34.連携
マキナの言葉を受けてから、各陣の動きは実に素早かった。
グラップを筆頭とする兵団達は即座に散開し、近くを警備していた衛兵達へと駆け寄ると、避難指示の伝達を求める。
突然の知らせに衛兵達は一瞬こそ戸惑ったが、マキナの指示であること、そして朝方の襲撃を思い返したのか、すぐに動きへと戻っていった。
一方で、避難が進み、人の姿がまばらとなった地区には、役所の所員達が多数集まっていた。マキナの命を受け、国内に植えられた『種』の回収にあたっているのだ。
魔法の扱いに慣れていない者も多かったが、魔力感知の魔道具を用いて補いながらの作業は予想以上に効率が良く、人海戦術も相まって広範囲の調査が迅速に進んでいた。
その光景を、再び鎧と兜を身に着けたマキナは、周囲を見渡すために登った家屋の屋根から静かに見下ろしていた。
「(……私一人の力じゃ、ここまで手は回らなかった。ううん、それ以前に、そもそも『種』が魔物を生む仕組みにすら気付けなかった)」
人々が役割を分担し、互いを支え合いながら作業を進める姿を見て、マキナの脳裏にイグニヴァの言葉が再びよみがえる。
『そういうのは“適材適所”って言うんだよ。魔法の発展が必要だと思うなら、魔法が得意なヤツに相談すりゃいい。
自分で解決しようとする努力ってのは、何も“周りに頼るな”って意味じゃねぇからな』
静かに瞳を閉じ、その言葉を胸の内で噛みしめた後、マキナはゆっくりと目を開け、小さく頷いた。
「(イグニヴァさんの言葉……今なら少し納得できる。私は、自分に出来ることは全部自分ですべきだと思ってた。それ自体は、きっと間違いじゃない)」
だが、眼下の光景を眺める中で、マキナの胸中に新たな理解が芽生え始める。
「(でも、“全部一人で抱える”という意味じゃない。イグニヴァさんの言った通り、出来る人に頼ればいい。その上で、私は私にしか出来ないことに全力を尽くす。それが、私のためであり、皆のためにもなる……私は、その当たり前を分かっていなかった)」
リベル達との旅路でイグニヴァから教わった考え方は理解していたつもりだった。しかし――心がそれを受け入れてはいなかった。
誰かに役割を任せることを、許されてこなかったからだ。
その頑なな心を揺らしたのは、先ほど出会った女性、プロディジー・マエストロである。
見た目も言動も強烈であったが、マキナに最も衝撃を与えたのは、その卓越した魔力操作だった。
結界の構築・把握の術を知っていたというだけではない。それを自力で行いながら、マキナの魔力の流れすら掌握して見せた。
それは、マキナの常識を覆すほどの技巧。戦闘能力は未知数だが、緻密な魔力制御となれば、マキナは確実に彼女には及ばない――それほどの差を、痛烈なほど理解させられた。
初めて自分より“上”がいると、はっきり思い知らされた瞬間であり、だからこそマキナは託すことを選べた。
避難誘導、そして可能な限りのリスク排除のための“種の除去”を。
その甲斐あり、マキナはわずかながら休息をとることができ、以前よりもずっと神経を研ぎ澄ませることができている。
たとえ種の回収中に魔物が孵化したとしても――今の自分なら、即座に対処できる。
そう確信できるほどの集中力と静かな闘志が、マキナの中に満ちていた。
その一方で、マキナは懸念点について、頭の片隅で張り巡らせていた思考をそっと掘り下げていく。
「(結局、種を運び込む手引きをした人物の正体は掴めてない……魔族によるものかと思ったけど、結界は正常だったから侵入は不可能)」
より鋭さを増した魔力探知だけに頼るのではなく、街並みに視線を滑らせながら、マキナは静かに思考を重ねる。
「(となると、種を運び込んだのは人の仕業ってことだよね。それなら人の魔力しか吸わない種を運び込んで、祭り用の種だと偽って蒔くことは可能……)」
だが――あの日、祭りの場で確かに感じた魔族の魔力。
その記憶が思考の流れを鈍らせ、辻褄が合わない箇所が生じたことで、マキナの胸に薄い影を落とした。
そのとき、出会った女性の言葉がふっと脳裏に灯る。
ーーー結論が成されれば、過程もまた成されている
「(……どういう状況であれ、種が撒かれているのは事実。そして、種が運び込まれた“過程”も確かに存在する)」
プロディジーの言葉を借り、バラバラの情報を丁寧に繋ぎ合わせていく。
ーーー発想は悪くない。ならば変えるべきはやり方さ
