96.説明
ディジーの口から発せられた凄惨な事実に、マキナの顔からスッと血の気が引き、深い困惑の色に染まっていく。
「魔力を……吸い取った?なんで、何のためにそんなことを……?」
その激しい動揺はディジーも予め予測していたのだろう。
パチパチと薪が爆ぜる音だけを響かせるように敢えて一拍の間を置き、マキナを落ち着かせるようにゆっくりと口を開く。
「マリアルザがこの拠点の人々の魔力を吸収していた理由は分からない。人間の魔力を媒介にしてあの『霧』の魔法を発動していたのかもしれないし、深い理由はなく人間を殺すためだけに吸収していたのかもしれない」
ディジーの声音はひどく静かで、事実と推察を交えた淡々とした語り口に、マキナの荒くなっていた呼吸も次第に落ち着きを取り戻し、熱を持っていた思考が少しずつ静まっていく。
「どんなに知的に振る舞おうと、マリアルザも魔族だ。彼らは人を殺して命を奪う。拠点の人々を殺めたのだって、意味はないのかも知れないね」
「そっ、か……そうだよね」
理不尽な凶行をすんなりと受け止められるはずもないが、マキナは震える両手を膝の上で強く握り締め、必死に己の心を納得させようと努める。
だからこそ、この時のマキナには気付くことが出来なかった。
この話をしていた時だけ、ディジーが目を合わせようとせず、焚き火の炎へと顔を背けて語っていたことに。
「……なんであれ、マリアルザは撤退した。逃してしまったとはいえ相応の深手は負ったはずだ。暫くは悪さ出来ないさ。だから君も少し……」
「ディジー」
傷ついた心を労おうとするディジーの言葉を、マキナは静かに、だがハッキリと遮るように言葉を被せる。
「拠点の本当の状態、私に見せないようにディジーが隠してくれてるんだよね?」
その一言に、ディジーの身体が糸を切られた人形のようにピシリと固まり、やがて、ぎこちない動きでゆっくりと顔だけをマキナの方へ向けた。
大きく見開かれたその目を見れば、すでに答えは明らかだった。
それでもマキナが責めるでもなく優しく微笑み返すと、ディジーは深く息を吐き出し、観念したように項垂れる。
「……どうして、分かったんだい?マリアルザの魔法に乗せて、分からないように細工したつもりだったんだけど」
「うん、分からなかったよ、魔力だけじゃね。でも私、他の五感も結構鋭いんだ」
予想外の返答に、ディジーは己の失態と詰めの甘さを痛感していた。
「そっか……腐敗臭や死体の気配を感じ取ったのか……」
「うん。何回も見たりしてきたから、分かるようになっちゃったんだ」
そう語るマキナは口元にこそ笑顔を浮かべていたが、その瞳には深い悲痛の色が滲み出ており、その痛々しい強がりを前に、ディジーは胸を締め付けられるように眉間を微かに寄せた。
死臭や気配に至るまで、全てを巧妙に偽装していたマリアルザの隠蔽。
ディジーの技術ならば再現も可能だったが、戦闘の最中ともなれば、視覚と魔力痕跡を上書きするのが限界だった。
それは十分に常人離れした術式だったが、通常なら気にも留めない些細な違和感を、逃さなかったマキナの五感もまた、常人離れしている証であった。
「やれやれ……ボクがその辺りを見誤るとはね。まぁ、それが君ならば納得というか、仕方がないというか」
ディジーは大げさに肩をすくめ、そして両膝を揃えて立てると、それを細い腕で抱え込むようにして座り直し、膝に頬を当てながらマキナの方をじっと見つめた。
「それで……それを知って、君はどうしたいんだい?」
探るような視線で真っ直ぐに見据えられ、マキナは顔を逸らして揺らめく焚き火の炎に目を向けると、絞り出すように、ゆっくりと静かに答えた。
「弔って……あげたい」
その言葉に、ディジーは僅かに目を細める。
「……全員をかい?」
己の言葉がどれほど無茶な要求であるかは理解しているであろうマキナは、火の粉の舞う空を見つめ、僅かに躊躇った後で小さく頷く。
「ボクが把握した感じだと、亡骸の数は50近くある。それでもやるのかい?」
