113.準備運動
ドロミット岩峰内部。
「よぉ〜フォルゴールよぉ。アレから三日経ったぞぉ。いつになったら事が動くんだぁ〜」
薄暗い洞窟内部の岩場に腰を下ろすフォルゴールに対し、フェッランテがだらしなく寝そべりながら退屈そうに声をかける。
「慌てるなフェッランテ。間違いなく状況は動いてる。焦らずとも直に始まるさ」
「でもフォルゴール」
その影に隠れるようにして座っていたヴィンセリスが、退屈そうに小さな足をぶらつかせながら淡々と語りかける。
「貴方が言うなら私達は待てるけど、外に集めた同胞達はそろそろ限界よ」
ヴィンセリスの指摘を受けてフォルゴールが聞き耳を立てると、洞窟の奥深くまで外からのものと思わしき雄叫び声が響き渡っているのが聞こえてくる。
「人間達と大規模に戦えると聞いて集まってきた血の気の多い輩だもの。三日も放置されればこうもなるわ」
「……やれやれ。揃いも揃って気の短い奴らだ」
呆れたようなため息とともに、フォルゴールが重い腰を上げようと立ち上がった瞬間、その目の前にズンッと重い音を立ててフェッランテが飛び降りた。
「アイツら窘めて来るんだろ!?アタシにやらせろよ!!」
窘めるという言葉を用いながらも、フェッランテの表情は明らかに浮き足だっており、ストレスの吐け口を見つけたことでギラギラと瞳を輝かせていた。
「……ここにも同じバカがいたか」
「ハハッ!!アタシは自覚した上で言ってんだよ!!」
フェッランテの身も蓋もない回答を聞いてフォルゴールは深々と頭を抱えるも、彼女をこれ以上は止めようがないと判断し、諦めたように頷く。
「分かった、行ってこい。だがやり過ぎるな。本番前にこちらの戦力が無駄に疲弊することは避けたいからな」
「分かってるよ!!軽い準備運動程度だ!!」
そう元気よく告げて入口の方へと巨大な身体を向けると、「私にとってはな!!」と物騒な言葉を言い残して去っていった。
「まったく……」
何も言い返す余裕もなく、フォルゴールはドッと疲れたように再び冷たい岩場へと座り込んだ。
「良かったんですか、あの脳筋を行かせて」
これまで姿を忍ばせていたマリアルザが姿を現し、フォルゴールに不安な様子で尋ねる。
「まぁ大丈夫だろう。あぁ見えて最低限の線引きはする奴だ。やり過ぎることはあっても、取り返しのつかない行き過ぎることはない」
「嗜虐心を抑えきれない貴方よりマシ」
割り込むように口を挟んだヴィンセリスの言葉にマリアルザは青筋を立てたものの、フォルゴールに視線を向けられ、舌打ちをしつつ殺気を収めた。
「フェッランテも少なからずこの三日でストレスは抱えていたからな。アイツにとっても良い毒抜きになるだろう」
その言葉を聞きつつ、ヴィンセリスは座っていた岩から飛び降りて地面に降り立ち、入口の方へと向かって歩き出す。
「それはそれとして、面白そうだから私見てくるね」
そう言い残すと、ヴィンセリスはフォルゴールの返答を聞く間もなく、テテテ……と軽い足取りで歩いて去ってしまった。
洞窟内に残された二人の間に、冷たく重い沈黙が続く。
「……私も舞台を乱してこようかしら」
「……勘弁してくれ」
●●●
ドロミット岩峰、外部。
その周囲の荒野には、大規模な魔族の集団がひしめき合うように集っており、殺気だった様子で空に向けて雄叫びを挙げていた。
「いつになったら戦えるんだぁ!!」
「人間どもを血祭りにあげさせろぉ!!」
「人間界を我らの手に!!」
魔族特有の闘争本能を満たされないその怒りの矛先は、内部に居座る『クイントスクーロ』に向けられており、不満は爆発寸前であった。
「あんた達の呼びかけに言われて集まったのに、もう三日も動きがない!!」
「人間どもを待つ必要なんてない!!こちらから討ってでるべきだ!!」
「人間どもを根絶やしに!!」
