力量差
「え――?」
俺の頭上が、大きく陰る。
オリオネルを採取し立ち上がろうとした身体が、まるで上から襲い来る重圧に耐えかねるように動かなくなる。
グルルルルルル――――
頭上から、今度は低く唸る獣の声。
俺の脳は、既に危険信号を出していた。
「うぐっ!?」
体の右側にとてつもない衝撃が走った。左方向に吹き飛ばされる。
吹き飛ばされた状態で微かに見えたのは、真っ白な毛を持つ熊のようなモンスターだった。
ブラック・サザール・ベアの亜種、というのが一番近しいだろうか。
「グルルルル――」
俺を吹き飛ばした白毛のモンスターは、赤黒く揺らめく双眸でギロリとこちらを睨みつけてきた。
『ターゲット確認。戦闘モードへ移行します』
(永遠森林の……主!)
俺の視界上には、ターゲットした白毛のモンスターの名前が表示されていた。
ディスペア・オヴ・ホワイト。
それが眼前のモンスターの名だった。
「白の絶望とは……大層な名前だな!」
体勢を立て直し、素早く右手でウィンドウを操作する。
左腕は先ほどの一撃で痺れてうまく動かないが、片腕だけ動けば十分だ。
第一層魔法「ウィンディル」を発動。小さな風の刃がディスペア・オヴ・ホワイトに襲いかかる。
「グァッ!」
ディスペア・オヴ・ホワイトはそれを、図体に見合わない俊敏な動きで見切ると、地を強く蹴って飛び込んでくる。
俺は素早く次の手を打つ。第一層魔術「リフレクトウォール」を発動。
突如目の前に現れた金色の壁に一瞬ひるんだディスペア・オヴ・ホワイトだが、それを無視して突撃してくるようだった。
リフレクトウォールは、レッドコブラ戦でも使用した反射の壁を出現させる魔術だ。反射の対象は広く、物理的に衝突してきたものですらも反射してしまう。
……が、
「グァァッ!!」
ディスペア・オヴ・ホワイトはリフレクトウォールに鋭い爪を食い込ませると、短い雄叫びとともに腕に力を込める。
すると途端に、俺を守る金色の壁にヒビが入り始めた。
そして、
「なっ……」
ガラガラと、音を立てて壁が崩壊を始めた。
突き刺された腕は青白く光り、崩れて穴の開いた壁の奥から獰猛な赤い眼が俺を捉える。
(リフレクトウォールが効かない……?)
つまりこのディスペア・オヴ・ホワイトというモンスターには、魔術が効かないということになるのだろうか?
……いや、それはまだ少し早計だ。
試す必要がある。俺は覚悟した。
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「くそっ……どういうことだよ……!」
それから約三十分間あらゆる攻撃を試した俺は、苦虫を噛み潰したような顔になっていた。
眼前で息一つ乱れず、余裕にも俺を見下ろすディスペア・オヴ・ホワイトに、"現在俺の習得している全ての魔法・魔術"が通用しなかった。
俺が習得しているのは第二層魔法・魔術まで。それも恐らくこの世に存在する全てではないだろうが、少なくとも俺が習得している魔法や魔術は効かないようだった。
……つまりそれは、今の俺にディスペア・オヴ・ホワイトを倒す手立てがないということだった。
それに俺は、エイヴィットのような武器も持っていない。今まで、規格外に飛び抜けた魔力ステータスで何とか戦ってきただけだ。
なら逃げる? いや、はたして今の俺にやつから逃げる術があるだろうか。
「どうせ、これが目的だろう……!」
俺は懐に仕舞ったオリオネルに服の上から触れる。見た目はガラスのようなのに、その感触は普通の植物と変わらない。
蒼く輝く、不思議な力を感じさせる花。
ディスペア・オヴ・ホワイトは恐らく、それを守る主のような存在なのだろう。シスターが言っていたモンスターも、きっとこいつのことだ。
――でも。
この花だけは、譲れない。
これだけが、今俺たちに残っている最後の、月宮館長を助け出す手段だ。
倒せなくていい。腕の一本くらいくれてやる。
でも俺は、何が何でもこれを持って図書館に戻るんだ。
それからさらに時は経ち。俺は未だディスペア・オヴ・ホワイトに致命傷を与えることができていなかった。
しかしそれでも、少し気付いたことはある。
いくらダメージが入っていないといっても、攻撃系の魔法がヒットすれば、多少のひるみが確認できた。
つまり死には至らせることができなくても、足止めくらいはできるかもしれないということだった。
それに気付いた俺は立ち回りを変更し、できるだけ衝撃の強い魔法を選び抜いて、この場から逃げるための時間稼ぎを試みていた。
一度図書館に戻れば、いくらこの森の主といえど、レスカが張ってくれたスキルの結界を破るのは難しいだろう。
だからそこまで、俺は逃げることだけを考える。
ことが動いたのはそれから少し後。俺がディスペア・オヴ・ホワイトの動きを注視しながら次の魔法を放とうとした時だった。




