甘き革命、名はプリン!
―甘いものが、ない。
もちろん、まったく無いわけではない。
貴族の邸宅なのだから、焼き菓子や果物のコンポートくらいはある。だが、どれも甘さ控えめで、気品を大事にしすぎているというか……なんというか……
「……足りませんわ、幸福感が……!」
お紅茶とともに供されたリンゴの砂糖煮を前に、私は思わず額を押さえた。
甘いけれど、優雅すぎて物足りない。癒されるどころか、お上品にすぎて心が満たされないのだ。
(わたくしが求めているのは、“なめらかで、とろけるような、濃厚かつ優しい甘さ”……)
そこで私の脳裏に、かすかな記憶が浮かび上がった。
「……プリン……!」
そう、前世――立花香澄として過ごしていたとき、仕事帰りにコンビニで買っていた、とろっとろのあのプリン。
あれこそ至高の癒し! 甘くて優しくて、疲れがすべて溶けていく夢のような一品!
「作れますわ! きっとわたくしにも、あの優しさをこの世界に広めることが!」
決意した私は、すぐに厨房へと向かった。
*
「え……プリン、でございますか?」
厨房のメイド長が、目を丸くしている。そりゃそうだろう。
「ええ。卵、牛乳、お砂糖。それと、器と……うまくいけば焦がし砂糖も使って、二層にするのですわ」
「お嬢様、まるで錬金術のようなお話ですが……」
「ふふ、ご安心なさい。魔法ではありません。これは“愛と根性”で作るものですのよ!」
(とか言いつつ、わたくしも分量はうろ覚えですけれど!)
まずは材料をざっと確認。幸いこの世界にも卵と牛乳はあるし、砂糖も上質なものがたっぷりある。問題は、焼き加減と焦がし砂糖だ。
「カラメルは……鍋を焦がして怒られませんように……!」
焦げマシュマロ事件を思い出しつつ、そろりそろりと砂糖を火にかける。
メイドたちは一歩引いたところで見守っているが、私は真剣そのもの。
「カラメル化……焦がしすぎず、でも香ばしく……いまですわ!」
タイミングを見計らって火から下ろすと、ふわっと漂う香ばしい香り。
なんとか、現代プリンの“底の味”を再現できた気がする。
次は卵液。卵と牛乳と砂糖を混ぜて、漉して、カラメルの上からそっと注ぐ。
「……あとは、蒸すか、焼くか、ですけれど……。うふふ、ここは温かいお湯を張って、焼きすぎないようにゆっくりと……!」
まるで魔法陣を組むように、私はオーブン前で腕を組む。
祈るような気持ちで、焼き時間を待つこと十数分――。
「……できましたわ」
湯気の立ちのぼる器をそっと取り出し、スプーンの背で表面を押してみる。
ぷるぷる、ふるんっ――。
「っ……理想的ですわ……!」
私は歓喜のあまり、思わず両手を握りしめた。
これはもう、プリンというより芸術。小さな幸せの結晶!
「味の確認を――」
とスプーンを手にしたそのとき、背後から足音が響いた。
「リリー、聞いたぞ。厨房で“何か”作っていると」
「香ばしい匂いがすると思ったら、あなたでしたのね」
なんと、そこには父様と母様、そして兄上まで。家族全員集合の大参観。
「わたくし……何も悪いことはしておりませんわよ?」
とりあえず、先に言い訳しておく。予防線は大事ですわ。
「いや、責めてなどおらん。むしろ――これは何だ?」
父が興味深そうに覗き込む。
「プリン、と申しますの。前世――いえ、違いますわ、わたくしの“夢の中”で知っていたお菓子ですの」
母様が感嘆の声を上げる。
「まあ……なんて艶やかで可愛らしい見た目かしら」
「……とりあえず、食べてみてもよろしいか?」
「ええ。どうぞ、皆様。心を込めて、お作りしましたの」
緊張しながら、家族にプリンをひとつずつ手渡す。
静かな空気のなか、最初にスプーンを口に運んだのは――兄、ユリウスだった。
「……」
表情ひとつ変えず、じっと味わったあと。
「――うまい。……これが甘味の、完成形か」
「! お、お兄様、もしかして、それは……!」
「褒めている。明確に」
「うれしゅうございますわ~~~!!」
次いで父様、母様も一口ずつ。
「……これはすごいぞ、リリー! まさか、料理の才まで持っていたとは!」
「お菓子作りは、魔法ですわね……! なんて優しい甘さ!」
家族みんなが笑顔でプリンを食べている。
こんなに心があたたかくなる景色があるなんて――。
「リリー、今度はこれをお茶会で出してみてはどうだ? きっと話題になるぞ」
「お父様、それは……わたくしのプリンが、社交界に進出するということですの!?」
「間違いなく“甘味革命”だな」
みんなで笑い合う午後の厨房。
私は、そっと胸に手を当てた。
――大丈夫。わたくし、この世界でも、きっと幸せになれますわ。
とろける甘さと、優しい笑顔に包まれて――
本日の“お嬢様プリン革命”、ここに大成功ですわ!