怒りや不満は波のようにドンドンと伝播していき、その声量は岩山を揺らすほどに更に大きくなっていく。
「『クイントスクーロ』は何を待っているんだ?」
「これだけの戦力が揃えば、人間どもがどれだけの戦力を揃えようとも勝てると言うのに……」
「一人の人間に敗れたことで、必要以上に臆病で慎重になっているのでは?」
大勢多数の怒号に掻き消されつつはあるものの、一部の集団からは小さな声で『クイントスクーロ』への誹謗中傷も囁かれ始めていた。
「ハハッ!!良いねお前らぁ!!威勢良いじゃねぇか!!」
その時、魔族の集団の遥か頭上。
岩峰の高所から全身の空気がビリビリと震えるような大声量が響き渡る。
全員が一様に耳を塞ぎながら驚いて見上げると、そこには岩の先端に仁王立ちで立ち尽くすフェッランテの姿があった。
「『クイントスクーロ』……剛傑の断罪官、フェッランテ……」
誰かがボソリと畏怖とともに溢したその名前に、全員の表情が強張って固まった。
その間にフェッランテは岩の足場から躊躇いなく飛び降りる。
一〇〇メートルはあろうかという高さを垂直に落下し、爆発のような大きな音とともに大地を放射状に割りながら着地した。
立ち込める濃い砂埃の中から、無傷のフェッランテが姿を現す。
その圧倒的な肉体から放たれる凶悪な圧に気圧され、周囲に立ちすくむ魔族達は恐怖で次々と後退りしていく。
しかし、不満の溜まっていた魔族の一人が意を決して口を開いた。
「フェ、フェッランテ殿!!我々は一体いつまでここに留まらなくてはならないのですか!?」
一人の魔族が声を上げると、フェッランテはその魔族の方に鋭い視線を向ける。
ただそれだけの動作に過ぎないにも関わらず、睨まれたその魔族は見えない大岩が重くのし掛かるような絶大な圧に晒されていた。
「待たせちまって悪いな。だがこっちにも事情があってな。直ぐには行動には移せねぇんだ」
口調こそ穏やかであったが、そこには有無を言わせない強者の圧が篭っており、魔族の男も顔を青ざめさせてそれ以上は口を開くことが出来なくなる。
「まぁお前らが不満を抱えんのも良く分かる。血の気の多さこそが魔族だからな。燻っているだけの状況だと、ストレスが溜まるわな」
そこまで話して、フェッランテは巨大な拳をボキボキと鳴らした後、片手で首を抑えて、傾げながらゴキゴキと骨の鳴る鈍い音を響かせた。
「だからアタシがそのストレス発散に付き合ってやるよ。一人ずつでも、一斉に束になってかかってきても良いぜ」
静まり返っていた周囲が一斉にざわつき出し、忙しなく互いの顔を見合わせ合う。
「それは……フェッランテ殿が我々のお相手をしていただける、ということでしょうか」
「おぅ、その通りだ」
更に周囲がどよめく中、フェッランテがふと気付いたような意地悪な表情を浮かべ、愉快そうに付け足した。
「安心しろよ、命まではとらねぇから。単なる準備運動だよ」
圧倒的な格上の実力を知るがゆえの恐怖と、余りに露骨な格下扱いに侮蔑的な怒りが入り混じり、周囲の魔族たちの気配は一気に険しいものへと変わっていった。
「……随分と下に見て下さる。いくら貴方でも、足元を掬われてお怪我されても知りませんよ」
その言葉を皮切りに、周囲にいた魔族達の魔力が怒りとともに次々と高まっていき、それに比例してフェッランテは凶悪で愉快そうな笑みを深めていった。
「ハハハハハッ!!良いぞ良いぞ!!それでこそ魔族だよな!!いくらでも相手してやるから、死ぬ気でかかってこい!!」
次の瞬間、ドロミット岩峰周辺に、大地を揺るがすような激しい爆音が鳴り響いた。
※後書きです
マリ「暇ですねぇ……」
フォ「……」
マリ「苔でも生やして鑑賞しましょうか」
フォ「加湿するな……」
本日もお読みいただきありがとうございました。
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