50 這這
「はあ、限界だ」
半分放り出すような形で男を地面に下ろした礼一はその場に座り込む。足とか肩がガクガク鳴っている上に下手に三人で密着していたせいで超絶暑い。
「この穴どこまで繋がってんだよ。全然終わりが見えない」
少なくとも先ほど聞いた話では現役を退いた老人が集合した住んでいる場所ということだったのだ。つまり言い方は悪いが年寄りを皆の目の触れない住処に押しやっている状態である。ならばこそ、ここが穴の一番端で、奥にこれ以上空間はないと考えていたのだが、先ほどからずっと道が終わらない。
「ごごばむがじづがっでだだ。がじのもどのいじぼっででな」
うんざりしている礼一に老人がゆっくり口を開いて説明する。
「むがじばえがっだだ。いぐらでもがらだがうごいでいじもだぐざんででぎだだ。だがごごもあんごど|があっでがらだんれもが《があってから誰も》よりづがねだだ・・・」
久々のトンネルに郷愁の念を呼び起こされ、饒舌に喋りだした老人によれば、彼が若い頃はこの先の採掘場で素材となる鉄鉱石か何かの石を採っては炉に運びということを盛んにやっていたらしい。当時まだまだ下っ端で身体の自由も利いた彼は働き蟻のようにせっせと動き回っていたのだとか。
「あんだらもわがいだだ。あぞんでないでづぢをぶらんどいけんだだ」
「いや僕たちはここに住んでいないので大丈夫です。すぐ出ていくんで。ほら先に進みましょうよ、ゆっくりでいいので」
昔のことを懐かしんでいたはずの話の矛先が自分たちに向いてきたので、礼一は慌てて否定して、前に進む。疲れてはいるが人一人を抱えなければ動けないこともない。三人は四つん這いになって蝸牛よろしくノロノロ前進を始めた。
「あとどんぐらいで端に行きつきますか?」
「ばじなんがねえだだ。あなどあながづながっでるだだ」
どうやら今いるトンネルは端まで一直線にいけるものではないようだ。あっちゃこっちゃトンネル同士が連結し、人間の脳みそみたく入り組んでいるのだろう。
前と後ろを野郎に挟まれて這う。寂れた廃坑で男三人黙って四つん這い。どうしてこうなった。明かりはどこにもなく、先頭の洋が持つ魔道具の灯りが頼りだ。
「真ん中にいるのも考え物だな」
礼一はぼやく。友達や老人がお喋りをしないことに対して言ったのではない。真ん中という位置は避難に適さないと思ったのだ。お化け屋敷を進む分には、前後を他人に固めてもらえば驚かされる可能性が減るからよい。しかし、現実に襲われた場合、前からは急かされ、後ろからは制されて板挟みになること間違いなしなのだ。
しかも今回は足の悪い老人がケツを務めている。まごつくのは想像に難くない。お願いだから何も出ないでくれ。
「待て。何かいた」
どうやら盛大にフラグを立ててしまったようだ。洋が止まれと声を上げる直前、礼一もしかと見てしまった。魔道具の光の外縁を何かの足が横切ったのだ。
「そこなご老人。ちょいと伺いますが、この辺で化け物が出たなんて噂は、、、」
「むがじがらあるだだ」
即答で肯定された。先に言ってくれよ。
「おい、どうすんだ?帰りどころがわからないぞ。」
礼一は後ろで這い這いしている洋を振り返るが、彼はうるさいと手を払う。
「というか他のお爺さんやお婆さんはどこにいるんですか?さっきからまったく出会いませんが」
「ざいぎんはみがげねえだだ。ぞいどづがれる。ばなじがけねえぐろ」
しょうがなく前に話しかけてみたが、こちらからも対話を拒否された。
「今日のところは撤退しましょう」
何かがいることは確かだ。殆ど魔石も体力も使い切った状態で更に奥を目指すのはリスキー過ぎる。
「わかった」
洋も流石に分が悪いのを察し、これ以上進むことを主張しなかった。
一行は頭と尻の向きをぐるりと変え、帰途へ着く。これまで下ってきたせいか帰路の上りは尚のこと辛く、元居た洞穴に戻るやいな壁際の棚に寝っ転がって脱力してしまう。
「もう動きたくない、というか早く帰りたい」
呻くように言うと、ばつが悪そうに洋がズリズリと身をよじらせる音がする。しかし、穴へ入ることを強引に主張したのは彼だ。戦犯も戦犯なので、存分に気まずくなってもらいたい。
「疲れた。寝る」
いたたまれなくなったのか洋はそう宣言すると、嘘か本当か嵐のようないびきをかき始めた。
「やがまじいいだだ」
老人がぼそりと文句を言う。彼は何故だか礼一達と同じ洞穴に入り、まるで自分の家のように寝転び、くつろいでいる。害にはならないので放っているが、自分の寝床の方が落ち着けるのではないだろうか。
「俺も寝ます。おやすみなさい」
他にやることもないし、あったとしてもこれ以上動きたくない礼一も、一言老人に挨拶して目を閉じる。




