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リヴァイス・リヴァイバル〜果てなき世界の調律録〜  作者: 琥珀
第1章 『The Maiden's Requiem』
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91.迷霧のマリアルザ④

────バシャッ!!



 マキナの拳が叩きつけられた先。


 そこには、血肉の感触も骨を断つ手応えも無く、ただマリアルザの形だけを模った不気味な水溜りが泥を跳ね上げているだけであった。



「……え?」



 目の前で起きた理不尽な光景を、マキナの脳が処理できない。


 たった今、自らの身体を犠牲にして魔力を乱し、確かに実体を組み伏せたはずのマリアルザの姿はどこにも無い。


 マキナは、確実にマリアルザの幻覚魔法を破ったはず。

 死に物狂いで実体を抑え込み、拳を振り下ろしたはず。


 それにも関わらず、泥だらけの眼下にあるのは、空しく波打つただの水溜りだけ。


 幻覚を破ったと確信していた自身の感覚が、根底から瓦解していく。


 もし、先程のチャフの炸裂すらも幻覚の延長線上の出来事であったなら、自分はもはや何一つ現実を捉えられていないのではないか。


 その瞬間、脳髄を直接かき回されるような強烈な頭痛と激しい眩暈が再び生じ、マキナは堪らずその場に蹲ってしまう。



 ぱち、ぱち、ぱち……



 マキナの現在地より少し離れた上方の位置から、ゆっくりと、薄気味悪いほどに整った手拍子の音が聞こえて来る。



「素晴らしい動きでしたわ。流石は人類の希望、『英雄』様、と言ったところでしょうか」



 ぐにゃぐにゃと揺れる視界を必死に堪え、マキナは耳障りな声のする方へと鋭く目を向ける。


 そこには、まるで特等席で観劇でもするかのように岩に腰掛ける、マリアルザの姿があった。



「ま、全て私の手のひらの上。即ち、無駄な足掻き♡でございましたけど」



 マリアルザの姿は、先程至近距離で見せていた角の生えたおぞましい魔族の姿ではない。


 それどころか、マキナが負わせたはずの傷はおろか、衣服に泥一つ、埃一つ付いてさえいなかった。



「なん……で……幻覚は、確かに無力化……したはず!!」



 必死に堪えようとするも、マキナの身体は糸が切れた操り人形のようにフラフラと揺れ、遂に冷たい地面に倒れ込んでしまう。


 しかしその瞳だけは、這いつくばってでもマリアルザから決して離さず、射殺すように睨み付け続ける。



「えぇえぇ、流石に少々驚かされましたわ。まさか自身の魔力を故意に乱し、自爆覚悟で私の幻覚を破ろうだなんて。そんな型破りで野蛮なことをしてきた者は、これまで一人もいませんでしたから」



 胸を激しく上下させ地面に這いつくばるマキナとは対照的に、マリアルザは退屈しのぎの遊戯でも眺めるかのように岩から足をぶらつかせ、涼やかな声で鈴を転がすように笑っている。



「貴方の魔法……は、音と……光の明滅を利用した、幻覚魔法……じゃ……」

「い(・)い(・)え(・)? 全(・)く(・)違(・)い(・)ま(・)す(・)け(・)ど(・)?」



 死線の中でマキナが導き出した答えを、つい先ほど誇らしげに肯定した筈のその仕組みを、マリアルザはまるでゴミでも払うかのように、なんでも無いこととして否定した。



「まぁまぁ『英雄』様? もしや私の言うことを、そのまま正直に信じたのですか? 貴方達が憎んでやまない、魔族(わたし)の言うことを?」



 マリアルザの無慈悲な問いに、マキナは答えられず、ただ悔しそうに、唇から血が出るほど強く歯噛みすることしかできなかった。



「アッハハハハッ!!これは滑稽!!いえ愉快ですわね!!貴方一体、今まで何と戦ってこらしたんですか!?魔族の言うことなすことが、全て裏表のない正直なことばかりだとでも!?貴方、魔族という生き物を何も理解されていらっしゃらないのですね!!アハッ! アハハハハッ!!」



