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リヴァイス・リヴァイバル〜果てなき世界の調律録〜  作者: 琥珀
第1章 『The Maiden's Requiem』
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6.祭事

 ラヴィスと邂逅した日から明けた翌日。


 銀の防具に刻まれた微細な傷を丹念に研磨しつつも、マキナの意識は昨日の柔らかな温もりに囚われていた。



「ラヴィスさん、本当に素敵な人だったなぁ……」



 磨き布を動かす手つきと回想を交互に繰り返し、数時間もの間、ただ静かに意識を浮遊させていた。


 不意に窓から差し込む鋭い陽光が網膜を焼き、マキナは深い沈思から弾かれたように我に返る。



「……お日様が、もう真上まで来てる」



 無意識に零れた呟きが静まり返った室内に響き、彼女は己の失態を悟ってハッとした。



「あっ!! も、もうお昼!? 嘘でしょ!?」



 朝食後すぐに整備に取り掛かったはずが、時計の針は無情にも二時間以上の歳月が溶け去ったことを示していた。



「うわぁ!! せっかくの貴重な休みが、こんなに勿体ないことに!」



 一度苛烈な戦場へ身を投じれば、次にいつ安息が訪れるかは誰にも分からない。


 たった一日の休日をただ甘い感傷に耽って浪費するのは、戦士である彼女にとって惜しい損失であった。


 昨日の買い出しで重みを増した籠から食材を取り出し、マキナは小走りで調理場へと向かう。



「野菜は冷たい水で洗い流して、サラダにしよう。お肉の味付けは……シンプルに、岩塩だけでいいかな」



 手慣れた動作で肉を切り分け、熱した鉄板に落とすと、芳醇な脂の香りと共に激しく爆ぜる音が響き渡った。


 肉が焼き上がるまでの僅かな間に、瑞々しい葉菜を刻み、白い皿へと高く盛り付けていく。


 香ばしく焼けた肉を分厚いパンに挟み、湯気が立ち昇る皿を両手に携えて窓辺の机へと運んだ。


 椅子を引き、静かに両の手を合わせて、そっと瞼を閉じる。



「ーーーいただきます」



 幼い頃に教わった通り、食事の儀式として神への慎ましやかな感謝を捧げる。


 それは鉄錆と血の匂いが漂う戦場の喧騒とは無縁の、穏やかで尊い少女としてのひとときであった。


 献立自体は質素なものだったが、腰を据えて味覚を楽しむ余裕があるだけで、今のマキナにとっては至上の幸福であった。


 食器を速やかに洗い終え、再び窓際の席に腰を下ろす。空腹を満たすために急いで食事を済ませたものの、特に片付けるべき義務があるわけでもない。


 窓の外に広がる平和な情景を眺めながら、彼女の意識は再び、自己の内面へと深く沈み込んでいった。


 終わりの見えない戦争、平和への渇望、民の歓声、そして積み上げられる無数の犠牲。


 思考の海に漂う自分は、いつだって冷たい拳を固く握り締めていた。


 破壊が好きなわけではない、だが、戦わなければ大切な平穏を得ることはできない。


 ――そして、それを成し遂げるだけの力が、自分には備わっている。


 人々は明日への不安を消し去るための平穏を求めている。だからこそ、理外の力を持つ自分が剣を振るい、希望の象徴であることを強く望まれている。


 その重責に不満はない、生まれた瞬間から、それが自分に課された宿命であったから。


 ……けれど、静寂の中でふとした瞬間に、胸の奥底で澱んでいた本音が溢れ出す。



「……わたし、戦うこと以外に、何も持っていないんだな……」



 吐き出された自嘲気味な言葉が耳に届いた瞬間、マキナの胸には鋭い痛みが走った。


 頬杖を突き、震える口元を強く手で押さえ、それ以上の言葉が零れぬよう必死に抑え込む。


 それでも、脳裏に浮かび上がるのは、昨日出会った一人の女性の姿。


 メイド服を纏い、太陽のような笑みを向けてくれた――ラヴィス。


 人類最強の英雄、マキナ。その名を知らぬ者は、この国にはほとんど存在しない。


 たとえ兜で素顔を隠していても、名を告げれば人々は狂喜し、伝説として祭り上げるだろう。


 逆に魔族に名を名乗れば、それは即座に恐怖や憎悪へと変容し、凄絶な殺し合いが始まる。


 英雄マキナという名を聞いた他者の反応は、例外なくこの極端な二択のどちらかに集約されていた。


 ーーーだが、ラヴィスだけは違っていた。


 彼女はマキナの名を聞いても、卑屈な驚きも過剰な畏れも、一切見せなかったのだ。



『────マキナ、とても素敵なお名前ですね!』



 その声音は今でも鮮やかに蘇り、彼女の心を揺さぶる。


 英雄としてではなく、『一人の少女』として名前を褒められたのは、彼女の人生において初めての経験であった。


 思い出すだけで、鎧に守られていないはずの胸の奥が、じんわりと心地よい熱を帯びて温かくなる。



「……また、あの人に会いたいな」



 ぽつりと小さな願いを呟き、再び視線を外界へ向けると、遠く広場のあたりがにわかに活気づいていることに気づいた。


 神経を研ぎ澄ませて耳を澄ませると、市民たちのささやかな祭事が賑々しく行われているようであった。



「……ラヴィスさん、もしかしたら来ているかな」



 祭りが目的ではなく、ただ彼女の姿を探すために足を運ぶのは、どこか不純で気が引ける思いもあった。


 けれど、この狭い部屋でただ鬱々と座り続けるよりはマシだろうと、自分に言い聞かせるように立ち上がる。


 重い腰を上げ、部屋の扉を開けようとしたそのときーーーふと、最悪の可能性が脳裏を過った。


