少女のようにキラキラと輝いた瞳でフィオを見つめている。
「それで?一体どんな呪いだ?早く見せてくれ!」
「はっ、はい!じゃあ二人とも離れていてね!」
二人が数歩下がったのを確認したフィオは庭に杖をグサッと刺した。リューディアは途端に顔を顰めた。ヴァルテルは心配そうにフィオを見つめている。
フィオは庭の土を杖で引っ掻いて模様を描いてゆく、フィオの肩幅が直径になるくらいのふわふわした円の絵ができた。
「これが一体何の呪いだと……ひゃっ!」
―――――ブォォォッ!
突如として地面から魔法が生えた。否、地面から空に向かって魔法が発動されたのだ。前兆のない魔力の炸裂に思わずリューディアは尻もちをついた。
「リューディア先生!だ、大丈夫?」
「驚いた。今のは…魔殴か……!いや、注目すべきはそこではないな。なんだ今のは、詠唱、魔法陣、魔力操作…どれも確認できなかったぞ」
リューディアは尻もちを着いたままブツブツと独り言を始めた。何も知らない者が見れば可憐な少女が庭で日向ぼっこでもしているように見えるかもしれないが、彼女の口から飛び出す言葉はどれも可愛げが無かった。
「魔力伝播量と吸収量の比重が後者に寄りすぎているのか…しかし魔法陣がないのなら簡易保存機構が存在しないはず…いや、そもそも魔力操作が必要無いのであれば…」
「あの、リューディア先生…?」
「む?あぁ、すまぬ。少し興奮しすぎておった」
そう言ってリューディアはフィオの方を向くと、じっと見つめた。十秒ほど経つとなぜか納得したように頷いた。
「うむ………そうだな。それは……勿体ないな」
「え?」
「…気にするな、こっちの話だ。それよりもなんだその呪いは。見たところによると描いた絵が自然と魔力に変換される仕組みのようだが、それによって必要な過程を丸々すっ飛ばして魔法を発動している、と……ふむ、なんと興味深い力であろうか」
リューディアはフィオに興味津々である。対してフィオは大分疲れてしまったようで、地面にドサッとへたりこんだ。
「うぅ、なんか体が変だよ」
「そうか、魔力を使いすぎたのだろう。よし…今日の授業はこれにて終了とする。おっと…そこの従者よ、少し話がある」
リューディアが指をさしたのはヴァルテルであった。
フィオを屋敷に送り届けたあと、ヴァルテルは怪訝な顔で彼女の元へ戻ってきた。
「リューディア様、話というのは?」
「無論、フィオ・ファルネーゼについてだ。一言で言うと…あやつはバケモノだ。諸刃の剣と言ってもいいかもしれない」
「というと…?」
「あやつはこのままいけば稀代の大魔術師になる。が、もし何らかの要因で悪に堕ちた場合……手がつけられなくなる可能性が高い。ワタシの力を持ってしてもだ」
「…リューディア様がそこまで仰いますか」
「あぁ、それに怒らずに聞いて欲しいのだが……この場で消しておいた方が世のためになるのではないかと本気で思ってしまったのだ。ほんの一瞬であるがな。ほんの一瞬と言っておろう、そんな怖い顔をするでない」
「リューディア様……一体何が言いたいのですか…?」
「お主にはあやつが悪に染まらないように見張っていて欲しいのだ。念の為な」
リューディアがそう言うとヴァルテルは爽やかな笑顔でこう返した。
「そのような事にはならないと思われます。恐らくフィオ様は魔法に大して興味を持たれていないかと……そして偉大な魔術師になる頃には、解呪に成功しているはずです」
「解呪って…正気か…?これだけの才を持って生まれたというのに、それを捨てると?」
「えぇ、彼が憧れたのは魔術師ではなく芸術家ですから」




