第32話 文化祭のおもちちゃん(後編)
舞台が始まり、城の外で真奈美が夜景を見つめる。
「私はこのまま……お父様の思い通りの生活をしないといけないのかしら……」
観客は静かに舞台を見つめる。おもちも王女を演じる真奈美をじっと見つめる。
(真奈美ちゃん凄い綺麗……)
見つめていると、前の席でひそひそと会話する女子生徒たちがいた。
クラスは違うが、真奈美の取り巻きたちだ。
「あの子見に来てるじゃない……」
「真奈美ちゃんに嫉妬して斎藤君を奪おうとしてるんでしょ?最低だよね」
「えっ……」
自分の悪い噂を聞いて戸惑っていると、取り巻きたちが話を続ける。
「さっき真奈美ちゃんを見てたし、イラついてるのかな?」
「だったら見に行かなかったらいいのに」
「でも斎藤君が出るから楽しみにしてるのよ」
「そっか」
大翔君が……出るの?どこの部活にも入っていなかったはずなのに……
疑問に思っていると、ドーン!と大きい効果音が響き、視線を舞台に移す。
「アリア様が逃げたぞ!捕まえろ!」
「はぁ……はぁ……」
走っていると、目の前に森のセットが現れる。
「ここは確か……立ち入り禁止の森……」
後ろから追いかけてくる気配がして、木の裏に隠れる。
「どこに行った!」
「こっちだ!」
騎士たちが森を素通りして消えて行った。
「はぁ……はぁ……進もう。この森の奥に」
照明が消えて、再び明るくなると、舞台が森のセットに覆われていた。
「どうして立ち入りが禁じられているのかしら?普通の森っぽいけど……」
森に足を運ぶと、王子の格好をした大翔が現れる。
「困ったなぁ……出口はどこなんだろう?」
本当に大翔が出てきたのを見たおもちは、大きく目を開いた。
(本当に出てる……)
「王子の格好をした斎藤君かっこいいわね!」
「真奈美ちゃんのお願いに答えてくれるなんて優しいよね!」
真奈美ちゃんがお願いしたの……?
大翔君もそれに答えちゃったの……?
『そういうことする人と関わりたくないんだよね。二度と話しかけないでくれる?』
大翔君はあぁ言ってたけど……私の知らない間に仲良くなったのかな?
おもちは苦しそうに制服の胸辺りをギュッと掴む。
(こんな気持ちになるのなら……来なかったらよかった……)
時間が経ち、舞台はクライマックスを迎えようとしていた。
アリアは『禁じられた森の呪い』にかかってしまい、額に呪印が刻まれていた。
「アリア!アリア!」
「レオン……」
レオンの腕の中で、アリアは苦しそうな表情を浮かべる。
「どうすれば……どうすればこの呪いが解けるんだ……」
「一つだけ……方法があるの……」
「……え?」
「好きな人と……キスをすれば……治るって……魔法使いの人が……」
「分かった。君の好きな人は一体誰だい?僕が見つける!」
「私が好きな人は……レオンだよ……」
「……!」
「お願い……だから……キスを……」
キスをするシーンなんて台本にはなかった。
そもそも、呪いは魔法使いが持ってきた薬で治るはずだった。
とすると、真奈美の即興台詞だろう。
(おもちが来ているのは分かってる。どうせフリだと思ってるでしょ?顔を引き寄せて本当にするから見てなさい)
「レオン……お願い……」
「……分かった」
真奈美が目を閉じると、大翔が顔を近づける。
観客がドキドキするなか、おもちはゴクリと唾を飲みこむ。
顔が近づいていき、真奈美が引き寄せようとすると、大翔はその手を止めた。
(……え?)
真奈美が戸惑っていると、大翔はその場から離れる。
「レ、レオン……?」
「アリア。思ったんだけど、君にかかった呪いが僕の口づけで治るはずがないだろう。そんな呪いがどこにある」
「えっ……」
大翔は舞台を降りて、観客席の通路をゆっくり歩いて行く。
「アリアの呪いは僕には治せない」
「……えっ?えっ?」
大翔の突然の即興台詞に真奈美の戸惑いが止まらない。
「それは君自身が招いた呪い……『悪意』『悪行』『陰湿』。他人の気分を害したことで生じた呪い」
「……!」
まさか……バレている……?そんな……あの時の対面で関係は修復したはずじゃ……
「一度君を信じたのに……まだそんなことをしていたなんて……残念だよ……」
一歩ずつ進んでいく度に、真奈美との距離が遠ざかる。
「……一つだけ。その呪いを解呪する方法がある」
前に進んでいた大翔が、今度は横に向かって進み、列に乱入する。
そして……座っている一人の前に立ち止まり、手を伸ばす。
「おいで」
手が伸ばされた先にはおもちがいた。
「……!」
突然のことに戸惑いながらも、大翔の手を掴み、共に舞台へと向かう。
「誰よ……その子……」
「呪いで記憶喪失という言い訳は通じないよ。君は誰か分かっているはず。そして何か言うことがあるんじゃないか?」
「……!」
真奈美が怒りの表情で拳を握りしめる。
「怒っても無駄だよ。全て君が招いたこと。違う?」
「~~~!」
観客がどういうことだ?と、物語の展開に戸惑いながら舞台を見つめる。
「……ふざけないでよ」
アリアという役柄を忘れたのか、真奈美が大翔を睨みつける。
「なんで思い通りにいかないのよ……邪魔なのよ!いつもいつも!」
真奈美の怒号に、観客とおもちがビクッとする。
舞台横で見ていた匠も驚愕の表情で見つめる。
「なんで……なんで私じゃなくておもちを選ぶのよ!私の方が美人だし、両親も一流企業で働いてるし!
