97.荼毘
翌朝、静まり返った帝国の採掘場へ三度足を運んだ二人は、その中心地で静かに足を止めた。
マリアルザの『霧』が完全に晴れたことで視界は開け、無機質でありながら整えられたその一帯の環境が、ここが帝国の採掘場であることを改めて知らしめている。
ディジーはゆっくりとマキナの方へ向き直り、その顔をじっと見据えて語りかけた。
「マキナ、本当に良いんだね?」
それは惨状を隠す魔法を解いて良いのかという、最後の確認であり、マキナは冷たい空気を深く吸い込み、力強く頷いた。
その覚悟を見届け、ディジーは静かに目を瞑り「分かった……」と呟く。
細い手を持ち上げ、静寂の空間に、パチンッ!と軽快な指の音を響かせると、周囲の空気が一瞬にして凪いでいき、周囲の光景が薄皮を剥がすように視界へと広がっていった。
「ッ!!」
光景が完全に解かれ、あちらこちらに重なり合って倒れ伏す人々の姿と共に、鼻を突く強烈な死臭が辺りに漂い始める。
それは、戦場で数多の死を見てきたマキナでさえ、思わず口元を手で覆い直視を避けてしまうほどの凄惨な光景であった。
それでもマキナは、無意識に後ずさりそうになる両足にグッと力を込めて踏み止まった。
口元を覆っていた手を下ろして深く長く息を吐き出すと、目の前に広がる残酷な現実へと真っ直ぐに視線を据える。
ディジーの言う通り、亡骸は白骨化したものから腐肉が残るものまで、腐敗の進行には明らかな差異がある。
それでも、マキナの目に映るのは死の過程ではない。
理不尽に命を散らされた彼らの無念を想うように、マキナは悲痛に眉間を寄せてゆっくりと瞼を閉じると、頬に一筋の涙を伝わせ、深い黙祷を捧げた。
見ず知らずの人々へ慈しみを向けるマキナの姿に、ディジーも無言で隣に立ち、静かに目を閉じて彼女に倣う。
朝の風だけが吹き抜ける中、数分が経過したところでマキナは目を開けた。
「皆さんを弔ってあげなきゃ……」
「うん、じゃ始めようか」
続くようにディジーが袖を捲って動き出したため、マキナは思わずキョトンとした表情を浮かべる。
「……なんだいその顔は。昨日一緒に手伝うと言ったはずだが?」
心外だと言わんばかりのディジーに、マキナは慌てて首を振った。
「あ、えっと、ごめん!魔法の解除をしてくれる、って意味だと思ってたから……」
「なぁにぃ??それじゃ君が作業している間、ボクはそこら辺で高みの見物でもしてろと言うのかい??」
火に油を注ぐ発言になったことに気付き、マキナは両手で口を塞ぐと、その不器用な様子にディジーはやれやれと大げさにため息をついた。
「あのね、ボクは君の覚悟をちゃんと確認した上で魔法を解除したんだ。手伝うと言ったからには、ちゃんと最初から最後まで手伝うさ」
「……うん、ありがとう」
少し説教臭くなったが、確かな優しさは伝わったのだろう、マキナはホッとしたように相好を崩し、嬉しそうに頷いた。
「じゃあ……どこから始めよっか?」
「どこから?一気にやった方が早いだろう?」
ディジーが右手を頭上へかかげると、手首を中心に淡く発光する緑色の魔法陣が瞬時に展開される。
直後、一帯を包み込むようにブワッと強い風が吹き荒れ、無数の亡骸を重力に逆らうように一挙に空中へと浮かび上がらせた。
「ディ、ディジー!?そんな、風でまとめてなんて!!」
「安心してくれ、雑には扱っていないよ」
「だ、だからってこんな乱暴な……」
乱暴に巻き上げているではないかと非難するように眉を顰めた直後、その予想は良い意味で裏切られた。
竜巻のように見えたそれは、実際は何本もの柔らかな風の帯だった。
帯は一人一人の亡骸の下へ滑り込むと、まるで赤子を包むおくるみのように優しく包み込み、遺体同士が微かに触れ合うことすら許さず、羽毛のようにふわりと空へ浮かび上がらせていく。
「凄い……こんなに繊細で優しい風の魔法、初めて見た」
その神業に感嘆の言葉を零すと、ディジーは片手で魔法を維持したまま余裕綽々に話し始める。
「この時代の人からすればそうだろうね。近年の魔法は魔族との戦いを考慮して、攻撃の魔法ばかりが発展してしまったから」
そう話している間にも、今もなお多くの亡骸が、滑らかな風の軌道に乗り、空を滑るように移動させられている。
