81.違和感
ヘーニオとともに『アリヴェント』で荒野を駆け抜け、辿り着いた次の魔石採掘拠点は、昨日の惨状が嘘のように静まり返っていた。
巨大な岩壁に囲まれた土地には無数のテントが整然と張られており、争ったような痕跡は一切見当たらない。
外見上は、完全に無事であることが見て取れた。
マキナはその平穏な様子に、張り詰めていた胸を撫で下ろして深い安堵の息を溢す。
しかし、操縦者であるヘーニオは拠点までまだ距離がある岩陰で唐突に『アリヴェント』の推進力を切り、砂塵を立てて地面に着地させた。
「ヘーニオさん……?」
「…………」
何故こんな手前で降りたのかと尋ねるマキナの声に、ヘーニオは拠点を真っ直ぐに見据えたままピクリとも動かず返事をしない。
ただの沈黙かと思いきや、マキナがよく耳を澄ませてみると、彼の分厚いフルフェイスのマスクの奥からブツブツと何かを小声で呟いているような、不気味な音が漏れ聞こえてきた。
「ヘーニオさん、どうしたんですか? 拠点は、まだもう少し先ですよ?」
不審に思い再度声をかけると、ヘーニオは弾かれたようにハッと我に帰り、マキナの方を振り返った。
「あ、す、すいませんマキナ様。実は、このマスクに備わっている魔力感知の機能に微かな反応がありまして、その確認に意識を取られていました」
ヘーニオから告げられた言葉に、マキナは驚いて目を見開いた。
すぐさま自身の意識を研ぎ澄まし、目の前の拠点へ向けて全方位の『魔力感知』を全力で展開する。
しかしどれだけ細心の注意を払い、空間の魔素の揺らぎを探っても、マキナの研ぎ澄まされた感覚には何の異物も引っ掛からなかった。
「……何も、感じ取れませんが」
帝国の最新技術を頭から疑うわけでは無いが、マキナも戦場を生き抜くための「目」として、実戦の中で極限まで研ぎ澄ませてきた自負がある。
それだけに、自身の感覚が無反応であるにも関わらず、機械のマスクが微かな反応を捉えたという事実が、マキナには到底受け入れられなかった。
「念には念を、ですマキナ様。ここへは元々、ガディール様からの書巻に書いてあった『魔族の魔力の調査』で来ているのですから。警戒して損はありません」
「それは……そうですね、仰る通りです」
マキナも相乗りして待機していた『アリヴェント』から地面へと降り立ち、自身の油断をヘーニオに素直に謝罪する。
しかし、そのやり取りの中で、マキナはふと小さな疑問を抱いた。
「(あれ……私、あの書巻の詳しい内容って、ヘーニオさんに話したっけ……?)」
あの書巻は、受け取る直前まで厳重に封がされており一瞬困惑したが、マキナはすぐに疑問を打ち消した。
そもそもヘーニオは、レオーニと共にその重要機密である書巻を運んできた小隊の一員だ。
大まかな任務の目的くらいは、出発前にガディールや上官からある程度聞かされていたのだろうと思い直し、それ以上深く勘繰ることはしなかった。
「それで、何をするんですか?」
警戒を解かずにマキナが問うと、ヘーニオはフルフェイスの目のレンズ部分のダイヤルをカチカチと弄りながら答えた。
「魔族の魔力操作や魔法技術は、我々人間の常識とは桁違いに卓越しています。人が複雑に意識して行う工程を、彼らは息をするように自然にこなします」
「それは、嫌というほど知っていますが……それと、今の魔力感知のズレにどんな影響が?」
ヘーニオは手元の作業を止め、今度は腰に下げた腹部のポーチ袋をゴソゴソと漁り、何かを探し出しながら解説を続ける。
「つまり高位の魔族は、空間に残る軽微な魔力の残滓なら、周りの環境に同化させて限りなくゼロに消すことが出来るということです。例えばそれが、物理的な破壊を伴わず、標的の内部にひっそりと働きかけるもの……『精神感応魔法』のような類なら尚のことです」
ヘーニオの淡々とした推測に、マキナは背筋を凍らせた。
もし彼の言う通りなら、自分は探知を過信し、無防備に罠のど真ん中へ足を踏み入れていたことになる。
見えない敵の異常な技術力への恐怖と同時に、平和な外観に騙されて油断していた己の未熟さを深く恥じた。
そして何より、僅かな違和感から万全の警戒を敷いたこの一介の帝国兵の、異常なまでの知識と経験に底知れぬ感心を抱いていた。
「まぁそうは言っても、魔族にとっての絶対的な強さの証は『魔力の総量』です。彼らは本能的に己の魔力をひけらかして、周囲に強さを誇示しようとする。だから、わざわざ魔力を極限まで隠しての陰湿な闇討ちなんて、本来はあまりしない性質なんですよ」
