第036話 拠点 1
エデンの森。
飛蜘蛛が出した毒の影響で、白く枯れきっていた森の木々は、ここ数日、クエストを受注してくれたコータスの町の人や、ギルドの職員、冒険者、それから『ウォーム・カーネーション』のギルドメンバーたちが〈聖域薬〉を撒いてくれたおかげで、今やすっかり元気を取り戻していた。
というよりも、毒で枯れる前よりも樹皮は厚く、葉は青々しくなり、それまでにはなかった謎の木の実なんかも実り始めた。
しかも、たった一日で……。
この〈聖域薬〉ってやつ、ちょっと効き目ありすぎじゃないか?
エデンの森の中で、男衆の声が響く。
「おーい。〈聖域薬〉が切れたー。持ってきてくれー」
「はいよー」
「こっちも頼む」
「はいよー……っと、俺が持ってる〈聖域薬〉もなくなっちまった。おーい、代行様ぁ。〈聖域薬〉の追加を頼んますー」
『代行様』とは誰であろう、俺のことだ。
そしてその仕事は、目下のところ下働きであった。
「はーい。今行きまーす……」
トボトボと呼ばれた方へ歩き出し、ここ数日繰り返し続けてきた文言を早口で唱えた。
「《無限複製》、〈聖域薬〉」
ポン、ポン、ポン。
「おぉー。助かるぜぇ。さすが守護代行様だぁ」
「いえいえ……。これくらいなんてことないですから」
「ん? 顔が青いようですが、大丈夫ですかい?」
「えっ!? え、えぇ。もちろんですよ」
「そうですか? ならいいんですけど……。どちらにせよ、作業は今日が最後なので、無理しないようにしてくださいね」
「はい。そうします……」
い、言えない……。
ここ最近、ずっと深夜になったら拠点の開発をしてて眠くてしかたないなんて……。
また、どこかから男の声が聞こえてきた。
「おーい。こっちもお願いします。代行様ぁ」
「は、はーい。今行きますよー」
◇ ◇ ◇
その日の夜中。エデンの森全土に〈聖域薬〉を散布し終えると、今までクエストを手伝ってくれた人たちを集めて小さな催しを開いた。
エデンとコータスとを遮る外壁のそば、今は常に開かれている門の前に、机の上に並べられた料理が松明に照らされている。
ここにある料理はすべて俺が用意したものだ。
まぁ、自分たちの暮らしのためとはいえ、俺がアドに頼まれた仕事を無償で手伝ってくれたわけだし、このくらいのお返しはしないとな。
俺が作った料理が珍しいのか、口々に感嘆の声が聞こえてくる。
「すげぇいい匂いだ!」
「しかも山ほどあるぞ!」
「わーいっ! 幸太郎の料理だぁ!」
おいロロ! お前いつの間に席に!
などと全員が浮足立っている中、「皆様、お疲れさまでした」と、前方に立つマギアが注目を集めた。
ちなみに俺もそのとなりにいる。
目立つのは嫌いなんだが……。
「かれこれ一週間続けたエデンの森、およびその周辺地域への〈聖域薬〉散布クエストですが、皆様のご協力もあり、無事終えることができました。本当にありがとうございました」
すると、そこら中から楽しげな声が返ってきた。
「構いませんよぉ!」
「これくらい当然だ!」
「エデンの森にドライアド様の祝福を!」
すでに何人かは酒を飲んでいて、楽しそうにそれを高々と掲げると、「ドライアド様の祝福を!」と決まり文句のように声を揃えた。
再びマギアが口を開く。
「そして今回、このクエストの発注者であり、エデンから敵を撃ち滅ぼして、私たちを救い、その実力を買われてドライアド様から直々に守護者代行に選ばれた幸太郎様。無償で大量の〈聖域薬〉を用意してくださっただけでなく、この一週間、身を粉にして働いてくれました。幸太郎様のおかげで、私たちは再び生きる希望を取り戻すことができました。コータスの町を代表して言わせてください。本当に、ありがとうございました」
「いや、それほどでも――」
と、謙遜の言葉を返そうとしたが、それは口々に発せられる歓喜の声にかき消されてしまった。
「ありがとう、代行様ぁ!」
「代行様のおかげで、また店が開けるよ!」
「親が残した家を守れたのは代行様のおかげだ……。ありがとう……」
そんな喧騒の中で、一番近くにいたマギアの声だけが耳に届いた。
「幸太郎様からも、最後に一言お願いします」