「(……私は人が種を運び込んだと決めつけてた。何故?結界は魔族や魔物を通さないから。結界が正常である以上、これは絶対……でも魔族の魔力は感じた……)」
胸中の疑問を拾い集めては並べ直す。その繰り返しの中で、マキナの思考はふと一点に辿り着いた。
「(……運び込んだのは人。でも、その意思は無かったとしたら?)」
小さな仮説が立ち上がり、一本の線がぼんやりと浮かび上がる。
「(魔族は魔力の扱いに長けていて、それでいて狡猾。直接的な戦闘が長引いている今、絡め手を使うのは十分あり得る)」
プロディジーの示した『考え方』が、さらに次の答えへと導く。
「(種を密入できるのなら、わざわざ土に蒔く必要なんてないはず。それを人の魔力だけを吸わせるよう細工して、土壌に蒔かせた上で襲撃を狙うなんて……あまりにも回りくどい)」
遠かった道筋が、わずかに形を伴い始める。
「(つまり……逆に言えば、その回りくどい手順を踏まなければ、ロゼルス王国の中に種を“運び込むこと”すら出来なかった)」
形を成した情報が積み上がり、ひとつの『答え』が姿を現す。
「(運び込んだのは人。でも、運び込ませたのは魔族だとしたら……今回の一連の謎が全部繋がる)」
その結論に至った瞬間―――街の一端で、淡い光がぱっと弾けるのが視界の端に映った。
「『マキナ様!!種の一部が……!!』」
その直後、マキナの脳内に『魔水晶』による通信が響き渡った。
「大丈夫、もう向かってます」
思考に集中していた最中でも、マキナの意識は鋭く澄みきっていた。
発光と、種から孵化した魔物の魔力反応を感知した瞬間には、身体はすでに動き出している。
距離にして百メートル弱。家々が立ち並ぶ街区を直線で進めない分、普通の人間なら十秒以上はかかるだろう。
しかしマキナは屋根から屋根へと軽やかに駆け、わずか三秒で現場に到達した。
「(『グラウム・ビースト』!!)」
高速で移動しながらも、視界に映った魔物を一瞬で識別する。
『グラウム・ビースト』は背を覆う岩板のような殻が幾重にも盛り上がり、乾いた土色の皮膚がひび割れた大地を思わせる。
太い四肢が地面を踏みしめるたび、低い振動が走り、突進を受ければ家屋も押し潰される様が容易に想像できた。
鼻先の鋭い角は短いながらも凶悪で、真正面から受ければ人間の身体など紙のように貫かれるだろう。
圧迫感すら覚えるその姿は、まるで大地そのものが怒りに身を震わせ、形を得て暴れ出したようだった。
「(孵化したのは3……いや、物陰にもう1体。4体かな?)」
空中で身を翻し、ブレもなく地面へと着地する。
「(数は多くない……けど『グラウム・ビースト』の突進を4体同時に行われると厄介。街への被害は抑えたいし……)」
『グラウム・ビースト』たちは荒い鼻息を吐き、すでに臨戦状態に入っていた。
マキナ、または仲間の一体でも動けば、四方向から一斉に襲いかかってくるだろう。
「すぅ〜………」
それでも、マキナの心は微動だにしなかった。
「はぁ〜……」
深く息を吸い、長く吐き出して気持ちを整えると、ゆっくりと瞼を開き、4体の魔物たちを鋭い眼光で射抜く。
その瞬間、歴戦の戦士にしか纏えない凄烈な気迫が街路に満ちた。獰猛であるはずの『グラウム・ビースト』でさえ、わずかに身を引くような仕草を見せる。
「ま、マキナ様……」
怯えた声を上げたのは、この場所で種の捜索を行っていた所員だった。
魔物の脅威を直接前にすることなど滅多にない彼らにとって、この状況は恐怖以外の何物でもない。
「大丈夫です」
マキナは短く、しかし確信に満ちた声で答えた。
「(道は狭くて一直線。突進は避けにくい……けど、この周辺はもう避難が済んでる。突然人が出てくる心配もない)」
それだけで、マキナの胸の内に広がる緊張は大きく変わった。
守るべき人がすでにいないという事実が、心の負担を軽くし、集中をさらに研ぎ澄ませる。
「(時間はかけない。最速で鎮圧して、被害も出さない!!)」
マキナは握り拳を固め、低く身構えた。目の前の4体と同じく、彼女もまた完全な臨戦態勢へと入る。
※後書きです
ども、琥珀です。
マキナが劇中で、他人に頼ることを覚え始めましたが……
実はそれが出来ていないのは筆者本人だったりします……
あんなこといいな……
出来たらいいな……
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