【外伝】宇宙艦隊オッパリオン「母乳がもたらしたテクノロジー」
桐生スケキヨです。
今回は母乳に由来するテクノロジーの話になります。
母乳機関と母乳転換炉の違いから、ミルキィーフィールドの原理、ニュートレース技術について開発者のミィアルーン博士が解説してくれる注目の話となっています。
【外伝〇〇三 母乳がもたらしたテクノロジー】
「教職は経験がなくてね。それにあまり説明上手じゃないことは勘弁してもらいたい」
ミィアルーンはそう断り、話をはじめる。シルキーはこれからすごい話が聞けるのかと思うと胸がわくわくしてきた。
「オッパリオン人の母乳に限ってなのだが、原子レベルで衝突を起こすと高い空間圧膨張を起こすことが発見されたんだ。空間圧というのはその空間の圧力、つまり宇宙と物質の密度を表すもので、母乳原子の衝突は宇宙を膨張させるエネルギーを持っていたんだ」
「宇宙を膨張……」
「この膨張をエネルギーに変える仕組みが、母乳転換炉――わたしがマーラ帝国で開発した動力炉だ。だが、これは母乳機関とは違う。母乳転換炉は搾乳し、保存した母乳を使いエネルギーを発生させる。これは従来の反応炉とは桁違いのエネルギーを発生させることになって、マーラ帝国では軍事から生活までのエネルギーを賄う社会基盤となったんだ」
シルキーも知っていた。マーラ帝国はこの母乳転換炉を軍事利用し、その圧倒的力で他の星の植民地化を進め、そのためにオッパリオン人の拉致が横行するようになった。
ミィアルーン博士は自分の発明が侵略と拉致に使われたことに耐えきれず、オッパリオン星へと亡命してきた。
「このままではマーラ帝国が全宇宙を支配下に置くことは時間の問題となる。そうなれば、オッパリオン人はマーラ帝国のエネルギー源として家畜のような支配を受けることになる。わたしは、わたしの技術によってそのような悲劇が起こされるのが耐えきれなかった。だからわたしは、オッパリオン星へと逃れ、新しい力として母乳機関を開発した」
希望の持てる話だった。
「とは言え、母乳機関の設計はわたしがゼロから造り出したものではないんだ。オッパリオンの古文書には母乳機関というオッパリオン人の母乳と、生体エネルギーを汲み上げる設計が書かれていた。わたしはそれを元に、母乳機関を造った、いや、復元したんだ」
「そ、そんなことが……」
それはシルキーも初耳だった。ミィアルーンは続ける。
「母乳転換炉は母乳の鮮度によってその出力が大きく変わる。母乳はどんな保存をしても鮮度を保つのは難しかったんだ。そこで、マーラ帝国の使う母乳転換炉は低出力だが安定的な出力を保てることを優先した設計になっている。まぁ低出力とは言っても従来の反応炉とは桁違いの出力を得られるのだけどね。――そしてオッパリオンの母乳機関だが、こちらは母乳は搾りたてが使える。しかも、母乳と同時にオッパリオン人が持つ生体エネルギーも吸い上げる仕組みになっていて、これが相乗効果を発揮して母乳転換を遙かに上回る出力を出すことになっている」
「すごい……」
シルキーが感心していると、エイテルがこちらを見た。シルキーはエイテルを見ると、エイテルが言う。
「知ってるシルキー、オッパリオンの母乳機関を搭載した艦船や機動兵器は、マーラ帝国のそれよりも遙かに高性能で、オッパリオンの艦艇一隻はマーラ帝国の艦艇の五隻分、オッパリオンの機動兵器一機はマーラ帝国の機動兵器三機分の戦力になると言われているの」
「し、知りませんでした。オッパリオンの技術ってすごいんですね!」
「そう、エイテルの言う通りだ。だが、母乳がもたらしたものはこのエネルギーだけはない。大きな副産物を生み出したんだ。それがミルキィーフィールドに代表される、ニュートレース技術だ」
ミルキィーフィールド、ニュートレースジャンプ、このふたつはオッパリオン軍でも浸透しており、シルキーも知っていた。
