49.対キメラ⑪
ミアリーのその発言が耳に届いた瞬間、マキナは即座に戦闘の余波で砕け散っていた、自身の背丈ほどもある瓦礫を片手で持ち上げ、頭上高く放り上げた後に落下してくる塊を思い切り殴り抜いた。
轟音とともに瓦礫は粉々に砕け散り、無数の破片となって『スカイ・ブラー』へと襲い掛かる。
当然ながら致命的な損傷を与えるほどの威力はないが、破片が空間を埋め尽くし、『スカイ・ブラー』の視界をわずかに遮った。
ほんの一瞬、それだけで十分で、それが狙いであったからだ。
マキナは地面を蹴り、一息のうちにミアリーのもとへと駆け寄ると、その身体を抱き上げたまま『スカイ・ブラー』との距離を一気に引き離した。
「すいませんマキナ様。お待たせしました」
シモンが思わず声を上げたほどの移動速度にもかかわらず、ミアリーはほとんど表情を変えぬまま静かに言う。
「いえ、まだ三分も経っていないのに調整を終えていただきありがとうございます。少し苦戦しそうでしたので助かりました」
マキナが腕の中からミアリーを下ろすと、彼女は手にしていたロッドを握りしめ、自力で身体を支えて立ち上がる。
「マキナ様の申し付け通りの魔法は、いつでも行使できます。ただ、あのキメラの動きとマキナ様のタイミングに合わせるとなると、無防備になる時間が長くなる可能性が高まります」
魔法に距離は関係なく、基本的に指定した座標へ直接展開される。
だが発動の瞬間は魔力に集中する必要があり、術者はどうしても隙を晒すことになるため、距離を取って戦うのがセオリーだ。
しかし『スカイ・ブラー』がその隙を何度も見逃す筈もなく、加えて『スカイ・ブラー』は超音波を放つ能力を持つ。
物理攻撃ならともかく、至近距離で超音波を受ければ、さすがのマキナでも動きを止められる可能性があり、見過ごすことのできない問題だった。
「ではこうしましょう」
マキナは一瞬の逡巡もなく答えを出した。
まずミアリーを背中に背負うと、非常時用に常備していた紐で自身の身体とミアリーの身体を手早く結び合わせていく。
「……なるほど。距離を取ることで生じる隙を、マキナ様と行動を共にすることでなくす、合理的な解決方法ですね」
どこか嬉々とした雰囲気で頷くマキナに対し、ミアリーは遠い目をしながら状況を受け入れた。
「ですがマキナ様……」
「はい、どうしました?」
「鎧が硬くて痛いです」
「……なるべく早く討伐します」
背中越しに伝わる鎧の硬さを容赦なく味わいながら、ミアリーは痛みに耐えつつ小さく頷いた。
「貴方の身の安全は私が全て守ります。ですから、貴方は魔法にのみ集中していただいて大丈夫です」
強く、そして凛とした言葉に呼応するように、揺らいでいたミアリーの意識が静かに定まり、『スカイ・ブラー』へと集中していく。
「いけますね?」
「はい」
マキナの胸元でロッドを握るミアリーの手は、かすかに震えていたが、その声色には迷いは感じない。
それを信じ、マキナは静かに告げた。
「では、始めて下さい」
「……『中級・風魔法』!!」
ロッドの先端に魔法陣が展開され、淡い翡翠色の光が空間へと広がると、粒子状となった魔力が空中へ散布され、『スカイ・ブラー』の周囲を取り囲むように漂っていった。
【キ゛ッ゛!?】
次の瞬間、散布された魔力の粒子が一斉に風へと変わり、四方から吹き荒れ始め、乱れた気流が『スカイ・ブラー』の飛行を強引に妨げていく。
空を飛ぶという行為は、翼の上下を流れる気流の速度差が生み出す『揚力』に依存しており、『ウイング・バット』の飛行能力を持つ『スカイ・ブラー』といえども例外ではない。
その飛翔は、翼面を撫でる空気を層流として精密に制御することで成立しているが、『アル・ヴェント』が生み出したのは、その繊細な調和を乱す風。
ミアリーが引き起こしたのは、指向性を持たない不規則な激流、つまりは『乱気流』。
翼に流れ込む空気は途切れ、砕かれ、絡み合い、『スカイ・ブラー』は飛行の支えを失い、揚力を喪失した身体はそのまま為す術もなく重力へと引きずり込まれていく。
「空を飛ぶ魔物は、力で打ち落とすのではなく原理を破る。飛行する魔物との基礎です」
すでに落下地点へと到達していたマキナは、そう呟きながら拳を握り締めた。
「(このまま殴りつければ、その衝撃が背後のミアリーさんにも伝わって負荷がかかってしまう。衝撃が背後へ抜けないように、線ではなく円を意識して……)」
これまでのように拳を突き出すのではなく、脚を軸として身体を回転させ、側面から振り抜く構えを取る。
そのまま腰から肩へ、肩から腕へと力を流し込みながら、軌道を円へと収束させていく。
「(殴る!!)」
振り抜かれた拳が『スカイ・ブラー』を直撃し、衝撃が面となって広って、『スカイ・ブラー』の全身が波打つようにしなりながら弾き飛ばされていく。
「(今度は羽ばたけてない。手応えはあった)」
