93.迷霧のマリアルザ⑥(挿絵有)
その予感がまるで無かったわけではない。
最先端を行く帝国の兵とはいえ、一介の兵卒が持ち得るには余りにも不自然な知識量。
マキナを導く的確なアドバイスや、表面的な技術ではなく魔法の原理そのものを突いたコツの提示。
気付くことが出来る判断材料は多くあった。
しかし、ハッキリと目の前に実体として映るヘーニオという存在は無視出来ず、踏み込むには至らなかった。
その答えが、いま目の前に広がっている。
プロディジー・マエストロ。
『エルゼルク王国』で突如マキナの前に現れ、すぐさま姿を消した天才。
国を出てから足取りを探していたその人物と、まさかこのような死地で再会するとは思いもしなかった。
「なんで……いや、じゃあこの人は……」
「ごめんよ、マキナ……騙してしまって心苦しいんだが……」
ディジーはマキナの直ぐ側まで歩み寄ると、パチンと指を軽快に鳴らす。
すると、マキナが抱き抱えていたヘーニオの姿がぐにゃりと歪み、次の瞬間、バシャッ!!と水の塊となって弾けた。
「ヘーニオという人物は、ボクが魔法で生み出した分身体のようなものでね。実在しないんだ」
「え……え?だって、ちゃんと温かくて……血もたくさん……」
腕周りに残る水を手のひらに残しながら、マキナは消え去ったヘーニオの事実に呆然としてしまう。
「まぁ、直ぐには受け止められないし理解できないよね。大丈夫、ちゃんとあとで説明するよ。今はそれよりも……」
マキナに優しく微笑みかけたのち、ディジーは辺り一面の霧と、今もどこかで身を隠しているマリアルザに意識を向ける。
「まずはあの性悪女を懲らしめる方が先さ」
口元には笑みを浮かべつつも、ディジーの瞳には明確な怒りの色が込められていた。
しかし、新たに敵が増えようとも、圧倒的な優位に立つこの状況で、マリアルザの余裕が消え去ることは無かった。
「うっふふふ……懲らしめる、と来ましたか。私の不意打ちを防げたことが、余程嬉しいご様子ですわね……」
マリアルザは妖艶な笑い声を上げながら、「ですが……」と続ける。
「どんな手立てを使おうと、この『霧』の中では私が絶対。懲らしめることはおろか、貴女は私を認識することすら叶いませんわ」
マリアルザの声は掴みどころなく、どこからともなく聞こえ、聞くものを惑わす。
先程までこの術中にハマっていたマキナは、警戒するように辺りを見渡すが、当然その姿は目に入らない。
しかしこの視界を奪われた状況下において、ディジーは尚も笑みを浮かべていた。
「さっき言ったこと、覚えてないのかい?『趣味の悪い退屈な三流のショーは終わりにしよう。ここからは、種明かしの時間だ』、ってね」
ディジーの言葉に対し、マリアルザは直ぐには答えず重い沈黙が降り下りる。
だがそれは余裕からくるものではなく、いつでも首を刈り取ってやろうという苛立ちを含んだ、ねっとりとした殺気のようなものだった。
「君さ、口にはしないけど気になってるんだろ?ボクがどうして、君に気取られずにこの場に辿り着いたのかを」
ディジーはどこにいるかも分からないマリアルザに向かって、手のひらを上にした状態で指を差す。
「それを聞かないのは、自分の魔法に絶対の自信があるからか、それともつまらないプライドからか……いや、その両方かな」
「御託はもう結構!種明かしなどというコケ脅しを披露する前に、その命、詰んで差し上げますわ!」
霧の奥から言葉を遮るようにして発せられた鋭い怒号に、ディジーはやれやれと言った様子で肩をすくめる。
「全く、気が短いねぇ。まぁとはいえ、ボクもこれ以上マキナが危険に晒されるのは本意では無いんでね。手っ取り早くいこうか」
マリアルザの剣幕に臆することなく余裕を見せるディジーは、マキナの前に広がる水溜りを指差す。
「これさ、見覚えないかい?」
ディジーの問いに、僅かな困惑が伝わってくる。マキナも思わず水溜りに視線を向けて考え込み、そして思い出す。
「これ……もしかして、私がマリアルザを殴りつけた時に出来た水溜りと同じ……?」
「!?」
「正解だマキナ」
マキナの言葉を聞き、見えないマリアルザが微かに息を呑む気配が霧を通して伝わってくる。
それとは対照的に、ディジーは確信に満ちた笑顔をマキナに向けて頷いた。
「この霧の中で、ボクは君と同じ手口を使って分身体を作り出した。これが何を意味するか分かるかい、マリアルザ」