ミルキィーフィールドは艦艇や機動兵器が持つ、物理的接触を遮断するバリアのようなもの、ニュートレースジャンプとは光速の何百、何千倍という速度で移動する航法のことだ。しかし知っているのはそのくらいだった。
「名前だけは、っていう感じね」
「え、えへへへ……」
エイテルにそう言われ、シルキーは笑うしかなかった。
「まぁ普通の基地勤務の人は、いや、普通の軍人もそう詳しい仕組みまでは知らない人が多いさ。少し説明させてもらうと、母乳原子が宇宙を膨張させることは言ったけど、この時に膨張の方向性に力が発生するんだ。その膨張力の方向を電気的な信号で調整することで、膨張力が物理的接触や衝撃、摩擦から内包する物質を保護する効果を発揮する。これがミルキィーフィールドが物理的接触を遮断する仕組みだよ」
「じゃあ、それは母乳機関と、母乳転換炉を搭載しているマーラの兵器も使えるということですか?」
「その通りだ。この絶対防御とも言っていい技術が、マーラ帝国の侵略速度を一気に加速させた要因のひとつになった。けどミルキィーフィールドも万能じゃない。別の母乳原子がもたらす膨張力と接触するとお互いの膨張力が相殺されることになる。つまり、別の母乳機関や転換炉が発するミルキィーフィールドを接触させると消えてしまう」
「あぁ、それで……」
シルキーには思い当たることがあった。
「そうね。だから機動兵器が艦隊戦では重要になるの。相手の機動兵器を突破して艦艇に取り付いて、艦艇のミルキィーフィールドを無効化した、そこに艦砲を撃ち込んで撃沈する、これが今の艦隊戦のセオリーになっているわ」
「さすがエイテル、よく知ってるね」
ミィアルーンも感心したが、シルキーもエイテルはベテランらしくよく知っていると思った。
「次にニュートレース技術だけど、これはさらに細かく言うと主に二つに分類される。ひとつは推進力、もうひとつは超光速航法だ。先に説明した母乳原子の膨張力、これをミルキィーフィールド制御と同じ原理で方向性を与えることで推進力にもなる。ニュートレース推進と言って、機動兵器や艦艇に搭載される推進力になっている。これは大気中だろうが宇宙だろうが、物質のない暗黒宙域だろうが、水中だろうが、どこでも推力を発生させる。なにせ宇宙を膨張させるエネルギーだからね。物質があろうがなかろうが関係ないんだ」
「そんな仕組みだったんですね……」
「そう。この推進力のおかげで母乳機関や転換炉を搭載するものは圧倒的な推進力と、同時に機動力も手に入れた。でも推進装置の大きさがある程度重要になっていて、機動兵器の大きさでは現在の技術では惑星の重力から脱することはできないでいる。まぁこの解決は近いうちにされると思うのだけどね」
あの大きな宇宙艦がものすごい速度と機動力で動き回る仕組みを、シルキーは今ここで知ることができた。これも、母乳に由来する技術だったのだ。
「そしてニュートレースジャンプだ。これはミルキィーフィールドとニュートレース推進の合わせ技のようなもので、本体――まぁ言ってしまえば艦艇だ。艦艇の全体をミルキィーフィールドで覆い、理論的に無限に加速できるニュートレース推進装置をフル稼働させて加速させることで可能になった、半ば無理矢理な加速航法のことだ」
「無理矢理、なんですか?」
「ミルキィーフィールドで物理的な接触から遮断されるということは、この宇宙の法則から外れることになる。加速の制限もなくなる。そこに大出力の推進力で押すわけだ。無理矢理だろう?」
ミィアルーンはなにか愉快なこと言っているように笑った。
「まぁこのニュートレースジャンプは宇宙の広さを縮めた技術とも言われていてね。従来の超光速航法とは比較にならない速度が出るのだけど、欠点もあって、大質量のもの、つまり惑星や恒星の間を縫うような進路の確保が必要になるんで、どこでもできるわけじゃない。安定した軌道の星系などでないと安全な運用はできないから、使える場所は限定的で、最短ルートで目的地まで一気には行けず、進路を変更するために何度かジャンプをし直さないといけない」
