109.密話②
※100話到達記念として明日まで連日更新します!!
「でもディジー。私とディジーがいても、集結した『クイントスクーロ』には勝てないんだよね?なのに、帝国が戦うのを黙認するの?」
マキナが純粋な疑問を口にすると、ディジーはベッドに横たわりながらぶっきらぼうに答える。
「黙認というか、戦うこと自体まだ推測に過ぎないんだけどね。まず前提として、ボク達二人の時と違って帝国の軍事力があれば勝率は確実に上がるんだ。それくらい、いまの帝国の軍事力はスゴイからね」
「……どのくらい?」
マキナの問いに、ディジーはすぐには答えなかった。
ベッドに寝転がったまま「う〜ん」と天井を仰ぎ、頭の中で何らかの計算を回し始める。
「ボクとマキナの二人だけの場合を奇跡的に一割として……帝国単体でも二〜三割はいくかもね」
「え、そんなに?」
予想だにしなかった高い勝率に、マキナは思わず声のトーンを上げた。
対するディジーは「ヨイショ!」と掛け声と共に上体を起こし、より真剣な顔つきで説明を続ける。
「各国が魔族と戦うと、必ずと言って良いほど死者が出る。それは最前線に立つ君の方が良く分かってるよね」
ディジーに問われ、マキナの脳裏に過酷な戦場での辛く記憶が鮮明に蘇り、彼女は沈痛な面持ちでゆっくりと頷いた。
「一方で帝国は、この一年間、魔族や魔物との戦いにおいて一人の死者も出していない」
一年間、死者ゼロ───
戦場の過酷さを誰よりも知るマキナにとって、それはにわかには信じがたい事実であり、ディジーへ視線を向けるも、その瞳に冗談を言っている様子はない。
「前に帝国に来た時にアーカイブを見たから間違いないよ。これだけで、今の帝国の戦力がいかに常軌を逸して優れているかが分かるだろう?」
ディジーが見たというデータにマキナは思わず生唾を飲み込むが、考えてみれば確かに、マキナはこの一年間帝国を一度も訪れていない。
マキナの力がなければ壊滅的な状況に陥りかねない国が多いなかで、この一年間、帝国からの一度の救援要請もなかったという事実が、ディジーの言葉の信憑性を何よりも強く裏付けていた。
「それだけの戦力があって、尚且つ極秘裏に拠点を敷いてまで資材を回収していた。それを踏まえると、『クイントスクーロ』と対峙してもそれくらいの勝率は考えられるんだよ」
ディジーの理路整然とした説明に、マキナは腑に落ちた様子で深く頷き、「なるほど……」と呟いた。
「まぁこれはかなり甘めに測った割合だけれども、ここにボクとマキナが加われば、五割までは持っていけるかも知れない」
自分たち抜きでそこまでの勝率が弾き出された衝撃は拭いきれなかったが、明確な理屈を説明されてしまった以上、マキナは黙って聞き入るしかなかった。
「まぁ相手はあの『クイントスクーロ』だ。常識外の事態が起こることも十分に考えられる。一概に数字だけで計れるものでもないけどね。とはいえ、全くの的外れという訳でもないはずさ」
確かに、『クイントスクーロ』の戦闘力は常識では計れないような実力の持ち主ばかり。
イニャスは撃退こそ出来たものの偶発的に起きた現象による間一髪の勝利であり、真っ向からの勝負では完全に負けていた。
ディジーにしても、事前の入念な準備をしていたことによる優位を得たことによって勝利こそしたが、当のマリアルザ本人には結局逃げられている。
そのことを踏まえると、いかに『クイントスクーロ』が人外じみた恐るべき存在であるかが示されていた。
「あとは、『空の器』がどうするか、だよね」
その単語が出た瞬間、再び室内に胃が痛くなるような重苦しい空気が広がる。
「ねぇディジー、『空の器』はどうしたら良いの?破壊すれば良いの?」
そもそもなぜディジーが『空の器』の詳細を知っているのかという点については今は追求せず、マキナは解決方法のみを真剣に尋ねた。
「破壊は最終手段だ。溜め込まれたあの膨大な魔力が一気に解き放たれれば、何が起こるか全く予測がつかない。余程切羽詰まった状況でも無ければ、避けたいところだ」
「でも……でもアレはヤバいよ。正直、『クイントスクーロ』の時よりも怖かった。アレは絶対に放置しちゃダメ」
『空の器』を語るマキナの声は微かに震え、その双眸には、数多の死線を潜り抜けてきた『英雄』らしからぬ恐怖の影が張り付いていた。
「同感だ。あれはなんとしても対処しないといけない。その方法として、三つの方法がある」
