表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リヴァイス・リヴァイバル〜果てなき世界の調律録〜  作者: 琥珀
第1章 『The Maiden's Requiem』
29/62

28.見方を変えて

 嵐のような時間が過ぎ去り、半信半疑ながら結界の中へ戻ると、そこには呆然と立ち尽くすグラッブたちの姿があり、マキナの姿を見つけた彼らは、一目散に駆け寄ってくる。



「ま、マキナ様!!つ、つい今しがた、とんでもない者が現れまして……」



 グラッブたちは異様なほど興奮しており、その様子から察するに、ディジーはここでも遺憾なく天賦の才を見せつけたのだろう。


 マキナでさえ圧倒されっぱなしだったのだから、無理もない話だった。



「ご存知の方ですか……?」

「いえ……私も初めてお会いしました」



 マキナが首を横に振ると、兵士たちの間にざわつきが走った。普段は冷静なグラッブも、この時ばかりは腕を組んで深く唸っている。



「まさか、まだあれほどの魔法使いがいたとは……いや、しかし世界は広いとはいえ、あれほどの者が無名であるなど……下手をすればシェリーより……」



 難しげに眉を寄せて思案に沈むグラッブだったが、ふと思い出したようにマキナに顔を向けた。



「そういえば……彼女はこちらでの作業を終えるとすぐに去ってしまいまして、名前を伺えなかったのです。マキナ様は、お聞きになられましたか?」



 その問いに、マキナは頬を掻きながら、どこか気まずそうな表情を浮かべる。



「あ〜……えっと、一応は……」

「それは良かった。名前を聞けば、どこの者か検討がつくかもしれません。差し支えなければ、お聞かせいただけますか?」



 僅かに迷いながらも、隠す理由も見当たらず、マキナは素直に答える。



「ディジー。プロディジー・マエストロ……だそうです」



 その名を聞いた瞬間、グラッブの表情が凍りついた。何かを思い出したというより、その名前のあまりの胡散臭さに、思考が止まってしまったのだ。



「……本当に彼女は、そう名乗ったのですか?」

「……はい、本当に」



 気まずい沈黙が二人の間に流れる中、グラッブは顔を手で覆い、深いため息をついた。



「それは……どう考えても偽名ですな」

「ですよね……」



 マキナもその可能性は感じていた。そもそも、彼女が名乗る時には明らかに考え込んでいたのだ。恐らく、あの場で即興で思いついた名前なのだろう。



「(ラヴィスさん達といい、ディジーさんと言い……どうしてこう、我の強い人たちは名乗るのが遅いんだろう……)」



 思いがけずラヴィスたちを思い出し、項垂れそうになるが、そこでふと、自身の心の内に違和感を覚える。


 つい先ほどまで重く沈んでいた心が、ディジーとの邂逅を経て、かなり軽くなっていたのだ。


 無論、胸の痛みが消えたわけではない。それでも、目を背けたくなるような負の感情に押し潰されることはなかった。



「(なんでだろ……初対面で、別に励まされたわけでもないのに……)」



 どうしても理解できない心の温もりに困惑していると、グラッブが表情を改め、マキナに問いかけた。



「しかしてマキナ様。結界はいかがでしたか」



 その言葉にマキナははっと我に返り、気を引き締めて応える。



「異常はみられませんでした。結界は正常に機能しています」



 通常であれば喜ばしい報告のはずだった。だが、この状況下では、むしろ困惑を深める知らせでしかなく、グラッブも思わず頭を抱える。



「そうですか……安心材料ではありますが、これでは魔物がどうやって侵入したのか、ますます分からなくなりましたね」



 その言葉に、周囲の兵士たちにも沈痛な空気が広がる。まるで先程まで、マキナの胸中に渦巻いていた不安と絶望が、今は彼ら全体を包み込んでいるかのようだった。



「結果が成されているのなら、過程もまた成されている……」

「は?」



 そのとき、不意にマキナの口からこぼれたのは、ディジーが彼女に語った言葉だった。唐突な呟きに、グラッブは思わず眉をひそめて聞き返す。



「発想は間違ってない……なら、変えるべきは見方……」



