31話 7年後、エンドロール
あの試合から7年後の共商祭の日。
今日はJKW1期生の同窓会で集まることになっている。
俺は36歳になっていた。中堅レスラーとして活躍……までいかないな。なんとか活動している。
バトルゲートは経営母体が変わりつつ存続していて、俺もまだ所属として世話になっている。
集まる前に秀の見舞いに行くと、すでに美依希と月岡が来ていた。
秀の歩行訓練を見守っている。
秀は、俺と月岡の試合のしばらく後に目を覚ました。医者は奇跡だと言っていた。出来過ぎたタイミングのようだが、不思議だとは思わない。
プロレスラーは深いところで繋がっているのだ。
美依希は大人になってますます上品に、月岡はだいぶ痩せたが髪を切ってより好青年になった印象だ。
「草野さん、お久しぶりです」
「2年ぶりか月岡。不動産だっけ?仕事はどうだ」
「最初は戸惑いもありましたけど、やっと軌道に乗ってきました」
「鶴見川は元気か?」
鶴見川は、月岡に鶴見川に投げ捨てられそうになっていた捨て犬だ。美依希のおかげで投げ捨てられることなく、今は2人のペットになっている。
「ええ、今日は美依希さんの実家に」
美依希は高校卒業でプロレスは引退。月岡も頚椎ヘルニアを患って2年前にプロレスを引退。どんな天才でも怪我には勝てない。そういう世界だ。
月岡も美依希も一般企業で働きながら、今は結婚を前提に横浜市内で美依希と同棲しているそうだ。
「秀、調子はどうだ」
秀は手すりに掴まりながら必死に歩を進めている。
「俺はプロレスラーだからな、瀬尾さんにしごかれたことを考えると平気だよ。しかし竜生と龍哉が並んでいるのは不思議な感じだな」
「ああ、俺もだよ」
約束のレストランでは、スーツを着たすみれが一心不乱にノートパソコンを叩いている。髪はセミロングに伸ばしているが、高校生の時とほとんど変わらない。
「相変わらず忙しそうだな、副社長」
「最近立ち上げた人材派遣の仕事で追われまくって、大変だよ〜。
いよいよプロレスやってる暇ないかも」
「すみれ、高校生の時から何足も草鞋履いてたもんな。すごいよ」
すみれはその後も、バトルゲートでプロレスを続けている。元々ビジネスの才覚があったすみれは、今やバトルゲートの副社長に就任。選手の傍ら営業・経営に辣腕を振るい、立ち上げた人材派遣部門の会社では社長に就任している。
「あ、草野さんに名刺何枚か渡しておくよ。人材派遣のほうもいい人いたら紹介してよね」
『(株)リトル・バイオレット 代表取締役社長 中嶌すみれ』か。大したもんだ。
「皆、変わってないわね」
「相変わらず気配消すのが上手いな、優羽。5年ぶりか。いつも配信で見てるから、こっちは久しぶりって感じはしないが。
JKWいちばんの出世頭だな」
顔を上げると、ブロンドヘアーにハイブランドのスーツに身を固めた優羽が立っている。
優羽は進学せずに専業のプロレスラーになった。
20歳の時にマイク・フォンタナの誘いで渡米。今やアメリカメジャー団体女子部門のトップランカーだ。
「日本は物価が安いわねー!
今日はご馳走するわよ!」
多分このなかでは優羽がいちばん稼いでいそうだ。遠慮なく奢ってもらおう。
優羽の後ろに大柄、いや巨大な白人男性がいる。
「アタシのボーイフレンドのロバート・フォンタナよ。
まだ駆け出しのレスラーだけど、日本のマットも経験させたくて連れてきたのよ。
まあ、ロブが私と片時も離れたくないって言ったのもあるんだけど。
すみれ副社長、よかったらブッキングヨロシクね。
198cm135kg、レスリングはアタシの折り紙付きよ」
「フォンタナってことはマイク・フォンタナの……?」
「ええ、息子よ。渡米してしばらくマイクの家に厄介になってたんだけど、ロブが私にゾッコンになっちゃって」
「サーシャ、こんなデカいヤツ、うちの誰と試合させるんだよ!」
「クサリュウでもいいし、相手がデカいほど燃えるプロレスバカは、まだ元気なんでしょ?」
「あー確かに」
すみれと2人で顔を見合わせる。
ランチが終わり、学校へは月岡が運転する車で向かうことになった。
「そういえばクサリュウのオンボロ車はまだ乗ってるの?」
「去年とうとう壊れて乗り換えたよ」
「あれって瀬尾さんから譲り受けた車だよな?」
「ああ、瀬尾さんとどっちが長持ちするか興味があったが、車が先に音を上げたな」
「うふふ、非道い物言いですね。
瀬尾さんはまだお元気ですか?」
「さすがに動きは鈍ってきてるけど、会場人気はまだNo.1だな。なにより、あんなに楽しそうにプロレスする人は他にいないよ」
「そういえば長谷川さんはどうしてますか?」
「ジェロニモを畳んだのは3年前だっけ?そこから先は知らないなー。
風のうわさではタトゥーの彫り師になったとか……
リングは結局JKWが貰いっぱなしになっちゃったな」
7年ぶりに共商学園女子高校の門をくぐる。桜並木に、小鞠が落ちてきた窓。何もかも懐かしい。
JKW道場こと旧校舎実習棟は、数年前に取り壊しになったそうだ。今は新しい第2体育館が建てられている。
少し覗くと、小鞠が書いたペンキが垂れた看板がそのままかかっていた。
講堂では、小鞠が陣頭指揮をして設営に大忙しだ。
「龍哉〜!みんな〜!」
俺を見つけた小鞠が駆け寄り、全員に大急ぎでハグして回る。
「ごめん、時間ないの!