 ギリギリギリッ! という不快な音が骨を伝って聞こえるほどに、マキナは強く歯を食いしばる。


 身を削って暴いたと信じていた魔法の正体も、決死の特攻も、全ては彼女の用意した遊戯の盤面での出来事に過ぎなかった。


 覆しようのない事実を突きつけられ、マキナの全身から急速に熱が奪われていく。



「さて、そんな可哀想なお馬鹿さんに、私から真実という救いの手を差し伸べて差し上げましょう」



 マリアルザは嘲笑をピタリと止めると、ゆっくりと岩から飛び降り、音もなく地面に着地する。


 そして手に持っていた扇子をパサリと閉じ、細い指をパチンと高く鳴らした。


 すると、マリアルザの周囲から、一帯に立ち込めていた不気味な白霧が嘘のようにサァッと晴れていく。そして霧の向こう側に広がっていたのは……



「は……え……?」



 マキナが最初にこの採掘拠点を見た時の、活気に満ちた平穏な日常風景。それとは完全に真逆の、死に絶えた空間。


 眼前に果てしなく広がっていたのは、無惨にも白(・)骨(・)化(・)し(・)た(・)死(・)体(・)の(・)数(・)々(・)で(・)あ(・)っ(・)た(・)。



「これが、貴方の求めた現実(リアル)にございます」



 冷たくそう告げると、マリアルザはマキナと最初に出会った時のように、仰々しく優雅に頭を下げた。



「ハ……ハッ……ハァッ……ハァ!!」



 地面を握る拳の力が強くなり、爪が肉に食い込み、怒りで全身がガタガタと震える。


 しかし限界を超えた肉体がそれに全くついていかず、マキナの呼吸はドンドンと浅く乱れていく。



「ち、違う……これは……これが! お前が見せている幻覚だ!!」

「えぇえぇ、認めたくありませんよね。ご自身の命を懸けて私を倒し、ここにいる全ての命を救いに来たのに。その全てが既に失われ、腐り落ちているという残酷な現実を」



 マリアルザは倒れ伏すマキナに向かってゆっくりと歩き始め、少し離れた位置で足を止める。


 そして、足元にあった泥に塗れた頭部だけとなった人骨を、靴の先でその人骨をマキナの顔の前へと無造作に蹴り飛ばした。



「ほら、どうぞその手で直接お確かめ下さい? 貴方が命を懸けて救おうとしていた、哀れな方ですわ」



 ゴロン、と音を立てて、マキナの目の前に虚ろな目をした人骨が転がる。


 既に意思などない筈のその黒い眼窩が、マキナの無力を恨めしそうにじっと見つめているような、そんな恐ろしい錯覚をしてしまう。



「触ってみてはいかがですか? 死臭を嗅いでみてはいかがですか? それは私が作り出した都合の良い幻などではなく、全て、冷たく硬い、絶対的な『現実』にございます」

「ハァ……ハァ……ハァッ!! ハァッ!!」



 沸き上がる怒りの奥底から、冷たい泥水のような後悔が全身へと回っていく。


 もしこの地獄が現実なのだとすれば、彼女が命を懸けて守ろうとしたものは、とっくの昔に土へと還っていたことになる。


 誰一人として救えなかったという事実が、どんな鋭い刃よりも深くマキナの胸を抉っていた。



「なん……で、あんな……生きているような光景を……」

「そちらは貴方も予測がついているのでは? 外部の人間から覗かれた時に、すぐに怪しまれないようにするためです。万が一にも、国規模の軍隊で一斉に来られると流石の私も面倒ですからね」



 それはヘーニオが実際に予測していた内容そのもの。


 しかし、人間を生かしておいて働かせていると思っていた状況と、既に皆殺しにして全滅していたという状況では、天と地ほどの雲泥の差がある。



「これでも、それなりにちゃんと手間暇かけていますのよ? 生きたまま記憶を吐かせて、その日常の動きを、私の魔法で作った光景に精密に再現させて……お陰様で、随分と長い間誰にも気付かれずに済みましたわ♡」



 続く強烈な眩暈と、脳を割るような頭痛。しかしマキナが立ち上がれない理由は、肉体的な限界のそれだけではない。


 自分が命を張って守り抜こうとした全てが、最初から存在しなかったのだという残酷な答え。


 それが鉛のように重く全身にのしかかり、マキナの足から再び立ち上がるための理由を根こそぎ奪い去っていく。



「どう……して、こんな……酷いことを……! 一体、何が目的で……」

「私達のことを今更人間に話す理由が見つかりませんわね。ただまぁ敢えて説明するならば……」


 マリアルザは心底不思議そうな顔を作り、虫の息となっているマキナの顔を覗き込むようにして言葉を続ける。


「貴方はこの惨状を酷いこと、と喚き散らしていますが、人間共(あなた方)も何の罪もない家畜の命を理不尽に奪って食し、そうして生きながらえているのでしょう?」



 鉄扇を開き、口元を隠しながら、マリアルザは何でもないことのように続ける。



「私達は、その狩る対象が人間であるだけ。狩られる側の家畜から、とやかく言われる筋合いはありませんわ」



 語られた内容は、これまでのようなふざけた軽い口調ではなく、魔族としての絶対的な優位性を示す冷酷な事実であった。


 違う、人間は家畜じゃないと言い返したくても、絶望に支配されたマキナの口はヒューヒューと嗚咽を漏らすだけで、反論の言葉を紡ぐことはない。


 自らの実力を最大限に発揮し、直感と知恵を振り絞り、全てを投げ打って全力を尽くしても、初めから終わりまで、全てはマリアルザの掌の上。


 圧倒的な上位捕食者から突きつけられた、価値そのものを否定する理屈に、もはや怒りも屈辱も湧き上がらない。


 幾多の絶望を打ち払ってきたはずの『英雄』の眼差しから、静かに、そして確実に、反逆の光が失われていった。



「さて、思いの外愉快なショーは十分に楽しませていただきましたし……今度こそキッチリとトドメ、宜しいでしょうか?」



 晴れていた不気味な霧が再びマキナの周囲に立ち込め始め、同時に、無惨に亡くなった人々が、泥に塗れた亡者の姿となって立ち尽くしていた。


 彼らは一斉にマキナに向けて、恨み言と怨嗟の声を呪いのように囁き、そしてその手には、採掘用のピッケルなどの武器が固く握られた状態で……。



「では『英雄』様、これまでの無駄な抵抗、大変ご苦労様でございました」



 マリアルザの刃を持った手が鋭く振り上げられ、マキナの首へと無慈悲に振り下ろされようとした、まさにその瞬間であった。



「えぇ、趣味の悪い退屈な三流のショーは終わりにしましょう。ここからは、種明かしの時間です」



 濃い霧の奥底から、一人の人影が、重い足音と共にゆっくりと現れた。

後書き

※後書きです



ども、琥珀です。


SW特別企画の四日目です!!

このまま25日まで連日更新しますので、宜しくお願いします!


もう台風はこりごりだあぁぁぁ!!


本日もお読みいただきありがとうございました。

次回の更新は明日の朝7時頃を予定しておりますので宜しくお願いします。

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