 だが、マキナの意識はすでに内へと沈み込んでおり、その言葉は耳に届かない。兜の奥で、彼女は激しく思考を巡らせていた。



「……結界は破られていない。いや、そもそも結界が問題じゃない?でもそれなら、どうやって……」



 ディジーの助言が、心の奥で何度も反響し、マキナの思考に加速を与えていく。



「……あ」



 一連の出来事を遡る中で、ふと脳裏に過ぎった記憶があった。



「イグニヴァさんと会った、あの騒動の日。確か、街中で魔族の魔力が……」



 それは数日前。カイ、ソラ、イグニヴァの三人と出会う直前のこと。祭りで賑わう街を巡っていた最中、マキナは一瞬、微かに魔族の魔力を感じ取っていたのだった。



「……気のせいだと思ってた。だから忘れてた。でも、もしあの魔力が本物だったとしたら……」



 ぽつぽつと呟く声に、周囲の兵士たちが不思議そうな視線を向ける。しかしマキナはまるでそれに気づかず、突然、バッと顔を上げるとグラッブたちの方へと身を翻した。



「グラッブさん!!ここ数週間の間に運ばれた積み荷の情報、確認できるものはありますか!?」

「は……?積荷ですか?関所の記録を当たれば分かるかと……」

「すぐに閲覧できますか!?」



 食い入るように詰め寄るマキナに、グラッブは一瞬たじろぐも、すぐに言葉を繋ぐ。



「通常なら手続きが必要ですが……関所の責任者の一人に顔馴染みがいます。そやつに頼めば、もしかすれば……」

「お願いします!!」



 唐突な要求。だが、マキナの真剣な眼差しに、グラッブはなにか感じ取ったのだろう。


 つい先ほどまで、すべてを一人で抱え込んでいた少女が、今は素直に助けを求めている――それが、嬉しくもあった。



「わかりました。すぐに確認を取りましょう」

「いえ、一緒に行かせてください。刻一刻を争う事態かもしれません」



 マキナの言葉には、理屈では測れない切迫感が込められていた。グラッブはすぐに頷くと、周囲の兵士たちに向き直る。



「お前たちは、引き続き壁内の調査を続けてくれ。誰も調べていないと疑われてしまう。そうなれば、こちらも動きにくくなるからな」

「「「はっ!!!!」」」



 誰に疑われるのか――言葉にせずとも、全員が理解していた。その意味を飲み込み、兵士たちはすぐに動き出す。壁の各所へと散り、調査を続けている“ふり”を始める。



「これで一先ずは誤魔化せるでしょう。我々も急ぎましょう」



 そう言って振り返ったグラッブの視線の先には、まだ呆然と立ち尽くすマキナの姿があった。



「マキナ様?」



 名前を呼ばれたことで我に返ったのか、マキナはわずかに肩を揺らし、グラッブの方を振り返った。



「どうかされましたか?」

「い、いえあの……こうやって他人に頼ったことって、あまり無くて。だからなんだか、不思議な気分で……」



 マキナの正直な告白に、グラッブは目を丸くし、次いで穏やかな笑みを浮かべた。



「それで良いのです、マキナ様」

「え……?」



 意外な返答に戸惑うマキナ。そんな彼女に向かって、グラッブは優しく語りかけた。



「悔しい話ですが、今の我々では余りに力不足で、マキナ様の隣に立って戦うことはまだ出来ませぬ。寧ろ足手まといになってしまうでしょう」

「それは……!!そんなことは……」



 否定しようとしても、マキナの言葉は途中で止まってしまう。これまでの戦いの中、彼女と本当の意味で肩を並べた者はいなかった。


 支援してくれた仲間はいた。助けられた場面も多々あった。それでも、最後に立っていたのはいつもマキナただ一人だった。



「気を遣わないで下さい。先の戦いで、いかに自分たちの力が及ばないかを痛感しております」



 グラッブの言葉に、マキナは思わず俯いた。しかし、彼の言葉はそこで終わらない。



「ですが、それ以外の部分であれば、我々にも貢献できるのです」

「え……」



 その言葉にマキナは顔を上げる。



「壁や結界の調査、住民の避難、そして今のような関所での確認。それらは今の我々でも可能です。そうすれば、マキナ様の負担もきっと軽減できる」

「それは……でも、私の使命は……」

「マキナ様の使命は、魔族との戦いに終止符を打つこと。であれば、我々の役目は、その使命を支えることに他なりません。微力ではありますが、我々も支えになりたいのです」



