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リヴァイス・リヴァイバル〜果てなき世界の調律録〜  作者: 琥珀
第1章 『The Maiden's Requiem』
34/35

33.咆哮

 それは周囲の大気を物理的に震わせ、堅牢な石造りの建物の壁さえ軋ませるほどの咆哮だった。


 人間の喉から放たれる「声」という概念を遥かに超越した、理外の獣のような遠吠え。

 華奢な少女の体躯から放たれたとは到底信じがたい、暴力的なまでの圧力波が、静まり返った辺り一帯を激しく揺るがした。



『────ッ!!??』



 しかして、その効果は絶大であった。


 猛然と牙を剥こうとしていた二体の『パック・ハウンド』は、不可視の衝撃に打たれたように突如として足を止め、耳を低く伏せたまま四肢を震わせ、石像のように硬直する。


 先ほどから同胞が次々と一方的に屠られていく様を目の当たりにし、この魔物たちの本能の奥底には、マキナに対する絶対的な『格の違い』が刻み込まれていた。


 その根源的な畏怖を極限まで刺激し、増幅させたのが、マキナの放った今の咆哮である。


 それは彼女が死闘の中で記憶に焼き付けた、変異体『ボルム』の威圧から導き出した解答であった。


 あの巨躯がマキナを屈服させるために放った、大地を揺るがす威嚇。その「敵の武器」を、今度は自らの生存戦略として完璧に模倣することで、彼女はこの絶体絶命の窮地を力技で脱したのである。



