Innocent-Prides(7)
“『 王子さまとのけっこん式がとりおこなわれた日、ふたりのいじわるな姉は、アッシェンプッテルにとりいって、しあわせにあやかろうとしました。ちかいあったふたりが、きょうかいへむかったとき、上の姉はみぎがわにいて、下の姉はひだりがわにいましたが、まん中にいたハトに、ふたりとも、かたほうの目をたべられてしまいました。ふたりがかえってきたときに、こんどは上の姉はひだりがわ、下の姉はみぎがわにいたため、まん中にいたハトに、ふたりとも、もうかたほうの目もたべられてしまいました。こうして、わるいことばかりしていた、ふたりの姉は、いましめとして、いっしょう目が見えなくなったとさ。』”
鳩は、平和の象徴で、悪とは相容れない存在であります。しかし、鳩は本当に、神が平和のためにと遣わした生き物だったのでしょうか。
何故、心の底から罪を悔い、改めようとした上のお姉さまの、足の指のみならず、目まで奪われることになってしまったのでしょうか。
【引用元】
グリム兄弟作(大久保ゆう訳)・「アッシェンプッテル―灰かぶり姫のものがたり―」(青空文庫)・2014年4月3日最終更新・<http://www.aozora.gr.jp/cards/001091/files/46344_23172.html>・2015年9月17日訪問
上のお姉さまが目を覚ますと、そこは変わらず、裏庭の木のそばでありました。日は暮れ、暗くなった裏庭に倒れていたお姉さまを、助け起こす人はいなかったのです。
そっと家を仰ぎ見れば、その部屋の奥には光が微かにともっています。お姉さまは、その光に向かって、足を進めました。
「私、公爵さまに、気づいて、もらえ、なかったのです、お姉さま……」
かすかな光が漏れていたその部屋には、悲しげな顔をした下のお姉さまが、座り込んでいました。
お母さまのことを聞けば、お父さまと2人、かわいい妹へのプレゼントを用意しに向かったと言います。下のお姉さまは悲しみにとらわれていて気づきませんでしたが、今までお姉さま二人と一緒になって妹をいじめていたお母さまの行動は、不自然です。
公爵さまに気づかれなかった下のお姉さまは、赤く目を腫らし、ここには居ぬ妹のせいだと、彼女に罵詈雑言を浴びせましたから、あわてて上のお姉さまはそれを止めます。
「私たちのかわいい妹のことを悪く言わないでっ」
「お姉さま……でも」
「それより……なんて変わり身の早いお母さまでしょうね」
上のお姉さまの呟きは、皮肉たっぷり。お母さまを半ば貶しているかのようでした。下のお姉さまは皮肉とは知らず、お母さまの素早い身のこなしを褒め称えました。
それを否定する気力は、さすがの上のお姉さまにもありませんでした。だからただ……
「チェスの、駒なのね、私たちは」
「お姉さま?」
「……独り言よ」
小さく、つぶやくまででした。
あの日から、可愛い妹は、お姉さまたちの住む家に戻ってくることはありません。もうお城が彼女の家となったのです。
あるといえば、お父さま宛に届く、結婚式の招待状と、上のお姉さま宛に届く、ドレス。そして下のお姉さまへのとても美味しそうな香りのするお茶菓子です。
招待状とドレスは一度きりでしたが、お茶菓子は毎日のように届き、下のお姉さまは大喜び。
そんな中、上のお姉さまは、ドレスが届いた瞬間、目が覚めたとばかりに、大きく目を見開かれました。そのあと、周りの目など気にせず、わんわんと涙をこぼし始めたのです。
「お姉さま!?」
「私は、私はっ」
「一体どうして、そんなにお取り乱しなのですか?私のお菓子をどうか食べて、落ち着いてくださいませ」
いいえ、と上のお姉さまは首を横に振ります。下のお姉さまは、ギュッと強く強くドレスを抱きしめた、上のお姉さまに、ただ戸惑うばかりでした。
下のお姉さまには、分かるはずもありません。上のお姉さまの葛藤など。
“私の大好きなお姉さまへ
お城でお待ち申し上げております。
妹より”
――添えられた手紙の字は、紛れもなく。
可憐で心清らかな、上のお姉さまが憧れてやまないものを全て持つ、妹のものでした。
(あぁ、私のかわいいかわいい、美しい妹)
(どうかわたしを許して)
(もうあなたを、羨んだりしない)
(あなたに、あこがれることはあったとしても)
「心が折れてしまいそうです」
「大丈夫よ、私の可愛い娘。あなたは選ばれたのですから!」
上のお姉さまは、あの日届いたドレスを身にまとい、純白のドレスに包まれた妹の姿を遠目から見つめていました。甲斐甲斐しく世話をするのは、あの日から態度を急変させたお母さまです。お母さまはもう、“用のない”お姉さまがたを見ることすらなくなったわけでした。
しかし今日は、可愛い妹の、結婚式なのです。お母さまにも、何も言うことはありませんから、上のお姉さまは、ただ妹に寄り添い、その手を強く握ってみせました。
「あぁ、私の娘、あなたは私の誇りよ。聡明で、美しく、そして心清らかなあなたは、私の誇りなのよ」
それでも、実の母親ながらその姿に、お姉さまはうんざりしていました。妹に“ごまをする”彼女は、滑稽でした。
(先月まで、そんな聡明で美しく、心清らかな彼女を、私たちと共に虐げてきたあなたが、よくもまぁ、そんなことが言えましょうか!)
