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催花雨

深見発売から4年です。そして今月発売のコミカライズ、デスゲーム漫画の黒幕殺人鬼の妹に転生して失敗した⑤巻で、ちょっとだけ深見と鏡花が出ています。そこにちょっとだけ繋がる話です。




 春の窓を雨が叩いている。やや薄暗い私の部屋の窓に反射して見えるのは、引っ越し準備をする私と深見先輩だ。


 事件からしばらくして、今まで住んでいたアパートから引っ越しをすることになった。


 事件があったアパートになんて住まないほうがいいという深見先輩の心配、今私が精神的に落ち着いていても、あとあとの事を考えると不安、というのが警察関係者として日々被害者に触れている深見先輩のご両親の意向だった。


 心の声は、深見先輩限定で聞こえている。だからこそ私が襲われたことについて欝々とし自責を始める先輩が放っておけなくて、正直、事件があってフラッシュバックがあったりとか、精神的な症状は出ていないのは、私の情緒が能力由来で人とかけ離れているのもあるだろうけど、深見先輩が起因している気がする。ただ、心の声が聞こえていて、今までが地獄でしかなく、むしろ今の状態のほうが呼吸がしやすい、なんて先輩のご両親には言えないし、言いたいとも思わない。理解を強いることに繋がるから。


 そういうこともあって、深見先輩のご両親からは、色々と話を受けた。


 誘拐事件にあった女の子が、閉じられた空間や、誘拐事件に使われた車、男の人が一切駄目になり、連想するものを視界に入れると錯乱状態に陥るようになってしまったこと。


 その事件を目撃した被害者の女の子と同世代の男の子が、女の子の名前を呼べなくなったこと。


 女の子については、幼馴染や周囲のケアもあって、なんとか生活できているものの、誰しもが周囲のケアで元のような生活に戻るとは限らず、命を絶つこともあるらしい。


 だからこそ、たとえば私が今後深見先輩のことが駄目になる可能性もあり、その時は恩があるからなんてことは絶対に思わず、助けを求めてほしいと言われた。


 私はその話を聞いて、私が深見先輩が駄目になる日が来たら、もうその時は助けを求めるまでもなく、全てが駄目になるんだろうな、なんて思いつつも、心配の方向が深見先輩のご両親だな、とは思った。血の繋がりは全てじゃないし、肯定できない家族が世界には沢山いるけど、こういう繋がりもあるんだな、と。


 いいな、なんて、少しだけ思った。ただ、


(鏡花のアパート、思えばどんな人間が住んでるんだ? 鏡花は住みやすさではなく、家賃や敷金礼金で選んでいたようだし、高校生の一人暮らしに許容的な地域というのは普通に危険では? 危険な土地では? この壁向こうに住んでいるのは誰だ?)


 そうした複雑な感慨に浸れないようにしてくるのが深見先輩だ。先輩は段ボールやガムテープを両手に持ち、私の部屋の真ん中で壁を凝視している。


 先輩は、引っ越しの準備まで深見先輩にしてもらうのは申し訳ない、という私の意思を「危ない!」(危ない!)という二重ビックボイスで鼓膜ごと押し切った。そして今は、壁の向こうの隣人に想いを馳せている。


(調べるか)


 深見先輩は閃いた顔をしているけれど、表情も相まって壁を突き破りそうな気がするし、今までのことを考えるとやりかねないから怖い。


「あの、大学生、女性、ですけど」


 いつ壁を突き破って突撃隣の職務質問をするか分からない深見先輩に恐る恐る言う。なんだかテレビの容疑者報道みたいな言い方になってしまった。


「ではこちらは」


 深見先輩は完全に現場聞き取り事情聴取モードに入ってしまっている。先輩は確認を怠らない。たぶん、過去の経験があるのだろう。真実を取りこぼさないことに、余念がない。


 そして、隣人もそうだった。私は女子大生側が住む部屋とは反対側の壁に視線を向ける。


「……養護施設勤務の方です。男性で、年は……高校生くらいに見えるときもあって、良く分からない感じですね」


 深見先輩は、剣道の道を断った。同じように隣人は、音楽の道から遠ざかり、絶望的な心の声が聞こえてきていた。たいていの人間は「今日は○○が……」みたいな感じである程度人間との関連性が見える心の声を発するけれど、隣人は人間に対しての執着心が薄く、物事や事件、過去に苦悩している印象だった。でも、私が心の声が聞こえなくなってき始めたあたりから、深見先輩に近しい状態になっており、心の声の寒暖差が激しい。


「養護施設勤務……」


 深見先輩は部屋を出て、周囲を確認し始めた。すると、隣の部屋からたてつけの悪い蝶番の音と靴音が響いた。


 今、深見先輩と隣人がかち合うのはまずいのでは。慌てて先輩の後を追うと、先輩の前にいたのは、黒髪ツインテールの……いわゆる地雷系と呼ばれるファッションに身を包んだj女性だった。隣人の関係者だろうか。ただ、雰囲気が良く似ている。家族かもしれない。


「はじめまして、ここに住んでいる者の関係者です。引っ越すことになりましたが……お世話になりました」


 深見先輩は、礼儀正しさと不審者感が絶妙にないまぜになった挨拶をした。一方で、 女性は軽く会釈をして去って行く。


(鏡花と同い年くらいの男? いやでも二十歳は越えている可能性も)


 深見先輩は女性が去って行ってもなお、その場から離れず思考している。同世代から二十歳を越えているかもしれない年齢の、地雷系ファッション趣味の男性、男性となると隣人が女装していた可能性もある。心の声が聞こえていたら同一人物か判断できるけど、誰かの趣味に興味はない。深見先輩が壁を突き破ろうなんて思わなければそれでいい。


(ああいった装いも、鏡花はきっと似合うだろう)


 そして、深見先輩の調子が戻ってきた気がする。嬉しいのか複雑な気持ちだ。似合わないし。


「無理ですよ。何でも向き不向きがあります」


「君は何でも似合う。なんにでもなれる」


 真っ直ぐな声に、少しだけ泣きそうになる。深見先輩は服について言っただけ。ただ、それは声の言葉だ。心の声で分かる先輩のその先の想いでは、私の全てを示している。


 何にも、ないのに。私には。


 買いかぶりすぎている。深見先輩はずっと。ずっとだ。


「先輩がいれば、まぁ、そうかもしれませんね」


 少しだけ深見先輩から視線をそらして、アパートのそばに並ぶ桜の木々を見る。まだ、つぼみだ。花を咲かせるまであともう少しだけ時間を要する。以前していた図書館のバイトで小学生がまとめた桜のレポートを読んだことがある。桜には色々種類があって、緑っぽい、黄色っぽい桜もあるらしい。そして花が咲く現象には、




前は桜を見る余裕なんてなかった。花見なんてしたいとも思わなかった。お祭りなんて以ての外だった。


 でも、今は違う。


「好きなので」


 そう言って、備える。来る開花を。






いつも応援ありがとうございます。

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