でもおもちはブサイクだし、母子家庭だし!どう見てもお金目当てじゃない!」
「……!」
……真奈美ちゃんの言う通りだ。私は真奈美ちゃんみたいに可愛くない。
お父さんがいない。それは事実。だったらそう思われても……仕方な……
シャキーン!
大翔が鞘から刀を抜いて、刃先が真奈美の首に触れようとしていた。
「……!」
「ふざけてるのはどっちだよ。容姿を馬鹿にして……家族を馬鹿にして……おもちちゃんのこと何も知らないくせに……偉そうなこと言うんじゃねぇよ」
怒りを堪えるように、刀を舞台から投げ捨てる。
「お前はおもちちゃんだけじゃない。おもちちゃんのお母さんも馬鹿にしたんだ。おもちちゃんのお母さんは大変な状況でおもちちゃんを育てたんだ。
それを侮辱したお前を……俺は許さない」
大翔の怒りの表情に、真奈美は怯えた表情になっている。
「もう一度聞く。何か言うことがあるんじゃないか?」
「……!」
真奈美がおもちの顔を見ると、おもちもなんと言ったらいいか分からず、戸惑っていた。
「……ごめんなさい」
真奈美が頭を下げたのを見て、観客はさらに戸惑う。
「止めます」
演出係の生徒が動こうとすると、匠が待ったをかける。
「止めたらダメだ」
「でも……」
「責任は僕がとる。だから動かないでくれ」
「……分かりました」
真奈美が頭を下げたのを見て、おもちは無言のままどうしたらいいか分からないというような表情をしている。
「……許す許さないはおもちちゃんが決めて」
大翔の言葉を聞いて、おもちは決心した。
「私にしたことは許します……でも……お母さんを侮辱したのは許しません!」
おもちは思い出す。自分を大切に育ててくれたことを……
保育園で迎えに来るのは最後。あまり贅沢はできない生活。
母親と遊ぶ時間は少ない。
寂しさはあったが、自分との時間を作ってくれていたのは今でも覚えてる。
仕事で疲れていると思うのに、自分と遊んでくれて……
これが食べたい!って言ったら作ってくれて……
学費を心配し、公立高校に進もうとしたら、光星学園でいいと言ってくれた母。
そんな母を侮辱した真奈美をおもちは許せなかった。
「……呪いは解けないね」
おもちの回答を聞いた大翔が、真奈美に呟く。
「おもちちゃんに許されない。その呪いを背負ったままこれから生きていくんだ。本当に申し訳ないと思っているなら、これからの行動で示して」
体育館がざわざわするなか、大翔はおもちの手を握って、舞台裏に向かって行く。
一度立ち止まり、目の前にいる匠に謝罪する。
「舞台を壊してしまってすみません」
「いいよ。大翔君は舞台を保とうとしていたじゃないか。君は悪くない」
匠は放送室に向かって声を出す。
「閉幕して!」
アナウンス担当の生徒が慌てて、マイクに向かって口を開く。
『これにて、舞台『禁じられた森の秘密』の上演を終了いたします』
「どういうこと?」
「アリアにこんな設定……あったっけ……?」
「あの子は何だったの?」
様々な憶測が飛ぶ中、舞台は終了した。
体育館を離れ、大翔とおもちは誰もいない休憩室に入った。
大翔が自販機でココアを買うと、おもちに渡す。
「どうぞ」
「……ありがとうございます」
両手でココアを受け取ると温かかった。
「あの……どうして私が真奈美ちゃんに意地悪されてるって分かったのですか?」
「真奈美《あの子》の友達が教えてくれたんだ」
―――台本を見ていた大翔が、舞台裏に向かおうとするとあの!と誰かが話しかけてきた。振り返ると、真奈美の取り巻きの子がいた。
「どうしたの?」
「その……お話したいことがあって……」
取り巻きの子は全て話してくれた。
真奈美がおもちに悪意のある行為を繰り返していること。
体育祭後のおもちの不登校は、真奈美が心を折ったから。
大翔に主演をお願いしたのは、自分に好意を抱いてもらうため。
そのために、色々な人を巻き込んだこと。
「……どうして話してくれたの?」
「もう……嫌なんです……こんなこと……したくない……」
取り巻きの子は涙を流しながら話す。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「……話してくれてありがとう」
大翔はハンカチを渡す。
「俺が何とかする。だから後でおもちちゃんに謝ってほしい。いい?」
「……グスッ。はい……」
―――「……そんなことが」
「もう大丈夫。おもちちゃんが酷い目に合うことはない。でも……一つ言いたいことがあるんだ」
大翔が真っ直ぐな目でおもちを見つめる。
「……これからは頼ってほしい。俺や河野、先生やお母さんを。おもちちゃんの味方は周りにたくさんいる」
「……!」
「これは約束。いい?」
「……はい!」
おもちは泣きながら答える。
「泣かないで。おもちちゃんの可愛い顔が台無しだよ」
「グスン……可愛くないですよ……」
「……ううん。可愛い。世界で一番」
それを聞いて、おもちの涙が止まる。
「これからは僕がおもちちゃんを守る。ずっと」
少し恥ずかしがりながら、大翔は唾を飲みこみ、口を開く。
「おもちちゃんのことが好きです。僕と……付き合ってください」




