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真の敵

 この森、永遠森林の西端に、月宮館長を呪詛から救うために必要な花がある。

 そこはまるで秘密の花園のような景観で、色とりどり様々多種多様な花が咲き誇り、森の生き物たちがあつまる楽園でもあった。

 しかしその周囲には、花の美しさに釣られるのか非常に手ごわいモンスターも蔓延っているらしく、採取の際にはそのモンスターたちと嫌でも戦うことになるとシスターは言っていた。


「結構いるな……」


 俺は今まさに、そんな花の周囲に蔓延るモンスターたちを目の前にして木の陰に身を潜めていた。

 前方のでは、確認できる限りで約三種類の大型モンスターが蠢いていて、彼らはそれぞれ種族が違うにも関わらず互いに縄張り争いを起こしているようにも見えなかった。

 その中には、以前俺が図書館を離れていた際に図書館を襲ってきた黒い大型モンスターの姿もあった。熊のような図体を揺らし、見えない敵に対して警戒心を飛ばしているようにも見えた。

 他にはサザール・ウルフを数倍大きくしたようなモンスター、そしてまるでカブトムシのような姿形をした赤茶けた攻殻を持つモンスターがそれぞれ一体ずつ確認できる。


「……よし、それじゃあ予定してたあの作戦で行くか」


 俺は今いる場所からギリギリまでモンスターに近付く。結果モンスターと俺の距離は、わずか十メートルにも満たないまでとなった。

 気付かれないよう慎重に、俺は2体の大型モンスターのうち、カブトムシの方に焦点を合わせる。

 ここで気付かれては、モンスターたちを倒すことは愚か自分の身さえも危ない。心臓がばくばくと暴れ、体を巡る血の音がすぐ耳元で聴こえてくるようだ。


『ターゲット確認。戦闘モードへ移行します』


 視界に、もはや見慣れたデジタルフォントの黄文字が表示される。その文字を見て、俺はホッとした。

 しかしホッとしている場合ではない。素早く手を滑らせ、ウィンドウを操作。魔術一覧へと飛ぶ。

 リンメアの洞窟でのレッドコブラ戦でも使った第一層魔術「ドッペルミラー」を、ターゲットした大型カブトムシモンスター――キングビートルに放つ。


「キュルルル…………」


 鈴虫の音のような鳴き声をあげて、キングビートルは突如出現した自分と同サイズの鏡に気付き警戒する。

 対し鏡は淡く光り出し、キングビートルのドッペルゲンガーを鏡の世界から送り出す。

 赤茶けた攻殻のキングビートルに対し、鏡の奥から現れたキングビートルは金色の攻殻を輝かせていた。


「キュルルル…………」

「キュルルル…………」


 互いに全く同じ鳴き声を響かせながら、図体の半分ほどもありそうな大きな一本ヅノで威嚇し合う。

 ――だが、この作戦では、この2体のキングビートルには退場してもらわねばならない。

 俺はウィンドウから操作し、ドッペルゲンガーであるキングビートルに攻撃命令を出す。

 途端、背中部分から幾重にも重なった透明な羽が姿を現し、それはまるでヘリコプターのプロペラ音のように大きな音を立てながら振動する。

 それを見た本物のキングビートルも、同じように羽を震わせる。


 空に飛翔する二体の蟲たち。互いににらみ合い、そして、攻撃を始めた。

 同じ長さの、同じ力を持った一本ヅノ同士が激しくぶつかり合う。

 本物側が脇腹付近をツノで突こうとすれば、ドッペルゲンガー側も全く同じ動作、速度で同じ場所を狙う。

 ツノが鍔迫り合い、本当に分身と戦っているかのようだ。

 次第、周囲にいた他の大型モンスターたちが本物側に応戦を始めた。


(そろそろかな)


