恒星系のラグランジュ 火星外軌道上会戦1
このお話は、3年くらい前に作成したものです。
本来は別のお話の外伝として書いたものですが、本文がボツ原稿となってしまい、行き場を失ってしまったので、残骸としてここへ残させていただきます。
2033年8月5日 14:00
火星外軌道上
地球艦隊旗艦 「フォーマルハウト」艦内
「変わりない?」
「ええ」
この会話を何度繰り返しただろう。異常なしに決まっている。
異常があれば、すぐに艦内に警報が鳴り響くだろう。
提督付き副官、ミリエル少尉は淡々とレーダー画面を見つめるオペレーターの横顔を見つめた。
しかし、片側の席は空席だ。
「あら?シータは?」
「この時間は非番です。・・・・・・たぶん、提督と」
オペレータの男性は、訳知り顔でふふ、と笑った。
・・・・・・あのバカ。
少尉はメインブリッジの強化ガラスに映る、無数の星々を眺めた。
もう宇宙艦の中で過ごすのには慣れたが、この光景だけはいつ見ても美しく、圧巻だ。
「・・・・・・星たちは綺麗ね」
「ええ」
「戦争なんて、なかったらいいのに」
「でも、ミディオンが来なければ、俺たち地球人はまだきっと、地球上にへばりついてたんですよ。カビみたいに」
「それもそうね」
ブリッジの扉が開き、人が入ってきた。
このフォーマルハウトの責任者、艦長のゲネル少佐だ。
「大佐殿」
ミリエルが敬礼すると、少佐は敬礼で返した後、少し困った顔になった。
「あー、ミリエル少尉。・・・・・・その、言いにくいのだが」
「はっ」
「そろそろ会議の時間でね。艦長たちが正確な時間を知りたがっている。・・・・・・が、肝心の提督から時刻の指定がない」
「自室にコールしてみましょうか」
「うむ、その、自室にいるらしいのだが、どうも、な」
困った顔をしている。
つまり、そういうことなのだろう。
「・・・・・・提督を呼んで参ります」
「お手柔らかにな」
**
ブリッジを出て、居住区へと向かう。
館内は無重力空間だが、居住区の中、それも一部だけが1Gに与圧されている。
艦長や提督の私室、これは特権である。あとは筋力維持用のリハビリ室、そして医務室だ。こちらは重力がないと色々と不便である。
艦長室の奥にある、提督室。
ブザーを押すと、はぁい、と気だるい男の声がスピーカーから返ってきた。
「提督、ミリエル少尉です」
「入りたまえ」
ドアがスライドして開く。
提督は、ナイトガウン姿でリラックスし、グラスを片手に椅子に腰掛けていた。
少尉が部屋に入ると、ベッドの上で恥ずかしそうにシーツをかき寄せる少女の姿が目に入った。
裸体を隠そうとする仕草、しっとりと濡れた髪。明らかに事後である。
眉が釣り上がるのが、自分でも分かった。
「提督!戦闘宙域での私的な行為は慎むべきと、あれほど____」
「まあまあ。・・・・・・いいよシータ、戻ってて」
「・・・・・・失礼します」
恥ずかしそうにガウンの前を押さえながら、オペレータのシータはちら、と少尉の顔を見つめてから、奥の洗面室へと消えて行った。
「少尉、怒ると良くないよ。綺麗な顔にシワができやすくなる」
「誰のせいですか!・・・・・・もうこれで何度目ですか提督。戦闘艦内での乗組員との性行為は、慎んで頂くべきです!」
いつもよりオクターブの高い声で怒鳴るが、当の提督は深々と椅子に腰掛け、怠惰にバスローブの胸をはだけたまま、グラスに入った液体を口に運んでいた。
怒りの声も、まるで蛙の面に水、といった感じだ。
「そうは言うけどねえ少尉。いま我々に必要なことはなんだい?人類の存亡をかけた一戦を前にして、少しでもリラックスすることじゃないかね?」
「提督はリラックスし過ぎです!いまこの瞬間にも、ミディオンの大艦隊、あるいは哨戒部隊と遭遇してもおかしくありません!現在我々は第2次警戒態勢を取ったまま___」
「それに、人類はもっと子孫を残すべきだ。それは地球統一政府の公式見解でもある。我々とて例外ではないよ少尉。・・・・・・考えてもみたまえ、無重力のベッドでセックスなどできるかね?そりゃあ、互いをあの無重力用ゴムバンドで固定して「結合」すればできるだろうが、あれって腰を動かしにくいし、気持ち良くないんだよねえ。やっぱり、ここはちゃんと重力のあるベッドの上でしっとりと」
「この艦に乗艦して2週間、提督は毎日日替わりじゃないですか!節操という言葉はないのですか!?」
「セッソウ?それは日本語かい?苦手なんだよね、やっぱりニュージーランド出身者としては、日常会話は英語がいいよね」
「そういう意味じゃありません!」
抗議の声にもまるで堪える様子はなく、ぐい、とグラスの赤い液体を飲み干す。
この人に何を言っても無駄だ、ミリエル少尉はそう思った。副官として配備されて、怒鳴りつけるのはもう何度目だろうか。
目の前の男をにらみつける。
アラン・ケラス提督。地球防衛艦隊全軍の指揮を、そして人類の未来を任された男。
どうしてこんな男が、と副官としては感じざるを得ない。
とにかく女ったらしでだらしなく、まるで規律や時間というものを守らない。会議には遅刻する、平気で寝過ごす、食事も偏食で酒ばかり飲んでいる。
だが、人類で唯一、ミディオン艦を対艦戦闘で撃沈した功績を持つ男であることは間違いない。
それも、Cクラスの巡洋艦で敵Aクラス戦艦を撃沈したのだ。本人はまぐれ、と言って憚らないが、地球防衛軍首脳部からは高い評価を受けており、提督としてこの艦隊の指揮を任されることとなった。
まさに地球と人類の命運が掛かっている艦隊である。それなのに、この男にはそういう責任感や義務感というものがまるでなかった。
軍人でなければ、ただの女たらしだ。
「キミもぜひ、ベッドにお誘いしたいんだがねぇ」
「お断りします!わたしは婚約者もおりますので!」
「つれないねぇ。これでフラれるのはもう何度目だろうね、ミリエル少尉殿。5度目だったかい?」
「知りません!各艦の艦長たちがお待ちです、はやく着替えて、会議室へお越し下さい!」
バン、と扉を閉めたいところだったが、宇宙艦内の扉はすべて電子制御のスライド式であり、怒りを表現することはできなかった。
代わりに足音を踏み鳴らして去りたいところだったが、気怠い声に阻止されてしまう。
「ああ、副官殿。・・・・・・会議は1時間後、そう各艦に通達を頼む」
「・・・・・・分かりました」
声を絞り出すと、ミリエル少尉は己の職務を果たすべく、ブリッジへと向かうエレベータのボタンを押した。




