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ゼロスペル 魔法がなくたって、君となら  作者: 沼波まろな


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第二話 一瞬の消失

放課後のチャイムが鳴ると教室の空気が一気に緩んだ。

椅子が引かれる音

鞄を閉める音

友達同士の声が上がる。

環は席に座ったまま机に肘をついて窓の外を見ていた。


(……またダメだったな)


スペルギア適性なし。

何度も聞いてきた結果だ。

分かっているはずなのに胸の奥が少しだけ重い。


「おい」


隣から声がした。

顔を上げると焔が机の横に立っていた。

鞄を肩にかけながらこちらを見ている。


「帰るぞ」


環はゆっくり立ち上がり、鞄を持った。


「……ああ」


そのとき、後ろから声がした。


「まだ帰らないの?」


振り向くと水無雫が立っていた。

長い黒髪を指で払うようにして、静かにこちらを見ている。

焔が肩をすくめた。


「今から帰るとこ」


雫は小さく頷いた。


「今日、部活休みだから一緒に帰る」


三人は並んで教室を出た。

廊下を歩く足音が重なる。

階段を降りながら、焔がぼやいた。


「今日の授業マジで暇だった。魔法持ちはやることねぇし」

「スペルギアの授業だからな」


環が苦笑すると、雫が表情を変えずに言った。


「でも焔、授業中に魔法出してた」

「見てたのかよ」

「見える」

「暇だったんだよ」


焔が鼻で笑う。

校門を出ると夕方の空気が少し涼しかった。

三人は並んで歩き出す。

焔が急に思い出したように言った。


「そういやさ。覚えてるか? 昔通ってた柔道教室」


環は思わず笑った。


「優兄にずっと負けてただろ」

「お前もだろ」

「二人とも弱かった」


雫が静かに口を挟む。

焔が足を止めて振り向いた。


「お前もいたじゃねぇか」

「私は見てただけ」

「雫に組み手仕掛けると、姉貴がすっげぇガン飛ばしてきて怖かったしな」


焔が小さく舌打ちする。

三人の間に小さな笑いが生まれた。

昔から変わらない心地よい空気だった。

少し歩いたところで、焔が立ち止まる。


「なあ…ちょっとだけ」

「おい、外で魔法は禁止だろ」


環が眉をひそめるが、焔は「一瞬だけだって」と肩をすくめポケットを探った。

指先でつまんで見せたのは細い獣の毛だった。


「それ、さっき言ってた犬か?」

「ああ、昨日触った近所のわんこ。触れたときに少し取っといたんだよ」


焔の魔法は少し変わっている。触れたことのある動物の情報を媒介に炎で生物構造を再現する魔法だ。

毛や羽など、元の生物の一部が無くても再現できなくはないが、その場合は維持できる時間が極端に短い。

そのため、長く実体化させるには実物の毛などが必要になる。


(…授業中に作ってたあの赤い鳥だけは、なぜか媒介なしでもずっと維持できるんだけどな)


焔は心の隅でふとそんな疑問を抱いたが、すぐに意識を目の前の毛に向けた。

焔がその毛に魔力を流した瞬間。

ぼう!と空気がわずかに揺れ炎が生まれた。

炎はゆっくりと形を作り、輪郭が整い、四足の姿になる。

地面に降り立ったのは、一匹の炎の犬だった。

環が思わず前に身を乗り出す。


「……やっぱすごいな」

「犬型が一番使いやすいんだよ」


焔が得意げに笑う。

炎犬は軽く跳び、地面を蹴って足元を走った。

それを見ていた雫が、腕を組んだまま淡々と言う。


「再現、雑」

「は?」

「輪郭が揺れてる。毛の情報が薄いからか再現手順が荒い」

「ちゃんと出てるだろ」

「出てるだけ」


その時雫が制服のポケットから小さな装置を取り出した。

国から支給されている、彼女専用のスペルギア。

雫が軽く指で触れると、空気中に小さな水の粒がふわりと浮いた。水は滑らかに形を変え、精密な小さな猫の姿になる。


「スペルギアって便利だよな」

「便利だから作られた」


水でできた猫は空中で静かに一回転し、雫が指を鳴らすと弾けるように消えた。

三人の間に、少しだけ沈黙が落ちる。

環が、ぽつりと言った。


「……いいよな」

「何が?」

「魔法も、スペルギアも…。俺だけ何もない」


その言葉に焔は少し黙った。雫も何も言わない。

やがて焔は頭をかき真っ直ぐな目を環に向けた。


「お前はすげーやつだ」

「焔って頭いいのに、たまに根拠ないこと言うよね」


環は力なく苦笑した。

足元では炎犬がくるりと回り、環の前まで戻ってきていた。尻尾の炎がゆらゆら揺れている。

環は何となく、その炎犬に向かって手を伸ばした。

触れるつもりはなかった。

ただ、焔の魔法を近くで見てみたかっただけだ。


その瞬間。

炎犬の体が、ふっと不自然に揺れた。


「……ん?」


焔が眉をひそめる。

環の指先が炎犬に触れそうになった、その時。

かき消えるように炎犬が唐突に姿を消した。

焔が目を瞬く。


「……は?」


少し間を置いて焔はもう一度手元の毛に魔力を込めた。ぼうっ!と炎が生まれ、再び犬の形になる。

炎犬は何事もなかったかのように走り出した。


「なんだ今の」


焔が首をかしげると、雫が肩をすくめた。


「再現が一瞬途切れただけでしょ」

「そういうもんなのか?」

「あなたのは炎じゃなくて再現魔法。媒介が弱いと形も崩れる」

「……まあいいか」


雫の冷静な分析に、焔は少し考えてから納得したように肩をすくめた。

炎犬はまた走り出す。

しかし、環は自分の手を見つめたまま立ち尽くしていた。


さっきの一瞬。

自分の指先が炎に触れそうになった時_____

胸の奥が確かにざわついた。

熱を吸い取ってしまったような、あるいは弾き飛ばしてしまったような、奇妙な感覚。

理由は分からない。

気のせいかもしれない。


「行くぞ、環」


焔の声にハッとして環は手を下ろした。

三人はまた歩き出す。

夕方の帰り道をいつものように。

その小さな違和感が。

この世界の魔法の常識を根底から覆すことになるなんて、まだ誰も知らなかった。

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