物販と受付用の長机、このとおり並べてくれない?」
「アタシたち、桂木小鞠という人間のことを忘れてたわね」
と苦笑しながら机を運ぶ。
1期生4人で始まったJKWは、今は1〜3年生で14人で活動しているそうだ。
バトルゲートとの関係も続いている。JKW提供試合は定番で組まれているし、小鞠たちの後も2人バトルゲートでデビューしている。
そして、大学を卒業して教師になった小鞠は、去年から共商学園に赴任、JKWの顧問を務めている。
「小鞠先生、どっちが生徒席でしたっけ」
「西と北だけど……小鞠先生は止めなさい!草野先生でしょ!」
「へへ、すみません〜」
そして、小鞠は今年から俺の妻になった。
「龍哉はお客さんじゃなくて、部活指導員なんだからもっと働いてよねー」
と文句を言われる。そう、俺は小鞠の口利きもあり、今年からプロレスの傍らJKWの部活指導員としても働いている。
ちなみに、すみれの人材派遣業の最初の事例でもあるらしい。
イスを並べながらも、小鞠たちはマシンガンのようにお喋りをしている。
「ミーキちゃんのとこはまだ結婚しないの?」
「ええ、来年くらいにはお父様にお話しようかとは思ってるんですが……」
「優羽さんは?」
「結婚?アハハ、ロブは『今すぐにでも、ハニー』とか言ってるけどアタシだって来月にはクビになってるかもしれない、そんな世界だからね、分かんないよ」
「そっかー、やっぱり厳しいんだね」
「しっかし小鞠は、高校の時から草野さんを尻に敷いてたけど、結婚するとなお一層だな!」
「え?そんなことないよー。まあもうちょっと稼いでほしいとは思うけど……小鞠ももうすぐ産休にはいるかもだし」
「はぁ?」
全員が首が千切れんばかりに俺の方を振り返る。
俺も知らなかった。担いでいた長机を足に落として、七転八倒してしまった。
共商祭の試合を見終わり、美依希、優羽、すみれ、月岡、ロバートに別れを告げる。
またこうやって全員集まるのは、何年後になるだろうか。もしかしたら、もう機会は訪れないかもしれない。
でも、リングで戦って生命を預けあった仲間は深いところで繋がっている。寂しいことはない。
部員たちと道場にリングを戻す。もう夕暮れだ。小鞠と戸締りをする。
「小鞠と俺の……赤ちゃんが生まれるのか?」
「そうだよ!だから龍哉には、もっと稼いで貰わないとね!今だって小鞠のほうが稼いでるくらいだし……」
「小鞠、そんなこと言っていいのか……?」
7年間温めていた、黄ばんでセロハンテープで継ぎ接ぎした紙片を財布から取り出す。
「え〜
『先生へ 小鞠は先生のことが大好きです。今はまだ子どもだけど、もうすぐ大人になるので……』
ぶがっ……」
「そ、それはあのクリスマスの!
龍哉、拾ってたのか!」
小鞠が飛びかかってヘッドロックを極め、手紙を奪う。小鞠もそのまま、手紙を懐かしく読んでいる。
「今、ラブレターの返事を言っていいか。
小鞠に出会って、俺の人生はもう一度、いやもっと煌めき始めたんだ。
本当にありがとう。愛してる……
いててて!」
ヘッドロックしたまま小鞠が体重をかけ、押し倒してくる。クリスマスのあの日、マフラーを巻いてくれた時と同じ匂いがする。
熱っぽい瞳と唇が近づいてくる。
「おいおい、学校だぞ」
「龍哉、今日は共商祭だよ?
7年前できなかったキスの続きをするの」
「またやめどきが分からなくなるぞ」
「そうかもね」
夕闇の中で2人の影が重なり、離れることはなかった。
(完)