「俺、そういうの苦手なんだけど……」
「そうおっしゃらずに。みんな喜びますので」
「う~ん……えぇーっと、じゃあ――」
俺が口を開こうとすると、それまで騒がしかった場がしんと静まり返った。
うわぁ……。黙られたら余計緊張するんですけど……。
「――今回のクエストは、皆様のおかげで無事終えることができました。ありがとうございます。正直、あまり人と接するのが得意な方ではないんですが、ここにいる皆さんと一緒に仕事をするのはとても楽しかったです。これからも、エデンの森の守護者代行として皆さんと関わり合えることを喜ばしく思います。エデンの森にドライアド様の祝福を。乾杯!」
こんなこともあろうかと、こっそり《無限複製》で作っておいたワイングラスを高々と掲げると、「乾杯!」という声が、そこら中から響いた。
饗宴の幕が開くや否や、みんな我先にと食事に手を伸ばし始めた。
「うめぇ! なんだこれ!」
「わぁ! このケーキかわいい! ……しかも、あまぁい!」
「……やばい。酒がやばい。なんだこれ。なんでこんなにうまいんだよ……」
「これほんとにビールなのか!?」
「俺たちが今まで飲んでたのはいったいなんだったんだ……」
とりわけ、中でも酒類は好評のようだった。
けどまぁ、その気持ちはよくわかる。
この世界で一般人が入手できる酒は、アルコールが強いだけで味も喉ごしもあったもんじゃない。俺が用意したビールや酒はできるだけ日本で飲んでいたものを再現した。やはり日本の酒造メーカーの企業努力は偉大だな。
俺も用意された席に腰を落ち着けたが、最近の深夜作業がたたってか、とても食事をするような気分にはなれなかった。
みんな楽しんでるみたいだし、俺はこっそり帰ろうかな……。
「幸太郎さん、何やらお疲れですね」
声をかけられ、後ろを振り返ると、そこにリシュアが立っていた。
「……あぁ、リシュアか。……そうなんだ。最近いろいろ忙しかったからな」
「いろいろ?」
「ん? まぁ、その……いろいろだよ」
さすがに拠点作りが楽しくなって徹夜してたとは言えん……。
「そうですよねぇ。幸太郎さん、このところあちこちで引っ張りだこでしたから」
「……え? あ、あぁ。まぁな」
適当にごまかしていると、リシュアは思い出したようにつけ加えた。
「あっ。そうだっ。幸太郎さん、私たちが最近元の拠点に引っ越したの、知ってます?」
「そうなのか? 知らなかった」
「ずっと言いたかったんですけど、幸太郎さん、このところずっと忙しそうでしたし、最近はシークレット・エデンでずっと寝泊まりされているようなので、すっかり顔を合わせる機会が減ってしまいました。……だから、その……幸太郎さんさえよければ、いつでもうちのギルドに遊びに来ていいんですからね? 私たちの拠点もエデンの森の中ですし、ご近所さんですから。それで、拠点作りの方は順調なんですか?」
「……ん? あぁ。一応、住むには困らない程度にはなったかな……」
「それはよかったですね!」
……まずい。
これは非常にまずい……。
クラフトゲーマー特有の病……『苦労して作った完成品を誰かに見せて自慢したい』病を発症しそうだ。
あれ、興味のない人からするといい迷惑なんだよなぁ……。だけど言いたい!
「そのうち時間があれば見てみたいです。幸太郎さんの新しいおうち」
「……見たいだって?」
「えぇ。とても興味があります。ドライアド様からもらったというその土地も含めて、幸太郎さんがいったいどんなおうちを建てたのか」
俺は自分が作ったものをあまり自慢する主義ではない。
前の世界でも、せいぜい誰も見ていないSNSで、こっそり完成品をアップするくらいしかしてなかったし……。
け、けど? 見たいって言うなら? しょうがない的な?
「……な、なら、今から俺の家に来る――」
「行きます」
返事はっや……。
食い気味じゃねぇか……。
リシュア、もしかして俺の家に来たかったのか?
でも、どうして……?
…………。
ははーん。さてはリシュアの奴、こっち側の(クラフト大好き)人間だな。
いいだろう。それなら気遣いは無用だ。見せてやる。俺の本気って奴をな。




