104.侵入②
※100話到達記念として16日まで連日更新します!!
奥へ進むたびに、肺を満たす空気が重く、ねっとりとしたものへと変わっていく。
しかしマキナの歩みを鈍らせていたのは、敵地に対する警戒や恐怖からではなかった。
肌を粟立たせるような威圧感の奥底で、かつて知っていた温もりに触れたかのような奇妙な親近感。
敵意とは対極にあるはずのその甘い気配が、逆に彼女の背筋にじっとりと冷たい汗を伝わせる。
身を潜めて這い進むこと数分。やがて視界が開けた先には、先程の自然に形作られた空間とは明確に異なる、隠された広間が広がっていた。
周囲の岩壁は人工的に大きく削り広げられ、その中心にはいかにも物々しい祭壇が造り上げられている。
岩を一段高く積み、頂点に平坦な面を設けただけの簡素なものだ。
だが、祭壇の周囲だけは細かな砂利や土埃すら塵一つなく取り除かれており、荒涼とした洞穴の中で、そこだけが異常なほどの静謐さと神聖さを放っていた。
「なに……あれ……」
マキナが震える視線を向けた祭壇の中央には、道中彼女の心をざわつかせていた気配の元凶が、ぽつんと鎮座していた。
いや、それが物理的な物体なのかさえ定かではない。
ソレは、薄く白みがかった発光体が、八の字を描くように終わりのない螺旋を描いて渦巻いている。
そして光の軌道は、まるでそこにあるはずの『見えない球体』の内壁をなぞるように、虚空の決まった境界でゆらゆらと不気味に屈折していた。
全く見覚えのない異質な光景。
にも関わらず、その渦巻く光を直視したマキナの胸の奥で、再びあの懐かしいという感覚が甘く波打つ。
ふと隣に身を伏せるディジーへ視線をやると、マキナは思わず息を呑んだ。
彼女は唇をきつく引き結び、まるで己の罪を直視させられているかのように、眉間には深い皺が刻まれている。
その紫眼の瞳は痛ましいほどに揺れ、見開かれた眼差しには、拭いようのない後悔の色がどろどろと沈殿していた。
「ディジー、どうしたの? アレについて何か知ってるの?」
警戒を解かずに囁きかけるが、ディジーはギュッと目を瞑り、何かを堪えるように俯いてしまう。
沈黙が落ち、やがて覚悟を決めたように顔を上げた彼女は、絞り出すような声で答えた。
「あれは、『空の器』だ」
「『空の器』……?」
全く耳馴染みのない単語にマキナが眉を寄せると、ディジーは重々しく頷いた。
「『空の器』は……魔力を媒介にして生命を作り出す、禁断の神器だよ」
「生命を……作り出す?」
俄には信じがたい言葉にマキナは大きく目を見張るも、見つめ返すディジーの瞳は至って真剣だ。
「ハッキリとは見えないだろうが、あの祭壇の上にある透明な器、あれが母体のような器官の役割を果たしていてね。魔力を注ぎ込むたびに活性化し、肉体を構成するための力へと変換していくんだ」
狂気すら感じるそのシステムを語るディジーの声音には、隠しきれない微かな震えが混じっていた。
祭壇の中央で渦巻く光が、まるで生命の胎動のように不気味な明滅を繰り返す。
「そうして内部の魔力が溜まり切った時、新たな生命となって生み出される」
狂気すら感じるその仕組みを語るディジーの声音には、隠しきれない微かな震えが混じっていた。
「なんで……そんなものが存在してるの……?そんなの、生命に対する冒涜だよ」
命を部品のように組み立てるその悍ましさに、マキナは忌避感を露わにして身をすくめる。
その言葉が胸に刺さったのか、ディジーは一際苦しげに表情を歪め、
「全くだ……」
と、懺悔するように小さく唇を動かした。
「だが『空の器』の恐ろしいところはそれだけじゃない」
ディジーは更に沈痛な面持ちで、恐るべき真実を続ける。
「『空の器』は、最初に注ぎ込まれた魔力をもとに、その肉体が構成されるんだ」
「……?それってどういうこと?」
「……つまりね、人が最初に魔力を注ぎ込めば人間に、そして、魔族が最初に魔力を込めれば、魔族になるんだ」