とうとう、教会の扉の前にやってきました。
お母さまはすでに教会の中で待っています。二人のお姉さまは、妹の付き添いとしてベールを持つ役割がありましたので、美しい彼女の後ろを、ゆっくりと歩いていました。
「さぁ、行きましょう」
この声は、誰からともなく発せられました。
扉は開き、中はきらきらと輝いています。
一歩、
二歩、
三歩。
ふと、上のお姉さまは、かすかに響く笛の音に気づきました。その笛の音は、窓の外から白鳩を招き入れます。
「あら、なんて綺麗な白い鳥さんでしょう」
参列者の一人が呟きました。
その呟きは、お姉さまたちの小さな悲鳴をかき消すような、賛美歌の歌声に紛れました。
目にとても強い痛みを感じ、上のお姉さまは左の目を押さえました。手を離せば、白い手袋は、あの日の足の靴下のように真っ赤に染まっておりました。
その手袋だけではありません。持っていた、美しい妹のベールの端が赤く染まりました。
「あぁ、ダメよ、私のかわいい妹のベールが」
これ以上汚れてはいけないと、上のお姉さまは目を抑えなかった片方の手で持ち上げて進みました。
しかし、下のお姉さまは目を押さえて叫びながら、参列者の人垣の奥へと消えていました。おそらくお母さまに言いつけるつもりなのでしょう。
しかし、上のお姉さまは彼女より少しだけ、“知恵が回る”ようになっておりました。
参列者の中で微笑むお母さま――いいえ、悪魔をよく見ようと、上のお姉さまは体の向きを変えました。
お母さまの手には、白い笛のようなものが見えました。お姉さまは内心、安堵しました。
(私の可愛い妹が、そんなことをするはず、ないですもの)
全てはお母さまが植えつけたライバル心が、お姉さまの心を悪魔の駒と変化させたのでした。
しかしすべてに気が付いたお姉さまは。その、元凶であるお母さまを、その見える右の瞳で突き刺すように、睨みつけようとしました。
ぷ、つん
もう一方の瞳に鋭い痛みが走りました。
閉ざされた闇が、お姉さまを襲い、お姉さまはその場に座り込んでしまいました。
「お姉さま?」
誓の言葉を前に、座り込んだお姉さまに気がついた妹が、声をかけました。すると参列席の中からお母さまがやってくるとーーその横にいた大柄の男に、お姉さまを外に運び出すよう言ってからーー愛しい義娘の肩に手を置きました。
「お姉さまは疲れているのです。もう、ここから解放してあげましょう」
「あら、それは大変! お姉さま、どうかおうちでお休みくださいませ」
目が見えなくとも、声は聞こえました。
いいえ、見えなくなったからこそ、悪魔のような響きを、お姉さまの耳はとらえていたのです。
心優しい妹の声に、心はどんどん綺麗に洗われていく、上のお姉さまは、その心で妹のこれからを案じておりました。
アノ……アクマ。
今度は私の、やっと気づけた大切な妹を……
「私のかわいい妹」
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
「どうか」
「どうか」
「この母に心乱され、騙されないで。清らかに生き続けて」
誓の言葉と、それの祝詞が終わると同時に湧き上がった歓声は、最後のお姉さまの声を、妹に届けさせぬかのように。
大きく大きく、響き渡るのでした。
その後。
「お姉さまたちは、いかがお過ごしですか」
「あぁ、あのあなたのの“卑しい”お姉さまたちは、あなたのおかげで幸せに暮らしているわ」
「……なぜ、お顔を見せてくれないのでしょうか」
二度と、お姉さまたちが妹の前に、その美しいお顔を見せることは、ありませんでした。
え?
お母さまは嘘をついている、って?
さぁ……
それは、心優しく、疑うことを知らない妹にはわからないことです。そもそも……
『私達』にもわかるはずはありませんよね。
【FIN】
こんばんは。
これにて、シンデレラ(灰かぶり)の上のお姉さま編の物語は終了となります。え?突然すぎますか?ーーその点、弁明させていただきます。
本来であれば、まだあと数話を費やして、いかに王子と公爵が、復讐かのように彼女たちを虐げていったのか……いかにお母さまは実の娘たちを<身代わり>としたのかを、考えていました。そして、それを盛り込んだ話を書いていました。
しかし、納得のいく終わりに、持って行くことができず、次第に、草稿版として執筆した、この謎も残るエンディングがいいのだと、思い始めました。えぇ。だからこれが、結末です。
誰も本当の意味で幸せにはなりません。きっとそういうものなのではないでしょうか。都合の良い終わりなどありません。
シンデレラも、内心わかっていたのではないでしょうか。お母さまのことも、2人のお姉さまのことも。王子、公爵、近所のお兄さんや、村人もみな。
でも、結末はこうなのです。
お姉さまは、一体どうなったのでしょうね。私にも、それは分からないのです。
それではこれにて、Villains' pure heart 『innocent-prides』は、おしまい。批判、誤字脱字訂正、歓迎いたします。
当分次のお話の更新はありませんので、完結扱いとさせていただきます。ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。
むあ




