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果てなき世界への旅路

 とある世界の山岳部。


 肌を濡らすほど濃い霧が立ち込め、荒々しい岩肌には青々とした苔が深く茂っている。


 生き物の気配は感じず、不気味なほどの静寂が山の恐ろしさを引き立てていた。



────ゴゴゴゴゴッ!!



 突如として激しい地響きが轟き、濃い霧の奥から山と見紛うほどの巨大な黒い影が現れる。



「ほい、ほい、ほいっと」



 その前方、巨大な影の目の前に、切り立った岩々を身軽に駆ける、メイド服を着た女性の姿があった。



『グオオオオオオォォォォォォ!!!!!!』



 巨大な影の正体は、怒り狂った異形のモンスターであり、逃げるメイドの女性を執拗に追いかけ回し、丸太のような太い腕を容赦なく振り下ろした。



「おっと、っと」



 腕が地面に振り下ろされた凄まじい衝撃の中、女性は大きく跳躍しつつ空中で驚異的な体幹を用いて鋭く体勢を立て直し、尖った岩の頂へとピタリと着地した。



「改めて間近で見ても大きいですね。ここまで小柄な個体しか見てこなかったから、余計にそう感じるのかしら」



 のんびりと見上げる女性へ向け、激昂したモンスターの巨大な腕が再び力任せに振り下ろされる。


 巨大な手が迫る直前、女性は黒いスカートを靡かせて軽やかに跳躍すると、木端微塵に砕けた岩の破片が、凄まじい衝撃波と共に激しく飛び散る。



「まぁ、乱暴。野蛮な方は好みではないんですよね」



 空中でしなやかに身体を一捻りし、弾丸のように迫る岩片を素手で容易く払い除けると、再び別の岩へと正確に着地した。



「お前、随分と余裕だな……」



 そこへ、新たに別の、先程の女性と同じく黒いメイド服を完璧に着こなした赤髪の女性がどこからともなく姿を現し、紫髪のメイドの隣へ降り立った。


 その表情からは、これ程緊迫した状況下で平然としている紫髪のメイドへの呆れた様子を隠そうともしなかった。



「あら、これでも私なりに少しは驚いているんですよ? なにせ、小柄な魔物しか存在しないはずの世(・)界(・)で、こんな山のように大きな魔物が堂々と暴れているんですもの」

「どう見ても異質だよな。こいつがこの世界での特異点で間違い無いだろ」

「そうですね。この世界にはおよそ似つかわしくない、異形の巨大モンスター。恐らくそろそろご主人様も───」



 紫髪のメイドがそう返事した矢先、巨大なモンスターの上空の空間が僅かに白く光り───



『キ゛ャ ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!』



 次の瞬間、モンスターの巨体が内側から爆発するように激しく燃え上がったかと思うと、絶叫をあげる間もなく燃やし尽くされていった。



「うわぁ……容赦ねぇ……」

「いつもながらお見事です♪」



 ドン引く赤髪のメイドと、手を合わせてうっとりとした表情を浮かべる紫髪のメイドと、あまりにも対照的なリアクションを取る二人の側に、一人の青年が降り立つ。



「悪い、遅くなった。彼(・)女(・)に確認を取っててな」



 青年は燃え盛る残骸には目もくれず、二人の方を振り返って歩み寄る。



「結果は……まぁ、わざわざ聞くまでもないでしょ」



 不敵に笑う青年に、メイドの二人が一度視線を合わせた後に向き直る。



「それではご主人様、ここの世界での要件はもう済んだということで?」



 紫髪のメイドの問いに、青年は深く頷いて答えた。



「あぁ、ここの特異点の修正は完了。取り敢えず一度戻ろうか」



 青年が虚空に片手をかざすと、複雑な術式を描く魔法陣が現れ、そのまま三人の身体を包み込んでいき、次の瞬間、彼らの姿は掻き消えるように消え去っていた。






●●●






 視界のすべてを塗り潰す、果てなき純白の空間。


 その中央では、あらゆる干渉を拒絶し、光すら吸い込む漆黒の虚無が鎮座し、その色彩を失った境界線に一人の女性が佇んでいた。


 外見は二十代前半ほどに見えるが、その立ち振る舞いからはどこか人間のものとは思えない気品が宿っている。


 漆黒の空間を照らす、星の尾を思わせる銀髪が淡い燐光を放ち、見る者の魂を奪うほどの煌めきを湛えていた。


 濃く澄んだ紫の瞳が、漆黒の空間で明滅する無数の光の粒子を一つひとつ静かに読み解くように見つめている。



「……見つけた。けど、この……世界は確か……」



 凍てついた静寂を破る、涼やかで透明な呟きの後、彼女がある特定の世界を深く見つめようとした、まさにその瞬間───



「帰ったぞぉ!!」



 空間の静寂を乱暴にかき乱すガサツな声が響き、青年とメイド達の三人が姿を現した。



「ったぁく!!探せど探せど見つかんねぇと思ったら、山に擬態してやがった!!無駄にキツい山登りさせられたし、上は湿気だらけで服の中までビショビショの泥だらけだクソッタレ!!」