 その言葉には、強い意志と静かな誇りが込められていた。マキナの胸の奥に、その響きは確かに届く。



「我々を頼ってくださって良いのですマキナ様。我々にできることは何でもします。並び立つことは叶わなくとも、支える力になれます。どうか、我々をもっと信じてください」



 その真摯な訴えは、マキナの心を揺らした。すぐに応えられるほど単純なものではない。だが確かに、その重圧の隙間に光が差し込む。



「……行きましょう、グラッブさん」

「はい……ッ!?」



 歩き出そうとしたその時、グラッブの顔が苦悶に歪んだ。



「どうされました?」

「いえ、その……」



 痛みを隠そうとしたものの、黙ってやり過ごすのはマキナと同じことだと気づき、グラッブは正直に打ち明けた。



「……ボルムとの戦いで、足を痛めておりまして。申し訳ない」

「そうだったんですね。でも、グラッブさんが居ないと、顔馴染みの方が分かりませんし……」



 マキナは小さく頷くと、ひとつの決断を下す。



「マキナ様、何を……ぬぉ!?」



 マキナはグラッブの背面に回ると、膝裏をすくい上げ、もう一方の腕で背中を支える。お姫様抱っこである。



「これで良し」

「良しではありません!!」



 顔を両手で覆い、グラッブは思わず叫んだ。



「え、でも、グラッブさんが居ないと資料が手に入らないですし……」

「そこが問題なのではありません!!せめて、せめて背中に背負ってください!!」

「でも……前の方が背負いやすくて気が楽なんですけど……」

「私の気が重いのです!!」



 押し問答の末、マキナが折れ、背中に背負う形で落ち着いた。



「くぅ……やむを得ないとはいえ、まさかこの歳になって、女性に背負っていただくことになろうとは……」

「あはは……まぁ、あまり気にしないでください。郊外の村を魔物が襲撃した時も、成人男性を背負ったことありますし」

「そういう問題では……いえ、こんなことで揉めている場合ではありませんでした。申し訳ないですが、よろしくお願いします」



 観念したグラッブがそう告げると、マキナは真剣な表情で頷き、膝を曲げ、地を蹴った。



「(ぬぉ!?)」


 背中越しからでも伝わってくる凄まじい加速に、グラッブは思わず目を瞑った。


 跳躍の瞬間、地面が爆ぜるような反動が足元から全身を突き上げ、体が宙へと舞う。突き上げられる衝撃に、胃が浮き上がるような感覚が全身を走り、骨の軋む音すら聞こえそうだった。


 しかし、その感覚はほんの一瞬。


 次の瞬間には、風が全身を撫で、視界が一気に開ける。家々が豆粒のように遠ざかり、世界は静寂の中にあった。


 重力から解放されたような浮遊感が体を包み、まるで空に溶け込むような心地だった。



「(こんな……こんな世界が)」



 老体には些か堪える衝撃だったが、それでも目の前に広がる光景に、グラッブは息を呑んでいた。


 同時に、胸の内には小さな震えが走っていた。


 跳躍ひとつとっても、マキナと自分たちとの間に横たわる“隔たり”がはっきりと突きつけられた気がしたのだ。


 けれど、怯むだけでは終わらない。この時体感した景色を、誰かに伝えたい。


 いつかきっと、誰かがマキナの隣に立てるように――その願いを胸に刻みながら、グラッブは彼女の背に揺られていた。

※後書きです






ども、琥珀です。


今更なのですが、場面を魅せる挿絵に関しては本編に直接掲載しておりますが、一部のイラストはXでのみ公開しております


例えば何人かの登場人物紹介のイラストですね。時期を見計らってどこかで挿し込むかもしれませんが、まだ少し先になると思います


どれもめちゃくちゃ魅力のあるイラストに仕上げて頂いておりますので、興味をお持ちになられた方はXか、もしくは私のプロフィールにあるリンクからどうぞ!


本日もお読みいただきありがとうございました。

次回の更新は金曜日を予定しておりますので宜しくお願いします。


評価やブックマーク登録、リアクションも大変励みになります。


もし面白い!面白そう!と思っていただけたら是非宜しくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