「……~ッ!! ゲホッ!!」



 だが、その対価はあまりに苛烈。四足の魔物は、初めから咆哮を上げるための構造としてその喉が最適化されている。

 しかし、数多の進化を経て言語を紡ぐための繊細な器官へと変じた人間の喉は、本来、一帯を震わせるような雄叫びを上げるには適していない。


 マキナが放った咆哮は、身体強化魔法でその構造的欠陥を無理やり補強したに過ぎず、溢れ出した余剰なエネルギーの反動は、容赦なく彼女の肉体内側を蝕んでいた。



「(喉が……潰れた。肺も、右側が半分ほど破裂している……!!)」



 呼吸を試みるたびに、引き裂かれた喉から熱い血が滲み出し、胸腔内を焼くような激痛が神経を苛む。

 喉の奥からは、肺に逆流した血がゴロゴロと不吉な音を立てて鳴っており、肉体が限界を超えて崩壊しつつあることを絶え間なく警告し続けていた。


 破損した肺は十分な空気を取り込めず、脳への酸素供給が滞る。

 歪む視界。天地が反転し、足元が溶けていくような眩暈。意識の火が、マキナの手から零れ落ちようとしていた。


 だが彼女は、自らの舌を千切れるほどに強く噛み締め、その激痛によって暗転しかけた意識を強制的に現実へと繋ぎ止める。

 更なる苦痛を伴いながらも、尚揺らぎ続ける視界の先。崩落しかけた家屋の残骸が目に映る。


 その壁に、剥落防止のために巻き付けられていた無骨な鋼の鎖が視界に入った瞬間、考えるより早くマキナの手はそれを掴み、強引な膂力で引き抜いていた。



「ん゛……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」



 破れた肺と潰れた喉。もはや言葉にすらならぬ、掠れた獣のような叫びを上げつつ、彼女は重厚な鎖を渾身の力を込めて投げ放つ。


 放たれた鋼の蛇は鋭い唸りを上げて空気を切り裂き、硬直していた二体の『パック・ハウンド』の身体へと、幾重にも複雑に絡みついた。



「ふ゛ん゛ッ゛!!」



 絡みついた鎖の端を掴み、マキナは両腕に残された強化魔法の全出力を注ぎ込み、力任せに引き寄せる。


 その圧倒的な怪物的人功には、優れた身体能力を有するはずの魔物すら抗う術を持たず、二体の巨躯は無様に地を擦りながら、強制的にマキナの間合いへと引き摺り込まれた。



「ッ゛!! ~ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」



 鎖の緊縛により身動き一つ取れなくなった魔物に、もはや抵抗の機会など残されていない。

 マキナの拳が鋭く突き出され、絡みついた鎖ごと、その肉体を根こそぎ穿ち砕いた。


 致命的な一撃を心臓部へ受けた魔物は、最後の断末魔を上げる暇すら与えられず、その場から不気味な黒い粒子となって風に散り消えていった。



「ぅ……ゲホッ!! ゲホッ!!」



 魔物が完全に塵と化して消滅したことを網膜に刻みつけた途端、マキナは糸が切れたようにその場に崩れ落ち、激しく咳き込んだ。


 既に自動的な肉体の再生魔法は起動しているものの、胸の奥を圧迫する不快な重みは一向に収まる気配がない。


 込み上げる吐き気と、溺れるような息苦しさに耐え切れず、マキナは口元を覆っていた仮面の固定を外す。

 そして震える拳で自らの腹部と肺を強く圧迫し、気道に詰まっていた凝固した血を無理やり体外へと吐き出した。



「ン……グッ!! オエェェェ、ッ!!!」



 ぶち撒けられた吐瀉物には、鮮血だけでなく、機能不全を起こした胃から逆流した胃液までもが混ざり込んでいた。

 荒々しい呼吸のたびに喉が鳴り、先程の無謀な咆哮がいかに致命的な負担を肉体に強いたかを雄弁に物語っていた。


 両手両膝を石畳につき、過呼吸による独特の痺れが指先にまで伝わるのを感じながら、マキナはただ、自己修復魔法が肉体の損壊を埋め立てるのを、孤独に待つしかなかった。


 やがて一分も経たぬうちに、超常的な再生は完了し、喘いでいた呼吸も徐々に落ち着きを取り戻していく。


 深く、肺の隅々まで新鮮な空気を吸い込み、吐き出したあと、天地の平衡感覚が戻ったことを確認して、マキナはゆっくりと立ち上がった。


 視線の先には、突然の襲撃と『英雄』の凄惨な戦い振りに怯えつつも、奇跡的に無傷で留まっている人々の姿があった。


 致命的な負傷者の影はなく、その事実に安堵したちょうどその時。壁の調査に当たっていた兵団の若手たちと、グラッブが現場へと駆けつけてきた。



「マキナ様、遅くなりました……!!魔物は!? お怪我はありませんか!?」



 真っ先に声を上げたのはグラッブだった。先程痛めていた足には手際よく応急処置が施されており、歩行に支障はなさそうであった。



「現れた魔物はすべて撃退済みです。怪我も心配ありません、()()()()()()|た《・」



 マキナの感情を排した淡々とした返答に、グラッブはわずかな違和感を覚える?

 その視線がマキナの足元、彼女の背後へと移った瞬間、石畳に不気味に広がる、今しがた吐き出されたばかりの血の跡が、鮮明に目に飛び込んできた。


 到底「怪我はない」で済まされる量ではない血の痕跡。

 マキナが再び、誰にも頼らずに自らの命を削って事態を収拾したことを察し、グラッブは苦渋に満ちた表情で目を伏せざるを得なかった。



「今回の魔物は個体数が少なかったため、私一人で対処が可能でした。ですが、敵がわざわざ対処可能な小規模で魔物を出没させる戦略的意味はありません。おそらく、今回の魔物の孵化は、本来の計画から外れたイレギュラーな事象だったと推測されます」



 冷徹に状況を分析するマキナ。つい先ほどまで死線を彷徨っていたとは思えぬ落ち着いた口調に、兵団の若者たちは息を呑む。



「逆に言えば、ほんの僅かな外部刺激やきっかけで、蒔かれた魔物の種は芽吹いてしまう臨界点にあるということ……我々に残された猶予は、想像以上に少ないかもしれません」

「では、我々も直ちにその種の捜索と除去の任務を……」



 グラッブの進言に、マキナは静かに、しかし断固として首を振った。



「その役割は、この後到着する予定のダンクさんたちに任せます。皆さんには衛兵と緊密に連携し、全住民の避難誘導と二次被害への厳重な警告を最優先で進めていただきたいのです」