「君は知っているかい?魔法は元々、戦うための用途として用いられていたわけじゃないんだ」
唐突な問いかけに、マキナはかつて出会ったある人物の姿を重ね合わせ、その時の記憶と共に、自然と答えが口からこぼれ出た。
「えっと……人々の生活を豊かにするために、だっけ?作物を育てたり、そのために気温の調整をしたりとか……」
マキナがふと思い出すように口にすると、ディジーは驚いたように僅かに目を見開いた。
「……驚いたな。この手の話を振ってそう答えた人は今まで居なかったのに、まさか君が知っているとは……」
「そ、それって、私がそんな昔のこと知ってるわけないって意味!?」
小馬鹿にされたと勘違いして拗ねた様子を見せると、ディジーはおかしそうに笑って答えた。
「あっはっは!違う違う。もう誰もそういった過去を知らないというか、興味がなかったみたいだからさ。だから知っている人がいること自体に驚いたんだよ」
視線を宙の亡骸へと向け直すも、その口元には同好の士を見つけた子供のように楽しげな笑みが浮かんでいる。
「あ、でも私も知ってたわけじゃなくて、知識の受け売りなんだけど……」
「へえ、それでも珍しいね。その人は歴史の研究でもしてたのかい?」
「えっ?うーん、どうなんだろう。学者では無いって言ってたんだけど……ミステリアスな人だったからなぁ」
曖昧な回答にディジーは不思議そうに首を傾げるも、マキナの困惑ぶりからこれ以上は聞き出せないと判断し深掘りはしなかった。
「よし、この人で最後かな」
そうこうしている内に、ディジーは点在していた亡骸全員を空中で一箇所へと集め終えていた。
集積されたその数は地面に大きな暗い影を作るほどであり、可視化された死の質量にマキナは再び悲痛に顔を歪める。
「さて、と……」
ディジーは風の魔法を維持したまま、もう片方の手を掲げると、それに連動して宙に浮いていた遺体の群れがひらけた地面へとゆっくり降ろされていった。
「弔いの花一つも添えられなくて申し訳ないが、このまま火葬してしまおうか」
「えっ!?火葬しちゃうの?土葬とかのほうが……」
ディジーが空いた手の人差し指に小さな炎をボッ!と点火させると、予想外の提案を慌てて制止しようとする。
「気持ちは分かる。こんなところで無念の死を迎えた人達の肉体を焼くのは気分はよくないだろう」
心情的な抵抗を理解した上で、ディジーは「でもね」と冷静に続ける。
「ここは結界のある国内じゃない。これまでは拠点の周囲に兵がいて見守っていたかも知れないけどそれももういない。だから土葬にしてしまうと、一帯の魔物が土の中を漁ってしまうかも知れないんだよ」
極めて現実的な理由を聞き、マキナは「あ……」と声を漏らし、そこまで考えが至らなかった自分を責めるように、きつく拳を握りしめて俯いた。
「焼くのは確かに忍びないが、これだけ凄惨な命の落とし方をして、その上亡骸まで魔物に弄ばれる方が屈辱だと思う。だからせめて、ボク達の手でしっかりと送ってあげよう」
「……うん、そうだね」
現実を冷徹に見据えつつも、死者の尊厳を何よりも重んじてくれるその不器用な優しさに、マキナは静かに同意し、小さく頷いた。
「じゃあ、始めるよ」
ディジーが指先の炎を前へ弾くと、火種は亡骸の山の中央へと真っ直ぐに飛んでいき、届いた瞬間、ディジーの腕が真横に鋭く振るわれた。
それに呼応して吹き荒れた突風が火種を煽り、凄まじい勢いで燃え広がった炎は、巨大な業火の渦となって全ての亡骸を一瞬にして包み隠していく。
ゴォォォッと空間そのものを焼き尽くすような熱気が吹き荒れ、肌を焦がす熱波が辺りの空気を大きく震わせた。
ここで亡くなった方々がどんな人生を歩んできたのか、マキナは何も知らない。
それでも、無念の死を遂げた彼らの魂が少しでも安らかに天へと還れるようにと、マキナは肌を焦がす熱を感じるその炎の前に立ち尽くし、再び祈りを込めて静かに目を閉じた。
※後書きです
ディ「っていうか土葬って……そんな大きな穴、どうやって作るつもりだったんだい?」
マ「え?こう……地面に拳を叩きつけて……」
ディ「……」
本日もお読みいただきありがとうございました。
次回の更新は金曜日の朝7時頃を予定しておりますので宜しくお願いします。




