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四 おみやげ屋の女性店長


 園内店舗の実習で、友恵は女子会で話題に挙がった佐藤翔太と、苦手な近田と三人組になった。大卒組の七人は、二人が飲食店、二人がレンタルショップの割り当てとなり、三人の友恵たちはおみやげ店に配置された。

 ちょうどその日はゴールデンウィーク向けの大量納品があり、男子二人は倉庫への搬入、友恵は元々倉庫にあったおみやげ品のラッピングを任された。友恵は、ラッピングは初めてだったが、店長の女性に教わりながら何度も空箱で練習していくと、間もなくそれなりに上手くできるようになった。以前何度か自分でやってみた時、「紙でどう箱をくるむか」という考え方で折って上手くいかなかったことがあってラッピングを苦手に感じていたが、教わった通り「どうやって角に沿った折り目を作るか」という包み方をするときれいにできた。

 休憩時間が来て、友恵がおみやげ店のバックヤードに入ると、佐藤と近田が納品されたものの数量をカウントして照合していた。近田は、友恵の姿を見ると、わざとらしくつぶやいた。

「あー俺も楽な仕事がいいな、こっちは大変だよ」

 友恵はもう近田のことは気にしないと決めていたので、まるっきり反応せずに放っておいた。イベント警備の際、主任に個人的に残されて指導を受けた近田は、遅れて研修室に戻ってくると「ヤクザ野郎に絡まれて大変だった」と不満そうに言っていた。以来、近田はいっさい友恵と会話しようとしなかった。友恵はそのことがなぜかまるで気にならなかった。これまで、自分を無視したり攻撃してきたりする人がいれば人一倍くよくよしたはずが、すっきりさわやかに放っておけた。「愛の対極は、憎しみではなく無関心」という言葉を聞いたことはあったが、これがまさにそれなのかなと漠然と思った。

 佐藤が気遣うようにちらっと視線を送ってきたことに気づいたが、友恵はそれも放っておいた。気にさせたかもしれないが、自分は与り知らないことだ。

 午後になると、店長は友恵と佐藤に廃棄段ボール運びを指示して、近田にラッピングを担当させた。友恵は佐藤と協力して段ボールを束ねてひもで縛り、台車に載せて廃棄物集積所に運んでいった。

「大木さんはすごいね、感心する」

 佐藤が急にそう言ったので、友恵は目をしばたたかせつつ佐藤の顔を見た。

「ん、近田のああいうの、大人の対応ができてすごいねって」

 ああ、と友恵は苦笑した。

「なんか……向こうが幼稚すぎるからかわからないけど、全然気にならなくて」

「そうなんだ、俺だったら心折れそうだな、ステージの警備の時なんか、あいつ無視して無線も貸さなかったんだって?」

 友恵は、同期の仲間たちがあの事件の真相を知っていると思わなかったので、驚いた。仲間たちは「大木と近田が主任に呼び出しを食らって叱られたっぽい、でも大木はすぐに帰されて、近田が何か言われたらしい」程度の認識だと思っていた。

「あれー、知ってるの」

「ステージを挟んで真反対のところについてた坂橋と加川さんが、二人の様子が変だって気がついて、見てたって。近田って元々ちょっと態度悪いけど、大木さんには特に、なんかね……」

 友恵は「主任さんも、同期の皆も、ちゃんと見てるものだなあ」と思った。そして佐藤の穏やかな口調と語尾を言い切らないあいまいな話し方に人当たりのよさを感じ、りえ子と紗莉の言っていた「落ち着いてて、いいかも」というフィーリングは感じ取った。

「今回もあいつ店長さんに、女子は楽な仕事で……みたいに言ったから、午後からラッピングになってるの。店長さん、『力仕事が苦手なら、午後はラッピングをやってもらうからどうぞ』ってニコッてしてね、『こういう納品、普段は女性スタッフ二人だけでやってますから、誰がどこに就いても大丈夫ですよ』って皮肉も言ってた。笑っちゃった」

 おみやげ店は、当然ながら客が帰っていく正門近くに配置されている。一方、廃棄物集積所は園の一番奥にある。園内をまるまる横切る形になるため、佐藤と友恵は途中で何度か、園内清掃の研修中の高卒新人とすれちがった。

(……あれ?)