「うん、やる」
己の中で迷いを断ち切ったのだろう。静かだが、鋼のように芯の通った確かな声だった。
「戦場で亡くなった人は多く見てきた。でもそれは、戦って散る覚悟をしてきた人達だった……あの拠点の人達は違うよ。戦うために居たわけじゃないのに、命を弄ばれて奪われた。だからせめて、その亡骸くらいはちゃんと弔ってあげたいんだ」
その言葉の響きはどこまでも優しく穏やかだ。
『英雄』としての兜を外し、火照った顔を覗かせて話す姿は、ただの心優しい年相応の少女にしか見えない。
だからこそと言うべきか、ディジーの胸の奥底には、暗く冷たい怒りの炎がふつふつと湧き上がっていた。
無論、その矛先はマキナに向けられたものではない。
この心優しき少女にこれほど過酷な戦いを強い、その優しさを踏み躙る世界そのものへ向けた、暗く重い憎悪であった。
しかしそれを今ここで爆発させても何の意味もない。
ディジーはゆっくりとその黒い感情を腹の底へ飲み込んで小さく息を吐き出すと、手を伸ばしてマキナの頭をソッと撫でた。
「わ!え?な、何するのディジー!?」
「別に……ちょっと撫でたくなっただけだよ……」
突然の子供扱いに、マキナは最初こそ驚いた声を上げた。
しかしディジーの眼差しに深い慈しみの気配を感じ取ると、静かに体の強張りを解き、ゆっくりとその温もりを受け入れていく。
少ししてマキナの頭から手を離したディジーは、暗い岩陰の天井を見上げながら呟いた。
「あの拠点には今、ボクの結界が敷いてある。あのまま暫く放置しても魔物はおろか、魔族も簡単には近寄れないよ」
「え……い、いつのまに……」
彼女に何度も驚かされるマキナに対し、ディジーは少しいじわるそうな笑みを浮かべつつ続ける。
「だから彼らの弔いは、明日やろう。先ずは君もボクも、体と心を休めるのが先さ」
続けて発せられた言葉に、マキナはキョトンとした表情を浮かべた。
「もしかして、手伝ってくれるの?」
「当たり前だろう?一人でやったらどれだけの日にちが経つと思ってるんだい」
マキナの返答こそが心外だったのか、ディジーは今度はやや拗ねたように唇を尖らせる。
「君がそうしたいのなら、ボクは手伝うさ。その優しさこそが君たる所以だし、失ってほしくないからね」
後半の言葉は夜風に溶けるように小さくなり、マキナは聞き取れなかった。
それでも今この時は、隣に座るディジーの言葉と温かい存在が、マキナの確かな支えになっていた。
「ほらマキナ、明日やることは決まったんだ。なら今日はもう身体を休めることだね」
ディジーが軽く指を振るうと、どこからともなく清潔な厚手の掛け布が現れ、マキナの小さな身体を優しく包み込んだ。
マキナはまだ微かに気を張っていたが、全身を包み込む柔らかい温もりに、徐々に強張りを解いていく。
心身共にとうに限界を迎えていた肉体は抗えず、微睡みに誘われるように少しずつ瞼を閉じていった。
「ディジー……」
「ん〜?なんだい?」
寝る間際、マキナは小さく囁くような声でディジーに言葉をかける。
「ありがと……う」
そこでマキナの意識は途絶え、パチパチと鳴る火の音に包まれながら、ゆっくりと深い眠りに落ちていった。
岩陰に静かな寝息が響き始める。残されたディジーは焚き火に目を向けたまま、立てた膝に深く顔を埋めた。
「お礼なんて……ボクが君にしてしまったことに比べたら、必要ないくらいだよ」
炎に照らし出されたその顔は、飄々とした普段の姿からは想像もつかないほど、悲痛で辛そうな色に沈んでいた。
ディジーは最後に、己の指先に僅かに残るマリアルザの冷たい魔力の残滓へと視線を落とし、闇に溶けるようにソッと目を閉じる。
※後書きです
ディ「というかマキナ。それくらいの感覚があるなら、侵入した時点で気付けたんじゃないのかい?」
マ「……新しい魔力探知の感覚に浮かれちゃって……」
ディ「……教えたのボクだしなぁ……」
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