ディジーはそう言うと、先ずはスッと指を一本あげた。
「一つ目はさっき言った、『器』そのものを破壊する方法。一番確実だが、一番危険性も高い。ハイリスクハイリターンだ」
ディジーはそのまま二本目の指を立てて説明を続ける。
「二つ目は封印。『空の器』を中心に強力な魔法で封印することで、魔王の誕生を防ぐものだ」
一見最も有効性の高い安全な案に思えるが、ディジーは「しかし……」と否定的に続ける。
「これは問題を先送りするだけでね。時が経つにつれて封印は緩むし、あの規模の魔力をもつ物体を完全に封じ込められるのは、長くても一年だろう」
「たった一年……」
一年という数字は、一見すれば長く感じるが、魔族との戦いを繰り広げる日々の中では、あっという間に過ぎ去ってしまう時間だ。
「更にだ。『空の器』は魔力を吸収して器を形成する神器。結界術も魔法である以上、結界の魔力そのものを吸収してしまう可能性がある。手段の一つではあるが、解決方法としてはあまり考えない方が良いだろう」
提示された二つのアプローチはいずれも致命的なリスクを抱えており、現実的とは言い難い。
次々と希望を打ち砕かれ、打つ手が塞がれていく閉塞感に、マキナはうつむき、深く重い息を吐き出した。
「そして三つ目。これが一番現実的な解決案だ」
三本目に立てられた指とともに、ディジーが本命の説明を始める。
「『空の器』には魔力を吸収し封じ込める出入口のようなものがある。そこをピンポイントでこじ開ければ、そこから魔力が漏れて器の魔力を空に出来る筈だ」
しかし、この案についてもディジーは「但し……」と深刻な顔で付け加えた。
「この作業はとても繊細でね。こじ開けるのと破壊するのは紙一重だから、力加減を間違えて『破壊』してしまえば、さっきの一つ目の方法に逆戻りだ」
ディジーの言う、開ける作業がどのようなものであるかはマキナには想像すら出来ないが、確かに『こじ開ける』という単語は粗暴に感じる。
「しかもその間、ボクは『空の器』の解除にかかりっきりになってしまうから、戦闘への対処が一切出来なくなる。それくらいの集中力が求められるんだよ」
「じゃあ、私が付きっきりで守れば……」
マキナの頼もしい提案を、ディジーは「うーん……」と唸りながら渋い顔で首を傾げる。
「そこらの魔族ならそれも有りだ。けれど『空の器』をあれだけ厳重に管理していた以上、『クイントスクーロ』も死に物狂いで動くはずだ。それら全員を一人で相手どるのは君とて不可能。それは分かっているよね?」
厳しい警告を含めたディジーの視線に、マキナは岩峰での圧倒的な戦力差を思い出し、身を竦めながらも頷いた。
「でも、じゃあどうするの?」
「そうなんだよねぇ……」
マキナが問い返すと、ディジーも頭を抱えて困ったように項垂れる。
「『空の器』単体なら安全に対処できるんだ。だから目下の最大の問題は『クイントスクーロ』になる。奴らを排除するなり遠ざけるなりしないとやりようがない」
やるべきことは明白ながら打開策が見つからず、二人は揃ってベッドの上で唸り声をあげる。
「『空間魔法』で『器』だけ回収するのは?」
「ダメダメ。『空の器』は魔力を吸収すると言っただろう?そんなことしたらボクの魔力を提供するようなものだ」
「じゃあ『空間魔法』で頭上からディジーのチャフを大量に投げつけるとか……」
「ムダムダ。マリアルザの時もそうだけど、体内の魔力を乱すまでにはいかないだろうし、そんな大量に在庫があるわけでもない。そもそも、『空間魔法』の魔力を感知されて直ぐに対処されるさ」
捻り出した案が全て論理的に打ち砕かれ、マキナはベッドの上に力なく倒れ込んだ。
「えぇん……これじゃ堂々巡りのループだよぉ……」
マキナが遂にお手上げとばかりに泣き言を呟いた瞬間、ディジーはハッとしたような表情を浮かべる。
そして暫くブツブツと考えたのちに、一つの案を思い付く。
「これならもしかしたら……でも……」
しかしその表情は、明るいものではなかった。
※後書きです
マ「実際、こじ開けるのってどんなイメージなの?」
ディ「小ちゃい小ちゃい穴に、錐を刺してこじ開けるような感じかな……?」
マ「火おこしじゃん」
本日もお読みいただきありがとうございました。
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