10月30日(水)-11
キャンピングカーに戻ってくると、片桐さんが微笑みながら「おかえりなさいませ」と出迎えてくれた。
「カレー、ですよね?」
わくわくしながら尋ねると、片桐さんがこっくりと頷く。
「気づかれましたか」
「気づきますよ、こんなに良い匂いが漂っていると」
スパイスの匂いが、空腹をそそる。間違いない美味しさが保証されている。
「準備しますので、手を洗ってきてくださいね」
「はい、すぐに行ってきます」
私は答え、足早に水場へと向かう。まるで子供の頃に戻ったようだ、とも感じていた。
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小学生の頃は、毎日友達と門限いっぱいまで遊びまくり、家へと帰っていた。家が近づくと、良い匂いが玄関先まで届いていたので、それに伴って腹が鳴っていた。
ただいま、と元気よくドアを開けると、母親が「おかえり」と声をかけてきた。ドアを開けると、夕飯のいい匂いがさらに肺を満たしていた。
お腹が空いた、と言うと、必ず母親は笑いながら言うのだ。
「手を洗っておいで。すぐに、ご飯にするから」
その言葉に、私は一秒でも早く、と洗面所に駆け込んでいた。一分でも一秒でも早く、夕飯を食べたくて。
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手を拭きながら、あの頃の生活を思い出す。
子どもだったころは、早く大人になりたかった。自分が好きなようにお金と時間を使い、好きなものに囲まれ、好きなように過ごしたかった。
私から見た大人は、自由気ままで楽しそうだったから。
宿題だってしなくてよかったし、学校へ歩いて通わなくていいし、お小遣いを気にせず好きなものを買って、好きなものを食べていた。
夜、子供が寝ている隙にお菓子やアイスを食べ、お酒やジュースを飲んでいたのも知っている。
いくらでも夜更かししていいし、ゲームだってマンガだって好きなようにやっていた。
だが、今こうして大人になったからこそ、あの子供の頃がかけがいのないものだったことが分かる。
もう守ってくれる人はいない。自分が自分の責任をとらなければならない。
一人暮らしだから、自分で自分の生活を回さなければならない。
お金だって無限にある訳ではなく、できる範囲でやりくりしていかなければならない。
私は子供がいないから、一人分で済んでいるけれど、もしこれが子どもがいたら……と想像すると、いかにあの頃の親が頑張っていたかが分かる。
面と向かって言うのは、気恥ずかしいけれど。
「今度、実家に帰ったら何か簡単なものでも作ってあげようかな」
キャンピングカーに戻りつつ、ぽつり、と呟く。なんとなく、親に会いたくなってしまった。
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片桐さんが、カレーライスとサラダを準備して待ってくれていた。もう、間違いない。
これは、おいしい!
「準備してくださり、ありがとうございます」
「とんでもありません。私も温めたりよそったりしただけですから。冷めないうちに、いただきましょう」
二人で、いただきます、と声をあわせてから食べ始める。
感想は一つしか出ない。うまい!
普段食べているレトルトのカレーではなく、家庭で作った懐かしいカレー。とはいえ、最初にピリッと口の中でスパイスが香り、後口に心地よい辛みを残す。
本格的な家庭のカレーというか、家庭の一段階上のカレーというか。
サラダもカレーに合わせて、さっぱりとしたドレッシングがかかっている。レタス、キュウリ、トマト、ヤングコーンといった定番の野菜ではあるが、その上にはフライドオニオンがちりばめられており、それが食感を楽しませてくれている。
最高だ。
長谷川さんの食事に、がっつりと胃袋を掴まれてしまった。これは華嬢も太鼓判を押したくなる。
「長谷川さん、本当に素晴らしいです。鈴駆さんが、羨ましくなってきました」
「私もです。話には聞いていたのですが、これほどまでとは思っておりませんでした」
「片桐さんも、長谷川さんの料理を食べるのは初めてですか?」
「ええ、業務として長期的にこういった事を行うのも初めてですし、今回は初めてのことだらけで楽しいばかりです」
ふふ、と片桐さんはそう言って笑った。つられて私も笑う。
二人で目いっぱい食べ、ごちそうさまでした、と合せて声を出す。
「後片付け、お手伝いさせてください。もう、今日は調査もできませんし」
私が申し出ると、片桐さんは「それではお言葉に甘えて」とほほ笑んだ。
二人で使った食器やテーブルを片づけていると、ふと鍋がコンロにまだ置いてあるのに気づく。
「あ、まだカレーあるんですね。明日は二日目のカレーですか?」
ワクワクしながら尋ねると、片桐さんは悪戯っぽく笑う。
「それは、明日の朝のお楽しみなのです」
「明日の朝の、お楽しみ……!」
すでに今から楽しみでいっぱいだ!
私は更に張り切り、後片付けを続けるのだった。