舞い上がった土埃の向こうで、ぼやけていた輪郭が徐々に形を取り戻していき、砂煙が薄れるにつれ、『スカイ・ブラー』の姿が露わになる。
腹部はマキナの拳を受けて無惨に陥没し、歪んだ肉の隙間から紫色の体液が滲み出していた。
口元から滴り落ちたそれは地面へと落ち、黒ずんだ土をじわりと濡らしていく。
「(ダメージは入ってる……!これならあと一撃で仕留められる!!)」
まだ『ヴェノム・ストーカー』との戦闘が控えている以上、長引かせる余裕はなくマキナは一気に決着をつけるべく、地面を蹴って距離を詰めた。
【キ゛ィ゛……イ゛ア゛ア゛ア゛!!!!】
直後、『スカイ・ブラー』が翼を大きく振るい、叩きつけられた風圧が地面の砂を巻き上げ、大量の土埃が一瞬にして空間を満たしていく。
視界は完全に奪われ、互いの姿は見えなくなり、その隙に、『スカイ・ブラー』は保護色を利用して姿を消した。
「マキナ様」
「大丈夫、気配は感じてます!!」
砂塵の中でも集中を切らさず、マキナは『スカイ・ブラー』の気配を捉え続ける。
だが───
「えっ!?」
その気配が、あまりにも急激に接近してきたため、マキナの足が一瞬止まってしまう。
やがて砂埃が薄れていくと同時に、『スカイ・ブラー』の姿が浮かび上がり、マキナの察知は正確であったことを示していた。
『スカイ・ブラー』はすでにすぐ目前にまで迫っていた。
ただしそれは、飛びかかる姿勢ではなく、巨大な翼を広げ、マキナ達を包み込むように覆いかぶさる体勢だった。
受けた損傷から再度の飛行は危険、もしくは不可能だと判断したのだろう。
だが地上戦に持ち込めば優位を失うことも理解しており、だからこそ、『スカイ・ブラー』は一撃決着へと賭けた。
飛翔のためではなく包囲のために翼を使い、拡げた翼で空間を閉じ、音に指向性を与え、自身の放つ超音波を内部へと収束させる。
マキナ達を中心とした一点へ集中させるための、巨大な反射板として翼を用いたのだ。
【キ゛ィ゛ィ゛ィ゛……!!】
すでに超音波は発射体勢に入っている。
この距離、この密閉空間、何倍にも膨れ上がったこの一撃を受ければ、ミアリーはもちろん、マキナでさえ無事では済まないだろう。
己の能力を極限まで引き出した起死回生の一撃が、今まさに解き放たれようとしていた。
「予想外ではありましたが、想定内です」
だが返ってきたのは、あまりにも静かな声。その声に真っ先にミアリーが反応し、背負われたまま素早くロッドから魔法陣が展開される。
「『上級』・反音魔法」
危険を察知した『スカイ・ブラー』は即座に超音波を放ち、何倍にも増幅された波動が密閉された空間を満たし、逃げ場を完全に塞ぐ。
それは回避不能の必中必殺となる───はずだった。
しかし直後、『スカイ・ブラー』の感覚は途絶え、視界は白く塗り潰され、触覚も聴覚も判別できない。
超音波を放ったはずの口元すら、何の感触も伝えてこない。
「先程の飛行能力と同様に、『ウイング・バット』の超音波にも対応策があります」
にもかかわらず、たった今攻撃したはずの相手の声だけが、はっきりと耳に届く。
「超音波は音です。ですから、跳ね返すことも可能です。」
ミアリーが放ったのは、振動を倍加させて送り返す共鳴魔法、『レゾン』。
『スカイ・ブラー』が翼を閉じ、蓄積した衝撃波を解き放った瞬間、展開された魔法の壁がその波動を真正面から受け止めた。
その壁は衝撃を消し去るものではなく、音の波と同じ形の魔法波を重ね合わせ、その振幅を数倍へと増幅させる魔法式。
増大した衝撃波は巨大な槌となり、放たれた軌道をそのまま逆流していく。
衝撃波は逃げ場を失い、自らの翼で空間を閉じていた『スカイ・ブラー』のもとへ、増幅された自らの咆哮が雪崩れ込む。
それは自分の叫びを閉じ込めた箱の中に、爆弾を投げ込まれたにも等しい威力で、反射した波動は翼の内側でさらに乱反射を繰り返し、逃げ場のない破壊の連鎖を生んだ。
誇るべき翼は皮肉にも、その『音爆弾』を余すことなく受け止めてしまったのだ。
「魔物としては非常に厄介な組み合わせでしたが、能力単体で見れば対処は容易でした。彼女が調整を終えるまで慎重になり過ぎたのが、仇となりましたね」
内側から脳を揺さぶられ、平衡感覚を完全に砕かれた魔獣は、自らが放った殺意の残響に呑まれながら、黒い塵となって崩れ落ち、やがて跡形もなく消滅した。
※後書きです
ども、琥珀です。
投稿準備してて思ったんですが、「あれ?『スカイ・ブラー』こんな短かったっけ」となってます
もうちょい長いと思ってたんですが……書いてると長く感じるんですが、実際はこんなに少ないのか……と、ちょっと切なくなりました……
本日もお読みいただきありがとうございました。
次回の更新は明日の朝7時頃を予定しておりますので宜しくお願いします。
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