99.情報整理②
※祝100話到達で、二週間連続で更新します
「はあ〜、因果なこともあるもんだね。まさか租界の集落だけでなく、ボクが手助けした兄妹にも会っていたとは」
「会ったどころか、私はその閃光をモロに喰らってるんだけど……」
視界を真っ白に染め上げられた当時の眩暈がフラッシュバックしたのか、マキナは恨みがましく顔をしかめて悲痛な訴えを口にする。
しかしディジーはそれを「ハッハッハ!」と豪快に笑い飛ばし、全く悪びれることなく受け流した。
「しかし驚いたな。まさか国の中に侵入して、渡した魔道具でマキナを撒こうとするとは……で、どうだった?しっかり効果はあったかい?」
「……ディジー?」
「はい、ごめんなさい」
反省の色が見えないその態度に、マキナがジトッと据わった無言の圧を放つ。
するとディジーの肩はビクッと跳ね上がり、すぐさまシュンと項垂れた。
さっきまでの豪快さが瞬く間に消えてしまい、そのあまりの変わり身の早さに、マキナも全身から力が抜け、長いため息をこぼす。
「もう……あれのせいで大変な目にあったんだからね……」
「悪かったって、人に使うとは思わなかったんだよ。もう少し慎重になるべきだったね」
口調こそいつも通り軽い。
だが、ハの字に下がった眉や、チラチラとこちらの顔色を窺う様子からは、彼女なりの反省が滲み出ていた。
これ以上責めるのも野暮に思え、マキナは小さく息を吐き出し、一旦追及は打ち切ることにした。
「他にはもうない?あるなら今のうちに吐いちゃったほうが楽だよ?」
「あれ?ボク今取り調べ受けてる?」
呆れ半分でジトッと見つめていると、ディジーは腕を組んでう〜んと唸りながら考えこんだ末に、アッといった表情を浮かべる。
「えっとね、誰かに渡したりとかはしてないんだけど、『チェルカマナ』を覚えてるかい?」
そう言ってディジーは、どこからともなく取り出した鈍い金属光を放つコンパスサイズの計器を、マキナの目の前へと差し出して見せる。
「あ、えっと……確か内部の物質が魔力に反応して揺れ動く魔道具、だよね?」
「そうそう。で、これ、ボクが作ったんだよね」
いともあっさりと告げられた事実に、マキナは思わず言葉を失う。
さもその辺の部品を適当にくっつけて作ったかのような気軽な口ぶりに、マキナはあんぐりと口を開けたままフリーズしてしまった。
「え……ちょ……」
「あ、あと君に渡した『魔素妨害』もボクが試作で作ったもので……」
「ちょちょちょ、ちょっと待って!!頭と感情の整理をさせてお願いだから!!」
息継ぎの暇もなく放り込まれるとんでもない情報に、マキナは堪らず両手を勢いよく突き出してディジーの言葉を制止する。
これ以上聞いては頭がどうにかなる。必死に深呼吸を繰り返し、キャパシティを越えかけた脳を何とか落ち着かせようと努めた。
「え……っと、作った、の?」
「うん、作った」
「その計測器も、あの『チャフ』も……?」
「うん、ボクが作った」
何度念を押して確認しても、ディジーにあっさりと肯定され、自分が学んできた常識がガラガラと崩れていくのを感じながら、マキナの思考がショートする。
しかし目の前の彼女は、これまでマキナをはぐらかすことはあっても、言葉巧みに嘘をつかれたことはない。
今回も真っ直ぐにマキナの目を見つめて受け答えしており、誤魔化しは混じっていない。
何より彼女は自らを天才と称し、それに相応しい底知れない実力を幾度となくこの目で見せつけてきた。
本来ならあり得ない戯言だ。だが、この非常識なディジーならば本当にやってのけるかもしれない。
そう半ば諦めにも似た納得を覚えてしまい、マキナは深く重いため息を吐き出して、この馬鹿げた現実を無理やり胃の腑へと落とし込んだ。
その時だ。無理やり情報を整理した思考の片隅に、ふと、ある一つの矛盾が引っかかった。
「ねぇディジー。その『チェルカマナ』って、ヘーニオさんが付けてたものだよね?そもそもヘーニオさんって何だったの?」
「ん?ボクが魔力で作った分身体」
「もう驚くのも疲れてきた……」
常識を根底から覆すような新事実を次々と浴びせられ、マキナはついに頭を抱え、ツッコミを入れる気力すら失って力なく問いかけを続ける。
「……その分身体って、魔法?」
「勿論!分身魔法には投影やコピーなど色んな種類があるけど、今回作った分身魔法は実体がありながらもコスパ良く作れてね!ボク自身の生体波形をプロットした魔法の術式を中心に、高密度のマナを『指向性外殻』として鏡面展開するんだよ。その閉鎖された術式の内部へ、大気の魔素を充填して内圧を高めることで、表面の魔力膜にだけボクの身体情報と疑似質量を定着させた、完全な『中空の静的位相体』を現出させ ───」
「分かったわかったわかった!!分かんないけど分かったからストップ!!」