 頃合を見計らって、俺はウィンドウに手を滑らせる。出現させたドッペル・キングビートルに対して新たな命令を出す。

 命令を受けたドッペル・キングビートルは、鍔迫り合って密着していた状態から一旦距離を取った。

 それを見た本物のキングビートルは、開いた距離を詰めようと体を前に踊り出させる。


 よし、読み通りだ。


 ドッペル・キングビートルは羽をさらに震わせる。振動で周囲に強風が巻き起こり、草花が揺れる。

 それを追いかけるように、本物のキングビートルも高度を上げる。援護していた飛行能力を持たない他の大型モンスターたちは、置いていかれるように地上に取り残される。

 俺がドッペル・キングビートルに出した新たな命令は、退避命令だった。


 そしてそのまま――2体のキングビートルは、はるか彼方へと飛んでいった。





「さて……ここからだ」


 キングビートルたちが飛び去っていった後、俺は改めて前方を見やる。

 狼の姿をした大型モンスターと図書館を襲ったあの黒い大型二足歩行モンスターは、流石にこの事態に驚いたのか、周囲を警戒しているようだった。

 特に黒のモンスターは警戒心を飛ばすだけでなく、既にいつでも戦えるような態勢にしていると窺えた。


『ターゲット確認。戦闘モードへ移行します』


 ウィンドウを素早く操作する。

 流石に一度に二体も相手にするのは難しいが、そもそも最初は三体いた。

 それを二体に減らして挑むこの勝負、負けるわけにはいかない。


 第二層魔法「デモンアッシュ」。ターゲットしたうちの狼型モンスター――サザール・ウルフ・ルーツの頭上に、黒く渦を巻いた空間が出現する。

 渦は闇の雨を降らす。美しい花園に反して黒く澱んだ闇が、サザール・ウルフ・ルーツの頭上にその手を伸ばした。

 耳をつんざく衝撃音を響かせて、土煙を上げる。


(今だっ!)


 その瞬間、俺は隠れていた木の陰から飛び出す。

 黒のモンスター――ブラック・サザール・ベアは飛び出した俺の存在に牙を出して威嚇した。


 即時、ブラック・サザール・ベアは俺を敵と認識し、襲いかかってくる。

 空気を圧迫するような巨体が空を滑るように突進してきて、俺は少しだけ圧倒される。

 ……でも。


「あの蛇ほどじゃ……ないっ!」

『ファラオ・ザ・イモータル 発動』


 俺の目の前に、巨大な石像が出現する。

 第二層魔術「ファラオ・ザ・イモータル」。

 発動者以外の範囲に足を踏み入れた者全員に、ファラオの呪いをかける。


「グガァッ!?」


 突撃してきたブラック・サザール・ベアはその動きを鈍らせる。

 黒い毛の奥で獰猛に光る紅い瞳が、段々と淀み揺れていく。

 失速し、膝を付く。息は乱れ、立つことすらもはやままならない。


『ウィンドエッジ 発動』


 動けなくなったブラック・サザール・ベアに、間髪入れず次の攻撃を加える。

 第二層魔法「ウィンドエッジ」。第一層魔法「ウィンディル」の強化版だ。

 鋭さを持った風の刃が、花園に膝を付くブラック・サザール・ベアの体を切り裂く。


「ガァァァァァッ!?」


 強烈な風の一撃に、ブラック・サザール・ベアのHPがかなり削られる。

 今の攻撃で与えたダメージを見ても、やはりリンメアの洞窟で戦ったレッドコブラよりは弱そうだ。

 最初にデモンアッシュでダメージを与えたサザール・ウルフ・ルーツのHPもそこそこ削れている。

 ……本当に、これらが凶暴なモンスターなのだろうか?


 俺の脳に一抹の疑問が渦巻くなか、戦いは一方的な展開を続けた。

 魔術によって出現させた様々な設置物の力を使いモンスターの動きを制限し、魔法をもってHPをごっそりと削る。

 正直、苦戦のくの字もない戦いだった。言い換えてしまえば、退屈だった、としてもいいかもしれない。


 それは、俺がレッドコブラを含めこの森でそれなりにモンスターを相手にしてきた結果でもあるだろう。

 サリィを始めとした図書館に来た様々な人からも言われた通り、俺のステータスが異常だからかもしれない。

 それでも俺には…………


「……ふぅ」


 その後5分と立たずに俺は2体の大型モンスターを倒し、周囲の探索を開始した。

 『オリオネル』はすぐに見つかった。色とりどりに咲き乱れる花園の一番奥……本当の本当に森の最西端に、その蒼い輝く花は在った。


 太陽の光を反射して、幾方向にもその蒼い輝きを重ねる花。

 ガラス細工みたいにキラキラ輝いて、まるで一つの工芸品のような美しさで凛々しく咲く花。

 それが、オリオネルだった。


「よいしょ……っと」


 屈んでオリオネルを採取する。オリオネル自体咲いていた数はそこまで多くなく、珍しい花なのだろう。

 しかし無事採取したあとも、俺の心の中には引っかかることがあった。

 ……今更気にしてもしょうがないか。

 俺からすればあまり手応えがなかったとはいえ、あのシスターを含め通常の人間ならばあのモンスターたちも十分に強い部類に入るのかもしれない。

 それとも今回はただただ運が良かっただけなのか。最初にあれだけ近付いて、どのモンスターにも完全には気付かれなかったのだから。


 ――そして。


「早く帰ろ…………」


 そう、身を翻した、その時。

 俺の頭上に、黒く巨大な影が伸びた。

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