己の戦闘経験を振り返り、マキナは静かに納得した。
確かにこれまで対峙した魔族は皆、威嚇するように強大な魔力を垂れ流しており、戦い慣れてからは逆にそれを利用して敵の位置を把握していたからだ。
これまでの経験則の裏付けをいとも簡単に解説してみせたヘーニオの知識に深く感銘を受けるマキナだったが、同時に、一介の帝国兵がどうしてここまで精通しているのかという小さな疑問も芽生え始めていた。
だが、その不自然さを問いただす前に、ヘーニオはゴソゴソと探っていたポーチの中から、目的の物を見つけ出した。
「あったあった。これを使えば、より正確な状況を把握できます」
「……それは?」
ヘーニオが取り出したのは、彼の手のひらにすっぽりと収まるサイズの、金属製の厚みのある丸い計器のようなものであった。
計器の中央には円形の透明なガラス板が嵌め込まれており、その内部には、黒い砂のようなものが密閉されて入れられている。
「これは『チェルカマナ』と言います。この内部に入っているのは、ただの砂ではありません。大気中に溶け込んでいる魔素に強く反応する、特殊な鉱石を細かく削って砂状にしたものです」
ヘーニオがマキナの顔の高さまで計器を持ち上げ、ガラス越しに中を確認させると、内部の黒い砂鉄のようなものは、まるで磁石に引かれるように、あるいは見えない意思を持つ虫の群れのように目の前の拠点側に向けてジワジワと蠢いていた。
「ご覧ください。ただの風の揺らぎとは違って、鉱石の砂が不自然に波打っているでしょう?これは周囲の魔素が均一に漂っているのではなく、あの拠点の方角から、意図的に編まれた微弱で均質な魔力の流れ……つまり『魔法』が発生しているということを視覚的に表しています」
「……それは、つまり」
マキナがその不気味な砂の動きの意味を理解し、緊張した面持ちで尋ねると、ヘーニオは重々しく小さく頷いた。
「ええ。今、無事に見えるあの拠点には、何らかの高度な魔法がかけられている可能性が極めて高い、ということです」
ヘーニオの懸念は最悪の形で当たり、外見上は平和に見える目の前の拠点もまた、既に魔族の恐るべき手中に収まってしまっていたのだ。
「……一体、なんのための魔法が」
「ここまで魔力の痕跡を薄くし、対象の内部にのみ作用させる技術となると、さっき言った『精神感応魔法』であることは間違いないと思います。問題は、その発動条件ですね」
「発動条件……?」
再度のマキナの問いに、ヘーニオは拠点の方を向いたまま、ガラスの計器を眺めて答える。
「精神感応魔法は、対象の意識を奪うという強力な効果を持つ分、術者にも厳しい発動条件が課されていることが多いです。相手の自我を完全に破壊し、意のままに支配するレベルにまで至るとなると、対象と至近距離で長時間視線を合わせる必要がある、などですね」
ヘーニオの理路整然とした説明に、マキナは思わず納得して深く頷いてしまう。
「あ、では今言った条件というのは……」
「我々も不用意に踏み込めば、その罠にかかりかねないため、気をつける必要があるという事です。対象の自我を奪うのではなく、恐怖心を煽る、あるいは幻覚を見せるといった、人の無意識に浅く働きかける程度のものなら、拠点の敷地内という『範囲指定』だけで発動を済ませていることも十分にあり得ますから」
この短いやり取りの中で、次から次へと魔法に関する新しい知識の扉を開かれたことで、マキナは改めて、魔族が操る魔法というものの底知れぬ奥深さと恐ろしさを痛感させられていた。
一方でヘーニオは、手に持った計器を見つめたまま、再びマスク越しに小声でブツブツと不可解な呟きを始め、何事かを深く考え込んでいるようであった。
現状、魔力感知が機能しないマキナに出来ることは何も無い。
寧ろ、魔法の知識がない彼女がイタズラに動くことで、却って事態を悪くしかねないため、息を潜めて大人しくヘーニオが次の案を出すのを待ち続けた。
程なくして、不気味な呟きがピタリと止むと、ヘーニオは勢いよくマキナの方へと振り向き、両手をパンと打ち鳴らし、威勢のいい声で言い放つ。
「よし! このまま突っ込んで進みましょう!!」
※後書きです
ども、琥珀です。
9月になって少し気が抜けたのか、何か身体がダル重……
眠くて眠くて仕方ないです……
本日もお読みいただきありがとうございました。
次回の更新は金曜日の朝7時頃を予定しておりますので宜しくお願いします。