もう何度目になるか分からない衝撃的な真実を突きつけられ、マキナの驚きが追いつかなくなる。
しかしそこでふと、マキナの脳裏に一つの疑問が思い浮かんだ。
「ディジー、なんでそんなに『空の器』に詳しいの?」
子どもでも至りそうな純粋な疑問。その真っ直ぐな問いに、ディジーが口を開くまでに数秒の重い間が空いた。
「それは……」
躊躇うように、ようやくディジーが重苦しく口を開く。
「それは、ボクが……」
そこまで言いかけてディジーは一度言葉をつぐんだ後、無理に作ったような笑みを浮かべた。
「それはボクが、あの『空の器』の破壊を目的としていたからだよ」
マキナからスッと視線を外し、祭壇の上の『空の器』の方へと目を向けながら早口に続ける。
「ここに来る前に言っただろう。ボクもボクで探しているものがあると。それが『空の器』だ。まさかこんな形で見つかるとは思わなかったけどね」
確かにディジーはマキナにそう語っており、そしてその手掛かりのアテが尽きたとも話していた。
「君を助けたことで、思いがけず幸運が巡ってきた。君は幸運の女神だね」
ディジーは悪戯っぽくニヒッと笑って見せるが、どこかマキナから視線を逸らして核心から逃げているようにも見えた。
「(ディジーが隠し事したり、誤魔化すのはこれが初めてじゃない。でも……)」
チラリとディジーに視線を向ける。
「(そんなに辛そうな表情は初めて見たな……)」
本人はローブで完璧に隠しているつもりかもしれないが、その痛ましい横顔はフードの陰から僅かに覗いている。
「(……今は聞かないでおこう。きっと、無理に聞き出すものじゃないから)」
過去の自分自身と重ね合わせ、マキナはそれ以上深く踏み込まないという優しさを選んだ。
だが、その思いやりが結果として彼女の思考に蓋をしてしまう。
真実を追求すべく、死地となり得るマリアルザのもとへ向かうことを決めたあの時。
マキナを見つめるディジーは、今の悲痛さに勝るとも劣らないほどの強烈な感情を露わにしていたという、事実に。
他人の傷には誰よりも真摯に向き合おうとするも、自分に向けられる感情にはマキナはひどく鈍感だ。
だからこの時、ディジーがひた隠しにする本当の秘密の輪郭を、ここでも無意識に取り零してしまっていた。
感傷を振り払い、周囲に敵影が無いことを慎重に見極めた二人は、足音を殺して岩陰から滑り降り、『空の器』へと近づいていく。
距離が縮まるにつれ、心臓を直接握られるようなあの奇妙な感覚が強まっていく。
だがそれ以上に、目の前の透明な器から放たれる圧倒的な魔力量の圧が、無意識のうちにマキナの呼吸を浅く、息苦しいものへと変えさせていた。
「これ……ホントに魔族の魔力だ。でも、でもこんな禍々しくて強力な魔力なんて、今まで一度も……」
まるで大気の酸素濃度が高まっているかのような重苦しさ。
これまで数え切れないほどの強敵と対峙してきた彼女ですら、未知の領域の力に膝が竦みそうになる。
「この、魔力量。『クイントスクーロ』よりも多いよね」
「あぁ、体感で倍以上はある。ここから産み出されるのは、魔族の王……『魔王』だね」
『魔王』。
すべての絶望をまとめ上げたようなその名を聞かされた瞬間、マキナの全身をどうしようもない震えが支配した。
「これ……これはダメだよ。絶対にここで破壊しないとダメ!」
焦りに急き立てられるように声を張り上げたマキナへ、ディジーも鋭く頷く。
「うん、その通りだ。幸いまだ魔力は満ちてない。このまま直ぐに破壊を───」
「されては困るんだよ」
※後書きです
マ「『器』に魔力を注ぐのって、どんな感じなんだろう」
ディ「枡にお酒を注ぐイメージかな?」
マ「具体的すぎてなんかヤダ……」
本日もお読みいただきありがとうございました。
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