 もし、自分の正体を隠しながらも、不測の事態に対処せねばならなくなった時のために。


 昨日、衝動的に購入した精巧な仮面を手に取り、マキナはそっと安息の部屋を後にした。






●●●






 祭りは街の中心部で、素朴ながらも温かい活気に包まれて開かれていた。


 出店の数は決して多くはないが、高らかな歌声や踊りが絶えず、平和を謳歌する賑わいは街の隅々にまで満ちている。


 その幸福な光景を眺めながらも、マキナの視線は無意識に、群衆の中に紛れているはずの特定の影を探し求めていた。



「……やっぱり、そう簡単には居ないか。こんな小さな祭りだもんね」



 目的の人物が見つからず、かえって落ち込んでいる自分に気づき、気合を入れるようにぺちぺちと頬を叩いた。


 そして無理やり気を取り直すと、香ばしい匂いを漂わせる近くの出店に立ち寄った。



「これと、これと……あと、この大串の焼き肉もください!」

「おっ、嬢ちゃん豪快だねぇ! 一本おまけしとくから、たっぷり食べて元気出しな!」

「わぁ! ありがとうございます!」



 威勢の良い店主から手渡された焼き肉にかぶりつきながら、マキナは再び雑踏の中を歩き出した。


 大人も子どもも、明日への不安など微塵も感じさせない楽しげな笑い声を上げている。


 その生命力に満ちた音の奔流に包まれて、ようやくマキナの強張っていた頬にも、自然な笑みがこぼれた。



「(良かった……みんな、笑ってる。ちゃんと私、この笑顔を守り抜けているんだよね)」



 最後の一本を満足げに食べ終え、次の露店を物色しようとしたその時――ふと、視界の端にそびえ立つ外壁が映り込んだ。


 それは、この国の“外”に蔓延る絶望からの侵入を拒絶する、決して越えてはならない境界線。


 昨日、ラヴィスが手を差し伸べたあの少年は、まさにその壁の向こう側から来た『異物』であった。


 もしあのとき捕まえたのがマキナたちではなく、規律を重んじる衛兵であったなら……少年は今頃、重い処罰の鎖に繋がれていたことだろう。


 国家を保つために非情な線引きを設けるのは、統治として間違いではないと、マキナも理性では理解している。


 それでも、どうしても考えてしまうのだ。


 あの少年のような無垢な子どもたちが、今もなお剥き出しの死に怯えながら、壁の向こう側の地獄で生き延びているという現実を。


 自分は安全な壁の内側で、こうして呑気に祭りを楽しんでいる。


 昨日の出来事があまりに鮮烈であったがゆえに、その理不尽な格差にマキナの胸は鋭く痛んだ。


 果たして、自分のような“英雄”に、これほどの贅沢を享受する権利が許されるのだろうか。


 そう自問した瞬間、胸の奥底がズキリと疼き、逃れようのない罪悪感が込み上げる。


 今すぐにでも戦場へ戻るべきではないかーーーそんな強迫観念が頭を過るが、マキナは激しく首を振ってそれをかき消した。



「(せっかく、もらえた休みなんだ。今は一度、全てを忘れなきゃ……)」



 無理やり思考を切り替えようと努め、再び華やかな露店の方へと足を向けた、そのときであった。


 肌を直接刺すような、ピリリとした異質な感覚が背筋を走る。


 マキナは戦士の本能に従い、咄嗟に振り返った。



「(今の感覚……魔力?でも普通の人間が持つものとは、明らかに質が違う……)」



 感じ取れたのは、瞬きほどの一瞬。だが、それは紛れもなく強固な意志を持った魔力の波動であった。


 魔族特有の禍々しい気配に、マキナの全身が戦闘態勢の緊張で一気に固まる。



「(……まさか、魔族!?)」



 索敵の意識を集中させるが、獲物となるべき殺気立った気配は、既にどこにも感じられなかった。



「(……わたしの勘違いかな。この辺りは魔物の素材も流通してるから、それに反応しただけかも……でも……)」



 論理的な可能性を模索するが、心臓の奥に残る不協和音は、どうしても拭い去ることができない。


 最悪の事態を想定し、マキナは警戒の視線を鋭く巡らせた。


 祭りは相変わらずの賑わいを見せ、目に見える異変は何ひとつとして存在しない。


 魔力の残滓を辿るか迷っていると、大通りの喧騒の中から突然、割れんばかりの怒号が上がった。


 反射的に、一瞬だけ意識をそちらへ奪われてしまう。


 前方には巨大な人だかりが形成されており、その中心部で、誰かが血相を変えて激しく絶叫しているようだった。


 ほんの刹那の停滞である。


 だが、マキナが意識を再度向けたときには、すでにその残滓は跡形もなく消えていた。


 その異変に僅かに違和感を感じるも、目前で響き渡る民衆の声もまた、英雄である彼女にとって無視できるものではなかった。


 一瞬で優先順位を切り替え、マキナは騒乱の渦巻く人だかりの方へと弾丸のように足を向けた。

※後書きです






ども、琥珀です。


お気づきになられた方はいらっしゃいますでしょうか?

実は作品に副題を付けました


タイトルだけだとニュアンスが伝わらないのではないかと葛藤し、サブタイトルを付けるに至った次第です


と言っても明確に伝わりすぎる副題は作風と合致しないため避け、世界観と目的が分かる程度のものに留めました


これで少しでも多くの方の目に留まると良いな、と思います


本日もお読みいただきありがとうございました。

次回の更新は来週月曜日の朝7字頃を予定しておりますので宜しくお願いします。


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