 その指示に、兵団の若手たちは不安げに顔を見合わせた。



「それはつまり、今後の戦闘のすべてをマキナ様お一人の肩に委ねる、ということになり兼ねませんか」



 一人で戦地へ赴き、一人で傷つき、一人でその痛みを背負い込む。


 彼らの胸に去来する、英雄への依存に対する根源的な懸念を、グラッブが代弁するように言葉に込めた。

 だがマキナは、これに対しても静かに首を横に振った。



「『ボルム』との戦いも、先程の『パック・ハウンド』との戦いも……確かに、私は看過できない傷を負いました。しかし、本来の戦闘において、()()()()の魔物を相手に私が不覚を取ることはあり得ません」



 淡々と、事実のみを語る彼女の姿に、兵たちは困惑を深めて再び視線を交わした。



「……お言葉ですが、現にマキナ様は……」

「心配は理解しています。結果として、私の肉体が損壊したのは事実です」



 グラッブが言葉を継ぐ前に、マキナはさらに静謐な言葉を重ねた。



「しかし、キチンと理由があります」

「……お聞かせください」

「――想定外の、保護対象の存在です」



 その事務的な、しかし重みのある言葉に、兵団たちの表情が引き締まる。



「『ボルム』との戦いでは、避難が遅れた母子を逃がすために注意を引きつけ、防御不能な一撃を肉体で受ける選択をしました。先程も、逃げ遅れた人々が進路を塞いでいたために、彼らを巻き込まぬよう身を削る無謀な行動を取らざるを得ませんでした……もし、私が守るべき対象を考慮せず、純粋な戦闘だけに意識を集中できていれば、私は無傷のまま完勝できたと断言できます」



 真っ直ぐにグラッブを見据える、揺るぎない瞳。その眼差しには一片の迷いもなく、己の武力に対する冷徹なまでの自負が込められていた。



「正直に申し上げれば、今から種を除去し始めたとしても、すべてを間に合わせる可能性は低い。種は十中八九、国全体に蒔かれているはずです。私たちが全容を把握するには、あまりに時間が足りない」

「であれば、尚更我々も微力ながら戦力として……」

「だからこそです」



 グラッブの言葉を制し、マキナはこれまでにない強い意志を宿した声で告げた。



「皆さんには、完璧な避難準備を進めていただきたい。魔物が現れたその瞬間、皆さんが人々を安全な場所へ導き、守り抜いてくれていれば、私は何者も顧みることなく、心置きなく全霊で戦えます。

 私が無理をして盾になり、無益に傷つかなくて済むように……そのために、貴方たちの力を貸していただきたいのです」



 背後にはまだ、怯えながら事態を見守る住民がいる。それでもマキナは、僅かに仮面の固定をずらし、信頼の証として、自らの素顔の一部を彼らだけに見せた。



「お願いします。私を英雄としてではなく、一人の戦士として、十全に戦わせてください。……どうか、私に力を貸してください」

※後書きです



ども、琥珀です。


先日アナウンスさせていただきました通り、昨日序章をブラッシュアップして改稿しました!


内容や展開に差異はありませんが、序章に登場していたキャラを少し増やし、またセリフやら情景やらを増やしました


なので、以前より親近感をもって読めるようになったかな?と思います

是非ご一読ください!


本日もお読みいただきありがとうございました。

次回の更新は水曜日の朝7時頃を予定しておりますので宜しくお願いします。


評価やブックマーク登録、リアクションも大変励みになります。


もし面白い!面白そう!と思っていただけたら是非宜しくお願いします!

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