「なるほど……」
「さらにこのニュートレースジャンプは機材にものすごい負荷がかかる。そもそも膨張エネルギーを扱う母乳機関自体が常に負荷に晒されているわけで、無尽蔵のエネルギーではあるが、現状ではそれを扱う器の素材が連続使用には耐えきれないんだ」
「それで……なにかとメンテナンスが多いんですね」
基地の母乳機関もしょっちゅうメンテナンスが入っているイメージがあった。
「その通り。そんな事情があったんだ。これが、主な母乳由来の技術……言ってしまえば、わたしがマーラで開発して、オッパリオンに持ち込んだ技術だ」
「どれもすごいもので驚きました。これらがなければ、マーラ帝国にはとても抵抗できませんね」
「そうだとも。オッパリオン防衛のため、この技術を使ってもらえてよかったと思っているよ。できれば帝国との軍事的均衡を取り戻して欲しいとは願っているがね」
ミィアルーン博士の願いを聞け、シルキーはどこか嬉しかった。なんとなく、博士は自分を正規の母乳要員として認めてくれたので話をしてくれたように感じられた。
「あぁ、そうだ、大事なことを忘れていた」
「なんでしょうか?」
「母乳機関には大きな制約があってね。母乳機関はどういうわけか、人型の装置に組み込まれないとこの強力なエネルギーを発生しないんだ。だから、機動兵器は人型になっているわけさ」
「そんな秘密が……。あ、でも、艦艇はじゃあどうして……?」
「ふふ、いい観点だね。人型をしていない艦艇、このスタティアもそうなのだけど、艦艇の母乳機関周辺は実は人型の装置が埋め込まれているんだ」
「そうなんですか!?」
今日ははじめて聞くことも、驚きも多い日だった。
「これは人型です、と偽装して、母乳機関に人型と認識させているわけだな」
「そんなことが……」
「まぁ技術なんて試行錯誤とあの手この手でなんとかしていくものさ」
「ふふふ、博士がそんなことを言うなんて」
エイテルが笑い、自分も笑った。
『艦橋より各員。問題の改善にはまだ数時間を要するとのこと。よって本日の試験運転はこれにて終了とする。各員は通常任務に戻ること』
「――だそうだ」
ミィアルーンが苦笑を浮かべる。するとエイテルは立ち上がった。
「博士、お疲れさまでした。シルキー、行きましょう」
「え、どこへですか?」
「どこへって、決まってるでしょう? 搾乳を終えたらお風呂よ。この艦には母乳要員専用の浴場があるの。暇な時間ならいつでも入れるわ」
「専用浴場なんてあるんですか!?」
あまりの待遇に、また驚いた。
「えぇ。いきましょう。そしたら次は食事。いつ必要とされるかわからないからコンディションは常に整えておくのがプロの母乳要員よ。では博士、講義ありがとうございました。わたしもためになりました」
「ありがとうございました」
「いや、つまらない長話に付き合わせてしまったね。まぁ技術は日々進歩しているから、昨日までの常識は今日は非常識になっているかもしれない。また新しい技術が見つかったら、説明するよ」
「その時はよろしくお願いします」
「うん。シルキー、いい母乳要員になってくれよ。キミの母乳がこのスタティアを、つまりはオッパリオンを支えるんだ。誇りと、自信を持って。キミの母乳から得られたエネルギーはいい数値を出していたよ」
「あっ、ありがとうございます!」
「ではまた」
シルキーはミィアルーンの背中を見送った。
ミィアルーンの褒めてくれた言葉が、シルキーの大きな胸に温かく広がった。
がんばろう、この胸と、母乳で――シルキーは自分の胸を見て、そう思った。
「宇宙艦隊オッパリオン<本編>」
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