 女性らしからぬがに股で歩く赤髪のメイドの隣で、紫髪のメイドも眉をひそめて埃を払い、スカートの裾を摘んでバサバサと不満げに煽いだ。



「そうですねぇ。ジットリしていて暑苦しかったですし、汗と湿気で肌に服が張り付いて酷く気持ち悪いです」



 二人の不満と、目の前でワナワナと肩を震わせる銀髪の女性の間で板挟みになっていた青年は、苦笑いを浮かべながら二人のメイドに声をかける。



「分かった分かった。じゃあ二人は、先に湯浴みと着替えをしてきな。その間に俺が話をしておくから」



 赤髪のメイドは「おぅ!悪ぃな」と粗雑に片手を上げ、紫髪のメイドは丁寧にお辞儀をし、それぞれその場から去っていった。


 それを見送った後、青年は改めて銀髪の女性の方を振り返り、ゆっくりと歩み寄る。



「……私、うるさいのは嫌いって、事前に伝えてある筈なのだけれど?」

「まあまあ、二人とも慣れない環境で頑張ってくれたんだから大目にみてあげてよ。ちゃんと後で、改めて伝えておくからさ」



 女性は不満そうに目を細めていたが、青年の笑顔に毒気を抜かれたのか、小さくため息をこぼした。


 その場で指先を軽く振るうだけで、無垢な純白の世界に似つかわしくない、洗練されたティーテーブルと椅子が音もなく現れた。


 女性が深く腰掛けるのに合わせるかのように、今度はティーポットが独りでに宙を舞い、白磁のカップへと芳醇な琥珀色の液体を注ぎ込んでいく。


 女性がそれをそっと口元に運び、静かに啜ると、ようやくその整った面持ちにいつもの平穏が戻っていった。



「それで、次(・)は、どんな世界だったんだい?」



 青年は女性の隣の椅子に腰を下ろし、机に頬杖を突きながら問いかけると、女性は再び、虚空に散在する無数の光の粒子を見上げ、静かに答えた。



「世界そのものは、大したことないわ。けれど、あの特有の淀んだ濁りのようなものを確かに視た。世界の理を外した『特異点』が生まれていることは間違いない」



 彼女は見つめる光景に微塵の関心も見せないが、捉えた違和感を見逃さない。


 その澄んだ瞳の奥には、可能性の数だけ枝分かれした無数の世界が映し出されている。


 高度な科学文明、神秘の魔法世界、おとぎ話の桃源郷──それぞれが独自の『理』の上で廻る円環。


 だが今、その数多の円環に濁りが生じている。科学の世界に魔法が紛れ、魔法の世界に異形の生命が産み落とされるといった、理を外れた『特異点』。


 彼女は今この瞬間も、世界の崩壊を招くその歪みを静かに観測し続けていた。



「事前の情報は少ないね。手当たり次第にローラー捜索かな。なかなかの長丁場になりそうだ」



 口ではボヤきつつも、青年も初めから細かな情報が得られるとは思っていなかったのだろう、彼女の言葉を深く追求することは無かった。



「でもね……」



 普段なら彼女からの観測情報はここで終わるが、この時は珍しく、僅かに言葉を濁しながらも更に言葉を続けた。



「その世界は、貴方にとって未知のモノでは無い……私にとってもね。だから、少し……複雑よ」



 女性が滅多に見せない困惑した表情を浮かべるのを、青年は不思議そうに見つめる。


 実際、感情を表に出さないその女性が、これ程までにハッキリと表情を崩すのは極めて珍しいことだからだ。


 それ以上の言葉を紡ごうとしない彼女をしばらく見つめた後、青年は頭上で輝く無数の光の海へ目を向けた。


 神秘の力を持つ女性と違い、この青年に多世界を直接見通す力はない。



「なるほどね……」



 それでも彼は、彼女が言葉を濁しながらも困惑していた理由を敏感に察し、その整った表情に一瞬だけ暗い陰が宿る。


 それでも次に顔を上げた時には、既にそれまでと同様の、どこか掴みどころのない飄々とした微笑に戻っていた。



「まぁ、大丈夫でしょ。あの時とはもう違うし」



 青年は小さく穏やかな笑みを浮かべて彼女に背を向けると、迷いのない確かな足取りで歩みを進めた。


 蝕まれた世界をあるべき形に正すため、彼は再び別の世界へと赴く。



「じゃあ、行ってくるよ。もし俺の中に未練があったとしても、取っ払えるかもしれないしさ」



 青年が前へと歩みを進めると、その姿は空間に溶けるようにして徐々に薄れていき、女性は青年を静かに見送った後、カップに注がれたティーの黄金色に映る自分の姿を、物憂げに見つめた。


 ゆっくりとカップを再び手に取り、温かい液体を口に含もうとした、まさにその瞬間───



「はあああぁぁぁ!?もう出発!?まだシャワーすら浴びてねぇんだが!?」



 という慌てふためいた怒声が遠くの回廊から響き、女性は傾けかけたカップの動きをピタリと止め、不機嫌な瞳をその声がした方に向け、静かに睨んでいた。

※後書きです



ども、琥珀です。


序章からお読みいただきました皆様、初めましてorお久しぶりです


リヴァリヴァを投稿初期からお読み下さっている皆様ご機嫌よう


何で序章なのにこのような挨拶をしているのかと申しますと、この『序章』、実は第8話の後に投稿しております(8話の後書きにも書いてあります)


1章の『The Maiden's Requiem』の1話からの始まりでは、世界観や物語、そして登場人物が唐突に変わるため、ストーリーに入り込めないのでは?と思い至り、急遽作成致しました


なので1話からお読み頂いた皆様には、もしかしたら以前よりスムーズになった、と思っていただけるかも知れません(希望的観測)


『序章』から読んでいただけた皆様、どうぞこのまま1話へお進み下さい(←)


これで少しでも多くの皆様に読んでいただけるようになることを願うばかりに御座います……


本日もお読みいただきありがとうございました。

次回の更新は明日の朝7時頃を予定しておりますので宜しくお願いします。


評価やブックマーク登録も大変励みになります。もし面白い!面白そう!と思っていただけたら是非宜しくお願いします

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