スイッチが入ってしまったのか、ディジーは途端に早口になり、全く理解できない専門用語を弾丸のように並べ立てる。
マキナが頭痛を堪えるように両手を激しく振って話を遮ると、ディジーは「ちぇ〜」と子供のように唇を尖らせたが、大人しく説明を止めた。
「えっとつまり……ヘーニオさんはディジーが作り出した分身、ディジーの意思そのもの、ってこと?」
「まぁある程度の自律性はあるけど、概ねそうだね。ただ、最後のマリアルザとの戦闘の際だけは少し違う」
ディジーは自身の前髪を指先で弄りながら、どこか楽しげな涼しい顔で話す。
「え、そうなの?」
「そうとも!マリアルザの領域内で作った分身体は、大気中の水分、あるいは局所的な水分子の結合体を媒体にして……」
「分かりやすく」
「……水を媒介にして作った分身体だよ」
マキナの無言のジト目に屈し、ディジーは専門用語を削ぎ落として渋々シンプルな回答をする。
「君を助ける前に、マリアルザの魔法の解析をしていた話はしただろう?水を媒介にした魔法だって分かったから、同じく水を媒介にした分身体に作り替えたんだ」
「なんでそんなことを?」
「まぁいくつか理由はあるけど、一番は動揺を誘うためかな。魔族の魔力コントロールは卓越しているからね。平常時のままじゃなかなか隙を作れない。だから同じ規模の魔法を使って動揺を誘って、一気に仕留める算段をたてたんだ」
マキナの問い返しにもスラスラと淀みなく返し、ディジーは事も無げに自身の戦術の根拠を説明していく。
魔法の構造を瞬時に紐解き、即座に最適解を戦場へ落とし込むという彼女の知性の高さに、マキナは圧倒される。
「先ずは分身体を潰させる。するとそれが水の分身体だったと気付く。更にボクが周囲の『霧』も掌握している事にも気付かせる。マリアルザからすれば、自身最大の魔法を根底から掌握されたんだから、平静ではいられないよね」
あの死闘の最中に、これほど緻密な盤面操作が行われていた事実を知り、マキナは背筋が冷える思いと共に素直に感心するも、同時にある純粋な疑問を抱いた。
「でも、マリアルザの『霧』を掌握出来たなら、その時点で真っ向からねじ伏せることも出来たんじゃない?」
「それはどうかな」
マキナの素朴な疑問に、ディジーは少しだけ表情を引き締めて真剣に応える。
「ボクがあの場面でマリアルザに勝てたのは、あの仕掛けを見せて動揺を誘えたからこそだと思う。正面から力技で戦っていたら、あそこまで完封することは先ず不可能だったろうね。それくらい、マリアルザは強敵だ」
ディジーは頬杖を突きながら、敵の実力を真っ当に認める客観的な評価を下した。
あれだけ圧倒的な力を見せながらも、決して自惚れることのないその静かな言葉と重みを前に、マキナも深く頷いて納得するしかなかった。
「さて、他に確認することはあるかい?」
「正直、まだまだ色々あるけど、取り敢えずさっき話した『種』の意見を聞きたいかな」
「魔物が生まれる『種』の話、だね」
パチッ、と燃え残った薪が爆ぜる音が響き、二人の間の空気が一段階重くなる。
マキナが全てを委ねるように真剣な眼差しで頷くと、ディジーは僅かに考え込む素振りをみせ、暗い夜空を見上げながら静かに答えた。
「ま、正直お手上げかな。残念ながらその特異な『種』の正体は分からないよ」
ディジーのあっさりとした回答を聞き、マキナは少し俯きながら「そっか……」と力なく返した。
エルゼルク王国を襲い、最大の危機を招いた謎の『種』。
ディジーならば何らかの手掛かりを得られるのではないかと、心のどこかで期待していたからだ。
しかし、ディジーはそもそもその現場にはおらず、実態を直接見ていない。
いくら天才とはいえ、情報がなければ知らないのも無理のない話である。
「また振り出しかぁ……あとはどこを調べよう」
肩を落として深くため息をつくマキナに対し、ディジーは暫くの間、静かな沈黙を保った後、やがてゆっくりと口を開く。
「……もし」
「え?」
「もしボクが、それを知る方法を知っていると言ったら……どうする?」
炎越しにそう問いかけるディジーの表情は、いつもの飄々とした余裕が嘘のように暗く沈んでいる。
微かに伏せられたその瞳と、薪の音だけが響く重苦しい沈黙が、その先の選択肢が決して容易なものではないことを雄弁に物語っていた。
※後書きです
マ「あれ?今日99話だよ?100話じゃないんじゃない?」
ディ「序章込みのカウントで100話なんだよ。筆者がタイトルでのカウントじゃなくて、総カウントを選んだんだろうね」
琥「えへへ、我慢できなくて……」
本日もお読みいただきありがとうございました。
次回の更新は明日の朝の朝7時頃を予定しておりますので宜しくお願いします。




