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リヴァイス・リヴァイバル〜果てなき世界の調律録〜  作者: 琥珀
第1章 『The Maiden's Requiem』
33/33

32. 出現

「(魔物!? まさか、もうあの種子が芽吹いたっていうの!?)」



 つい先ほどまで一片の殺気も、不吉な魔力の揺らぎさえなかったはずの路上に、飢えた狼型の魔物――『パック・ハウンド』が音もなくその姿を現した。



「(そうか……! あの種が喰らうのは人の魔力だけ。だから完全に成長して顕現するまで、私の魔力感知を巧妙に擦り抜けていたんだ!!)」



 魔力感知には、網のように広く浅く索敵を広げる方法と、針のように狭く深く対象を暴く方法の二種類がある。


 前者は索敵範囲こそ広大だが精度に欠け、後者は隠蔽された真実を精密に読み取れる代わりに、膨大な魔力と極限の集中を要する。


 マキナは常に過酷な戦場に身を置く宿命ゆえに、日常から最低限の感知を全方位に張り巡らせ、不測の事態に備えている。


 しかし、今回はその長年培ってきた「戦士の習慣」が、皮肉にも最悪の形で仇となった。


 潜伏しているはずの魔族による逆探知を極度に恐れ、あえて深い感知を封じていたことが災いし、結果として忌まわしき芽吹きの直前までその存在を察知できなかったのだ。



「(……失敗した! 魔族の動向を伺うよりも、まずは街に潜む種の汚染を炙り出すべきだった!!)」



 裂けるような後悔が胸を締めつけるが、マキナは自らの両頬を強く叩き、火花を散らすような衝撃で直ぐに雑念を断ち切った。



「(後悔するのはあと! 今はこの絶望から、一人でも多くの安全を守ることが最優先!!)」



 幸いにも、突如として現れた魔物の異形に群衆の注意が奪われている今なら、彼女自身の正体にまで視線は集まっていない。


 マキナは素早く懐から取り出した仮面を装着し、地味なローブの裾を乱暴に整え、英雄の素性を徹底的に隠匿する。



「(数はまだ十体にも満たない……! これ以上の混乱が街中に広がる前に、ここで全てを仕留める!)」



 鋭い牙を剥き出しにした魔物が、震える一人の女性に跳びかかろうとした瞬間、マキナの強靭な身体は思考よりも先に爆ぜるように動いていた。

 

