47 息子
「まっだぐ、ざわがじいやづらだだ」
割れ鐘の音のような声を発しながらおそらく皆が待っていたであろう御仁がぬっと現れる。雰囲気からしてここの住人達の首領らしい。
身の丈は居並ぶ小人どもと然して違わないが、その体には圧倒的質量が宿っている。顔中に豊かな髭を蓄えられており、ボサボサの眉毛の奥からはビー玉のようにくりくりした目がこちらを覗いている。
「じゃべっでだのばぞいづらのごどだだ。まっだぐぞどのやづばいづもやっがいごどをばごんでぐるだだ」
彼は礼一と転がっている洋の方を睨みながらずしんずしんと近くにやって来て、品定めでもするようにあっちこっちからこちらを眺めた。
「だじがにぜんじんまっぐろだだ。げっだい、げっだい。ぬじらばどごがらぎだだ」
「う、上からです。おれ達軍の人間でたまたま歩いていたら穴に落ちてしまって」
観察を終えた首領は真下からにガンを飛ばしつつ質問してくる。ただでさえうるさいがなり声を至近距離かつ洞窟特有のハウリングとセットで聞かされた礼一の耳はビリビリと痺れ、簡単な返事をするのがやっとだ。小人どもに勝手に奥まで連れて来られたことや、そもそもの原因がナメクジみたく目ヤニを這わせて眠りこけている野郎のせいであるだとかを述べる余裕なんでなかった。
「ぐんのどごのが。ぬじらばるばろのやづのじりあいだだ。あんごばげんぎでやっでるだだ」
何だかもう異国の言葉を翻訳してるぐらいな気分で首領の口から出てくる騒音を聴いていると、思いもかけない名前が飛び出した。
「バルバロさんってあのバルバロさん?知ってますけど、どういったご関係で?」
尺取虫みたいにやせ細った男の姿と目の前の筋肉達磨の結びつきがわからず、礼一は問い返す。
「むずご」
と首領が答える。がらがらとなまった発音の傾向から、何を言ったか察しはつくのだが頭が理解を拒む。
「俺の空耳ですかね。たった今、"むすこ"と仰いましたか?そのむすこってのはご子息って意味の息子ですかね?いや、まさかそんなことはないと思うんですが」
「んだ」
「え、ご子息ってことですか」
「んだ」
「えー、そいつぁ何とも」
鳶が鷹を生むとかいう次元ではなく、シロナガスクジラから二十日鼠が生まれたぐらいの突然変異。詳しい事情を訊ねてもよいものだろうか。いや訊ねたい。しかしまだよくも喋ったことのない知人の秘密を勝手に暴くというのもな。一寸迷う。
「でぎでねえごどばわがっだだ。あんねえじでやるだだ。あのごんごどもぎぎだいだだ」
何ということでしょう。礼一がダラダラ思案している間に、首領の放った一言で地底送りが決定した。一体いつになったら帰れるのだろうか。
しかし、そうは言っても断ることは出来ない。二人は押しやられるように奥へと進む。
「ずわれ、らぐにじでぐれでいいだだ」
坑道は蟻の巣のように枝分かれし、幾度も分岐を越えた先に首領の居室があった。意図的にそう掘ったのだろう。洞穴の壁には不自然な凸凹していて、まるで椅子やベッドのようになっている。
いまいち小人のボスへの接し方がわからない礼一は言われた通りに出っ張りへ腰を下ろす。まさか三顧の礼をされるまで座ったら駄目だなんていう隠しルールはないはずだ。
洋は随伴した小人達の手によってベッドらしき岩棚に寝かせられている。さっきまでは気を失っていたようだが、今では立派ないびきをかいている。
「ぞいであのごばどうだ。じっがりぐらじでるだだ」
「はぁ、たぶん大丈夫だと思いますよ。実のところ俺たちも昨日あったばかりですけど、自由気ままに過ごしてる感じでしたよ。そういえば昨日も......」
礼一は乞われるままに、バルバロの様子を語っていく。倉庫みたいな場所に住んでいること、ぼけっとしながら楽器を弾いていること、なんだかんだ親切にはしてくれるところ等々。首領も一々唸るように相槌を打ってきいてくれたものの、如何せん昨日会ったばかりの人物である。引き伸ばしに引き伸ばしてみたが、5分ばかしでネタが尽きてしまった。
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