「……あり得ませんわ。そんなこと出来るはずが……」
己の絶対の領域であったはずの霧が、不規則に脈を打つように揺らいでいる。
それは他でもない、マリアルザ自身が心の奥底で抱き始めた焦燥が、そのまま魔法に表れ出た結果であった。
そしてディジーは、ハッキリと告げる。
「ボクは君の手品を、種明かし済みということさ」
そう口にした後、ディジーは再びパチンと軽快に指を鳴らす。
本来ならばその小さな破裂音は、分厚い霧に吸い込まれて消える程度のもの。
しかし、ディジーの指先から放たれた音は『魔力の波紋』を伴い、目に見えない振動となって一帯の空間をビリビリと震わせた。
「君の魔法は三段構えだ。霧の中で光の明滅を用いて催眠効果を与え、その後、音を乱反射させてマキナの三半規管を激しく揺らす。そうすることで、相手に自分は幻覚魔法の使い手だ、と思わせる。狡猾だね、発想は悪くない」
まさに有言実行。
ディジーは先程言ったように、マリアルザの魔法の仕組みの種明かしを始めた。
「だが本質は違う。光も音も、君の本来の魔法を隠すためのカモフラージュでしかない。だから光や音に対策を施しても、君本来の魔法が刺さるわけだ」
ディジーの種明かしを聞いて、マキナは『マジック・チャフ』を自分にかけたにも関わらず、幻覚を見せられ続けていた先程の出来事を思い出していた。
「君が最も得意としている魔法は『水魔法』。この視界を奪う霧も、そして実体を伴う分身も、全ては細かな水の粒子を操って生み出したものだ。だから幻覚魔法を解いても分身は残り、相手はまだ幻覚の中にいると思い込むわけさ」
ディジーの言葉に、マリアルザは答えない。
しかしその重苦しい沈黙が、彼女の発言の正しさを肯定していた。
「さて、手品の種明かしはおしまい。次は意趣返しと行こうか」
ディジーが種明かしを続けている間も、彼女が指を鳴らして響かせた魔力の音が、尚も一帯の霧をビリビリと揺らし続けていた。
「君は他人を罠に陥れるために『音』を利用した。しかし君の霧も、その音が弱点であることは理解しているかい?」
音は徐々に振動の波を増し、更に強くなっていき、やがてマリアルザが生み出した霧に異変が生じ始める。
「これはボク個人の意見なんだがね。『音』を利用した時の光景は、こうやって『水を落とす』ことに利用した方が美しいと思わないかい?」
「……何を」
それまで沈黙を続けていたマリアルザから、不意に声が漏れ出す。
しかしそれは、先程までの他者を見下すような声ではなく、まるで未知の現象を前に狼狽する震えた声であった。
直後、彼女の絶対領域であったはずの濃密な白霧が、音波の振動に共鳴するように不自然にブルブルと震え始めた。
「さて問題だ。空中に浮かぶ細かい『水滴』に特定の音波をぶつけてやると、水滴同士が激しく衝突し合ってくっついてしまうんだ。すると、重くなった水はどうなると思う?」
ディジーの音魔法によって、空中に漂う霧の粒子が強制的に結合させられ、急速に質量を増していく。
空間を白く染めていた霧が、重みを持った水滴へと変質していくのがマキナの目にもハッキリと分かった。
「さぁ、答え合わせだ」
ディジーが冷たく言い放った次の瞬間、空中の霧が一斉に限界を迎え、ザァァァァッ!!と激しい大雨となって地面に叩きつけられた。
「わっ!?わわっ!?」
突然降り注いだ土砂降りの雨に、マキナは思わず頭を抱え、身を屈めてやり過ごそうとする。
周囲を覆っていた白い帳が一瞬にして泥水となって地に落ち、視界が完全に開けた空間の数十メートル先。
突如として発生した土砂降りの雨に打たれ、全身ずぶ濡れになりながらディジーを睨み付けるマリアルザの姿が、丸裸となって曝け出されていた。
「さて、三流手品師くん。ご自慢の手品の種明かしを食らった気分はどうだい?」
冷たい雨に打たれ、怒りのままにこちらを睨み付けるマリアルザに対し、ディジーは底冷えするような見下す声でそう告げた。
自らを『天才』と自称するディジー。その才能の片隅を、マリアルザに圧倒的な格の違いとして見せつけていた。
後書き
※後書きです
ども、琥珀です。
SW特別企画の六日目です!!
このまま25日まで連日更新しますので、宜しくお願いします!
「待って連休!!行かないで!!」
「お仕事がピンチなんだよ!!」
本日もお読みいただきありがとうございました。
次回の更新は明日の朝7時頃を予定しておりますので宜しくお願いします。