 一閃―――。


 真空を切り裂くような打撃音が響き、『パック・ハウンド』の一体が原型を留めぬほど粉砕され、黒い不吉な靄となって空中に霧散する。


 間一髪で死の淵から救われた女性は、その場に尻もちをついたまま、呆然と目の前で揺れるローブの背中を見上げていた。



「お怪我はありませんか?」



 瞬時に駆け寄り、泥に汚れた手を差し伸べるマキナ。女性は喉を震わせ、今にも消え入りそうな声で答えた。



「は、はい……あ、あれ……? まさか……マキナ、様……?」



 素顔こそ隠しているとはいえ、一度戦闘となればその光景だけでもマキナであると、分かる人には分かってしまう。


 一瞬の迷いののち、仮面の奥でマキナは小さく、しかし断固として頷く。

 女性の表情には、死から遠ざけられた安堵と、今朝の惨劇を再び想起させる激しい怒りとがないまぜになって浮かんでいた。



「……すぐにここから離れてください、残りの魔物は私がここで全て抑え込みます」

「は、はい……で、でも……また、どうして国内に魔物が……?」



 その悲痛な問いに、マキナは答えることができなかった。

 その場で鋭く踵を返し、次なる獲物へと矢のような速さで跳び、次々と魔物を屠り去る最中、脳裏に再び鋭い声が響いた。



『マキナ様、急に念話が途切れましたが、そちらで一体何が起きましたか!?』



 再び〈エーテラス〉を介した、緊急の精神通信だ。



「『すみません。国内の市街地に再び複数のパック・ハウンドが出現し、そちらへの対応が遅れました』」

『なっ……馬鹿な、あの種がもう出現を!? 早すぎる!』



 マキナの脳内に、激しい動揺と焦燥に満ちた叫びが返ってくる。



「『落ち着いてください、まずは深呼吸を』」



 取り乱す通信の主に対し、マキナの声音は、戦場を統べる英雄らしく冷静そのものだった。



「『幸いにも出現した数はまだ少数、私一人で十分に対処できる範囲です。恐らくは敵が企図した計画とは違う形で、無理やり孵化したのでしょう。本来なら、これほど中途半端な戦力で仕掛けてくるはずがありません』」



 すぐには返答がない。だが通信の向こう側から、荒い吐息が整い、少しずつ動揺が静まっていく気配が明確に伝わってきた。



「『ここからは予測不能の事態が連続します、種を撒かれた以上、私たちは後手に回るしかない。その度に冷静さを失っていては、救える命も救えなくなります。目の前のことを確実に――それが今できる最善です』」

『……はいっ!! 仰る通りです!!』



 今度の返事に、一切の迷いはなかった。



『我々兵団は、次に何をすれば宜しいでしょうか? 指示を!』

「『倉庫の整理にあたっている者の中で、直ぐに動ける人員を私のいる北地区に回してください。民衆の避難誘導の補助をお願いしたいです、その場の戦闘は私が全て引き受けます』」