 友恵は当然、仕事の現場でも高卒新人たちは怠けたり不遜な態度だったりするものと思っていた。だが、彼らは一様に、若干ふてくされたような表情は見せつつも、しっかりごみを見つけては専用のちりとりに掃き込んでいた。

 佐藤もそれを見て、ふふっと笑った。

「……高卒の子たち、可愛いね。集団になると真面目にやるのが恥ずかしいけど、一人ひとりになるとちゃんとやるんだよね、やっぱり」

 すれちがう高卒の新人たちに佐藤が向けるまなざしには包容力のある温もりがこもっていた。大人だ、と友恵は思った。

「可愛い、ですか」

 つい丁寧語になってしまい、友恵は内心で気まずくなった。佐藤はまた、ふふっと笑って、

「そりゃあね、俺、元『地方のヤンキー』だから……」

 と言った。

「ええっ!」

 黒いストレートの髪をこざっぱりと清潔に整え、すっきりした黒縁のメガネをかけ、決められたとおりに園内の制服を着こなして、優しい口調で話す佐藤のどこにも、『ヤンキー』の気配はなかった。友恵は一緒に台車を押して歩く佐藤の横顔を、穴があくほど見つめた。

「なぜか俺、サボっても勉強はそこそこできちゃったから、高校は地元でけっこういいところに行ってたんだけどね……なんだろう、学校では普通にしてて、学校の外ではヤンキーやってるのが、当時の自分の中ではかっこよくて……。暴走族仲間みたいなのにも入ってて、でも大学入るのに東京出てきちゃったからそれで足抜けして。でもヤンキーって人情に篤いし、実は裏で社会貢献みたいなことやるの大好きだったりするんだよ。仲間たちと、海岸清掃のボランティア行って、最初周りが俺たちをすごくビビるんだけど、真面目にやるとすごくほめてくれるの。災害支援のボランティアもみんなで行ったな。全部で十回……まではいかないけど、七、八回は行ったよ」

 友恵はショックを受けた。ボランティアなんて参加したことがない。社会の役に立ちたいと漠然と思うことはあっても、行動したことはまるっきりなかった。せいぜい、地元町内会の草むしりに、母親の代わりに三回出た程度。それだって義務とご近所づきあいにすぎない。佐藤の暴走族仲間、ヤンキー仲間、そんな人たちが他人のために汗水垂らして無償でがんばっていた頃、友恵はおそらく自分のお小遣いのためにアルバイトに励んでいた。

「すごいよね、地方から、いきなり『就職させますよ』って連れ出されちゃって、会社の寮なんて狭いところに押し込められて、見ず知らずの人と二人部屋で共同生活するなんて。俺、十八の時、それは無理だったな……。一人暮らしで好きなようにやりながら、大学にとりあえず行ってただけだからよかったけど」

 友恵の様子に気づくことなく、佐藤は優しいまなざしを遠くに向けて、

「彼ら、変な意地張ったり恥ずかしがったりしてるけど、子供なりに頑張ってるよね。やっぱ気持ちいいんだよね、働くの」

 とつぶやき、しばらく黙っていた。

 友恵は入社二日目の訓示を反芻していた。

『社会を見てこなくて、大学に四年間も閉じこもっていた人は、意識が学歴主義に凝り固まっていることもあるかもしれないが』――

 佐藤の出身大学は、友恵が二つの学部を受験したが入れなかった名門だ。まさかその佐藤が、かつて暴走族の真似事までしたヤンキーだったとは。友恵の中には、『地方の元ヤン=勉強もしないでフラついている愚か者の集まり』のイメージしかなく、自分には縁のない種類の人間だと思っていた。だが、目の前に、品行方正で同期女子からの評判もいい佐藤翔太がいて、彼がその元ヤンキーだという。もしかしたら身近にもっと、普通に「元ヤン」はいるのかもしれない。

 二人は廃棄物集積所の「段ボール・厚紙類」と表示されたゴミ置き場に箱を次々下ろしていった。

「やっぱり力持ちだね、大木さん」

 佐藤は笑った。それでまた、友恵は自分がハッスルしすぎたことに気がついた。佐藤より多くの数をさばいていた。

 空っぽの台車を押しておみやげ屋のバックヤードに戻ると、近田が明らかにイライラした様子でラッピングの練習をしていた。友恵は笑顔で「お疲れ様」と挨拶したが、近田から返事はなかった。続いて佐藤が「お疲れ」と言うと、近田はちらっと視線を送って「お疲れ」と答えた。

 店長がバックヤードにいなかったので、佐藤と友恵は店内に入って店長を探した。そのとき、佐藤は友恵の背後から、小さな声で、

「近田のことは、気にしなくていいよ。あいつが変なだけだから」

 と言った。友恵は、こっそり返事をするのが正解な気がして、振り返らずに、

「うん、ありがとう」

 と声だけ返した。

 店長は店の入口脇にある商品ディスプレイを取り替えていた。四月もそろそろ下旬、ゴールデンウィークを前にしたおみやげ店の入口は、チューリップなど春の花をあしらったディスプレイから、爽やかな新緑をイメージさせるディスプレイに変わった。

