10月31日(木)-11
「俺が、鬼って、どういう」
章くんが声を震わせながら口を開いた。
鬼を祀る古籠神社の神主である楠木さんの息子である彼が、鬼にまつわる言い伝えが残る冬打村の村民である彼が、その言葉の威力が大きいことが分かる。
私以上に、鬼は身近な存在なのだろうから。
「半分くらいな、半分くらい」
圭は訂正し、ひらひらと手を振る。楠木さんは拳を握り締め、唇をかみしめている。もう、暴かれてしまった秘密をどうすることもできないと、悔しそうに。
「半分って……圭くんはどれくらいの割合なんだ?」
ふと思いついた疑問を口にすると、圭が「はぁ?」と眉間にしわを寄せながら尋ね返してきた。
「いや、だから、章くんは厄を喰らう厄喰らいなんだろう? 圭くんと同じ。それで、章くんが半分鬼っていうのなら、圭くんはどれくらいなのかな? って」
「ああ……なるほどなるほど。おっさんは、俺と同じ厄喰らいだから、同じ鬼だろうって思ったわけな」
「そうそう」
「結論から言えば、俺は鬼じゃない。同じ厄喰らいだけど、厄喰らいだから全部が鬼って言うことでもない」
「いろんな種族がいるんだねぇ」
感心して言うと、ぶっと章くんが噴き出した。
「なんだよ……気が抜けるじゃん……なんだよ、それ」
ふふ、と泣き笑いのように章くんが笑う。
圭は「調子狂うな」と言いながら、頭をガシガシと掻いた。
「おじさま、この村の伝承はご存じでしょうか」
静かに、水葉嬢が口を開いた。私は、伝承と聞いて頷いた。
「悪霊を食べて、人を食べなかったから、天が鬼を人にしてくれたっていう」
「そうです。それは逆に、人を殺せば再び鬼に戻るということ」
水葉嬢はそう言い、章くんを見る。章くんが、びくり、と体を震わせた。先程までの笑みは、もうない。
「無意識のうちに、人を殺したのですね」
「俺、人を殺すなんて、そんな」
震える章くんを、ぎゅ、と楠木さんが抱きしめる。抱きしめ、違う、と叫ぶ。
「違うんだ、章! お前は、お前が殺したんじゃない!」
「ですが、鬼になるというのは」
「だから、違う! ただ……ただ、お産がうまくいかなかっただけだ!」
――あ!
私は、合点がいった。
楠木さんが父子家庭であること、章くんが半分鬼になっているという事、楠木さんがいろいろなことを章くんから隠したいと思った事。
その全てが、そこに集結するのだ。
楠木さんの叫びに、章くんは「ああ」と納得したように声を漏らした。
「そっか、俺、生まれた時に、お母さんを」
「違う! 章じゃない、章じゃないんだ!」
「でも!」
――ぱんっ!
楠木親子の言い合いの中、柏手が鳴り響く。腹の奥底に響くような、強い音だ。
「そこは、どうだっていい。なにがどうあってっていうのは、もう終わったことだから。大事なのは今で、これからのことなんじゃねーの?」
圭は眉間にしわを寄せながら言う。
どうだっていい、と言い切る圭に、思わず私は笑みをこぼす。
私は圭の、こういうところが好きだ。私なら引きずってしまう重みを、簡単に引きはがしてしまような心地よさが。
「理屈だけで言えば、章は鬼になっていてもおかしくない。だけど、まだ鬼にはなっていない。それは、何かしらの理由が存在するんじゃないか?」
圭がそう言うと、楠木さんは「そう言われても」と言いながら頭を振った。
「章が鬼のようになっているのは、なんとなくわかっていました。離乳食が終わりそうなあたりから、肉ばかり欲しがったり、人を見て『美味しそう』と言ったりしていたので」
それはちょっと怖い。
私の視線に気づいてか、楠木さんは「違うんです」と言いながら手を振る。
「だけど、一度も人を食べるどころか、食べようとしたことはありません。そこはきちんと教えましたし、鬼の性質的なことを指摘されたことはありません」
「性質と言うと、人食いとか人と違う能力か」
「はい。人を食べたくなったら、厄を食べるといいとは教えましたが……実際に厄を食べたことなんて、小学校にあがるまでの頃までです」
楠木さんの言葉に、章くんは「俺が厄を」と呟いた。覚えていないのだろう。無理もない。私だって、小学校以前の記憶など殆ど残っていない。
「……鬼は、人となった」
ぽつり、と水葉嬢が呟いた。
「ねぇ、圭ちゃん。鬼は人となったのよね? ということは、章くんが鬼になりきっていないのは、鬼が人になる条件を満たしているからじゃないかしら?」
「人を殺さないっていうやつの他にか?」
「そう。そこに、ヒントがある気がするの」
水葉嬢はそう言って考え込む。楠木さんは「そう言われても」とだけ言って、ゆっくりと抱きしめていた章くんを離す。章くんもなんとも言えない表情で、楠木さんから体を離す。
「おっさん、何か思いつかない?」
圭が私に話を振った。
「え、なんで?」
「こういうのは、別の観点から見た方がいい気がする。あと、おっさんは無駄に村の中をうろついたんだろ?」
「無駄にって……まあ、うん。うろうろはしたけれど」
私はそう言いながら、スマホを取り出す。村の色々なところが写っている。その中でふと、指が止まった。
根滝の説明文の所だ。
「そういえば……あの石柱ってなんなんですか?」
「石柱、というと?」
「山からこの神社に向かって、漢数字と三角のマークがついた石柱が点在していたんです。16まであって……ほら、こんな感じに」
小首を傾げる楠木さんに見せるため、私は石柱の場所を書き込んだ地図を取り出す。
「根滝からスタートして、数字を辿りながら行くとほぼ一直線に古籠神社まで続いていたんです」
「ああ、それは鬼が根滝に通っていた時に迷わぬよう、作られたと言われています。村でも、小学校や中学校に向かう道しるべになると言われておりまして」
楠木さんがそこまで言ったところで、圭は「それだ!」と叫んだ。
「根滝だ。根滝に、ほぼ毎日通ってるじゃねぇか! 根滝まで行ってないから、本当に毎日行ってないから、完全に人になり切れてないんじゃないか?」
興奮する圭に、ピンときたのは水葉嬢だけだったようだ。私も、楠木さんも、章くんも、そろって首を傾げた。