『わ、分かりました! 直ちに手配いたします!』

「『それから、もう一つ大切な伝言を』」



 唸りを上げて迫り来る『パック・ハウンド』の眉間を無造作に叩き伏せながら、マキナは冷静に続ける。



「『グラップさんに伝えてください。壁を調査している兵団の面々を、至急こちらへ連れてきてほしい、と』」

『了解しました! 直ちに!!』



 それを最後に応答は消え、マキナの脳内から念話の残響が途絶えた。



「(現状で打てる手は全て打った。あとは――目の前の魔物による被害を、これ以上一滴も出さないことに集中するだけ)」



 マキナは強靭な足腰に魔力を込め、踏みしめた地面を内側から蹴り砕いた。

 鈍い破壊音とともに硬い石畳に深い亀裂が走り、土埃が視界を遮るように宙へと舞い上がる。


 次の瞬間には、すでにその姿は視認できない速度で掻き消え、獰猛な唸り声を上げていた『パック・ハウンド』の一体へ至近距離まで肉薄する。


 振り抜かれた小さな拳は、大気を劈く一閃のように魔物の顎を捉え、その頑強な巨体を木の葉のように容易く吹き飛ばす。



「残り2体……!!」



 突如として現れた魔物は、合計で十体。そのうち八体は、ものの数分のうちに、マキナという圧倒的な個の武力によって沈められていた。



「(……完全に警戒されてる。もう、安易には間合いに踏み込んでこないかな)」



 狡猾な奇襲も、蛮勇による正面からの突撃も仕掛けてきた『パック・ハウンド』だったが、今や生き残った二体は鋭い眼光を向けたまま、一定の間合いを頑なに崩さずにいる。


 その不気味な沈黙は、目の前の仮面の少女という猛者を、本能で『抗えぬ死神』として理解している証のようでもあった。



「(膠着状態……でも、敵の動きが止まってくれるのは、私にとっても好都合……)」



 後続の応援が到着するまでの、貴重な時間稼ぎ――それがマキナの冷静な狙いでもあった。

 互いに視線をぶつけ合う均衡を崩すことなく、彼女は微動だにせずに呼吸の拍動を整える。


 だが、その静止した時間は唐突に、最悪の形で破られることとなった。

 残る二体が突如として背を向け、広場から逃げ出すように駆け出したのだ。



「えっ、逃げた!?」



 その予想外の行動に瞠目しながらも、マキナは即座に弾かれたように追いすがる。



「(逃げ出たわけじゃない……?まさか、 この進路は……!)」



 背筋を冷たい汗が伝う。魔物たちが牙を剥いて突進するその先には、避難のために身を寄せ合って集まっていた、無防備な人々がいたのだ。


 さらに最悪なことに――。



「(二手に……分かれた!?)」



 避難先の地区は古い建築物が密集し、迷路のように入り組んだ路地が幾筋も不規則に伸びている。


 中央に堅牢な建物が並び、その左右に分かれた二つの通りへと、パニックに陥った群衆が雪崩れ込むように逃げ込んでいた。


 そして『パック・ハウンド』は、獲物を確実に仕留めるため、その両方の通りに分かれて黒い影のように駆け出したのだ。



「(まずい!! あの速度じゃ、物理的にどちらか一方の個体しか止められない!!)」



 無数の石造りの建物に隔てられた、対照的な二つの通り。

 いかにマキナの身体能力であっても、片方を倒し してからもう一方へ跳躍するのでは、物理的に間に合わない。

 どちらか一方の通りで、凄惨な犠牲が出るのは避けられない。



「(逃げろと叫ぶ!? ダメ……!! 私の声が届き、彼らが認識する前に魔物が襲いかかる!! 瓦礫を投げる? もっとダメ!! 『パック・ハウンド』の反射神経なら容易く避けるし、逸れれば無関係の人に当たる危険がある!!)」



 助けられるのは、物理的にどちらか片側だけ。極限まで引き上げられた集中力の中で、周囲の色彩は褪せ、景色が粘つくように緩慢に見え始める。

 自分の肺が求めている荒い呼吸音だけが、不気味に耳の奥で響いていた。



「(どうしようどうしようどうしよう……!! 何か、何かないの!? どうすればいいの!?)」



 頭の中を数千もの可能性が光速で駆け巡る。その思考の渦のただ中、不意に脳裏へ浮かんだのは、先刻対峙した異形の巨躯――変異体『ボルム』の絶叫だった。


 生存本能が警鐘のように見せたその光景にこそ、唯一の答えがあると魂がそう告げ、マキナは、即座に決断した。


 全身に張り巡らせ、身体能力を支えていた魔力の奔流を一気に解く。

 そして解き放たれた全魔力を、手足ではなく、自らの喉と肺へ――ただ一点のみに、狂おしいほど注ぎ込む。


 空気を肺の限界まで吸い込むと、彼女の胸元から腹部へかけてローブの下が大きく盛り上がり、ゆったりとしていた布地が、烈風を孕んだ帆のように膨張した。


 布地は極限まで張り詰め、か弱き少女の輪郭を、鋼のごとき戦士の体躯として鮮明に縁取る。


 やがて吸気の動きが停止し、世界から音が消え――



「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」



 爆ぜるような咆哮が大気を暴力的に震わせた。


 肺に溜め込まれた全ての息が、魔力の加速を伴って一気に吐き出され、その「声」は物理的な衝撃波となって、逃げ場のない路地を凄まじい圧力で駆け抜ける。

※お知らせです

土日の間に、序章の内容の差し替えを行います

内容が大きく変わるのではなく、描写の追加を行う感じです

宜しければ是非ご一読下さい!



※後書きです



ども、琥珀です。


今週頭から試行していた行間……いかがでしたでしょうか?

慣れていないのか、見慣れていないのか、私は納得半分、違和感半分、といったところでございます


特に、どこは行間を開け、どこはスペースで対応すれば良いのかを、まだよく掴めていません……


このバランスを続けるかは、来週までの課題にしようと思います……


本日もお読みいただきありがとうございました。

次回の更新は来週月曜日の朝7時頃を予定しておりますので宜しくお願いします。


評価やブックマーク登録、リアクションも大変励みになります。


もし面白い!面白そう!と思っていただけたら是非宜しくお願いします!

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