「わあ……きれいです」

 友恵は、森をイメージさせる薄い緑の布やプラスチックの葉、風をイメージさせる大きな透明セロファンなどを眺めてうっとりした。装飾は、店内のありあわせや荷物に同梱される緩衝材でできている。工夫とセンスで作り上げられた、一種の名人芸だった。

「まあね、こればっかり五年やってれば、このくらいできるようになるよ」

 店長が謙遜して遠慮がちに言うと、佐藤が驚いて声をあげた。

「――もしかして店長さん、二十三歳ですか?」

 そしてすぐに、

「あ、すみません、女性に年齢のことを言っちゃって……」

 と謝った。店長は笑った。

「女性に年齢を聞いてどうこうなんて、全然気にしないよ。私、今二十三歳です。入社してまる五年経ちました。ずっとここを担当してるから、一応、店長なんかも任されてます」

 友恵はまたもやショックを受けた。店舗を一つすっかり任され、新人の面倒を見ながらきりっと仕事をこなす女性の店長と、年齢が一つしか違わない。

 ちょうどそこへ、他の小さい店舗への商品の納品を終えて、おみやげ品の納品業者が伝票を持って入ってきた。店長は店中央のレジに移り、ハンコを次々に突いていった。

「夏の新商品については、また別途ご相談させていただきますね」

 爽やかな笑顔で業者との話を終えた店長は、店の外まで業者を見送り、礼儀正しくお辞儀をした。友恵はその背中をまぶしく見つめていた。

(すごい。ものすごくまともっていうか、プロって感じ。まだ四月なのに、夏の新商品の話が始まるんだ。ディスプレイ工夫して自分で作って、力仕事の納品物の倉庫入れとかもやるって言ってたし、レジ打ちも、ラッピングも、いろいろ、みんなやるんだ)

 二十三歳で入社五年経過。つまり、この女性店長は間違いなく高卒入社だ。友恵や同期たちと一歳しか違わないのに、納入業者の中年男性と対等に、しっかりとビジネスの言葉遣いと専門用語を駆使して会話をしていた。

「……カッコいいね、店長さん」

 佐藤のつぶやきに友恵もうなずいた。イベント警備の主任に友恵が感じた「カッコいい」と同じ、驚きと憧れの響きが佐藤の声にも含まれていた。おそらく二十八歳くらいの主任、この二十三歳の店長のように、社内各所にカッコいい人がいる。その大半は高卒入社の人らしい。一方、ただ教わるだけで何ができるでもない大卒新人の自分。社内の人たちを「カッコいい」と思いながら追いかけていくしかない。

 店長は店内に戻ってくると、軽くため息をついて笑顔を見せ、言った。

「さあて、困ったな。あなたたちのお仲間の近田くん、教えてもラッピングが全然できるようにならないのよね。包装紙も無駄になるから、とうとう取り上げて、新聞紙で練習してもらってるんだけど……」

 友恵の目の前に、微妙な表情ながら黙ってごみを掃いていた高卒新人たちの姿がほわっと温かく思い浮かんだ。一方で、職場で人を無視したり嫌みを言ったり、注意されてもまともに聞けなかったり、単純作業をなかなか覚えられなかったりする近田幸雄の姿も明らかな対比として浮かんだ。

(この会社は、たった十八歳で入ってくれた子たちが頑張り続けて維持してきた)

 専務の訓示を心の中で繰り返した。自分の十八歳の頃のことを思い出した。

(……私、何の権利があって、高卒生とか言って見下してたんだろう。私は二十二歳なのに。高卒新人の子たちは四つも下なのに。大卒の中にだって、変な人がいるのに。もちろん、高卒生たちの研修の態度は本当にひどいけど、彼らは五年後、十年後、ちゃんとしたスタッフになってるかもしれないんだ。今の私よりちょっと上の年齢くらいで、もう責任者になってたりするんだ。私が大学で遊びながら楽して単位を取ってたような時期に、ちゃんと仕事をして……)

 結局その日、近田はずっとラッピングを練習していた。友恵はまた商品ラッピングに戻り、佐藤も練習をほどなく終えて商品をいくつかラッピングした。後の三十分は店内清掃で、最後の十分は事務所に戻って集合確認。

 次の研修は宿泊施設(主にバンガロータイプの小コテージ)の清掃・ベッドメイク。また新しい仕事を体験できる。友恵はすっかり、仕事に通うのが楽しくなっていた。

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