10月30日(水)-6
片桐さんに村の中を回る旨を説明し、私はキャンプ場を出る。営業という仕事柄、歩き回ることに尻込みはない。むしろ仕事じゃない分自然を感じられて気持ちが良い。
圭君たちの事がなければ、もっと堪能できたのかもしれないが。
私はそこまで考え、軽く頭を振る。自然を満喫している場合ではない。
冬打村は、見ているだけでどこか懐かしさを感じられた。実家のある故郷の風景とはまるで違うのだが、なんとなく懐かしいと思わせられる。日本人だからだろうか。
友重さんがされていたように、地図とスマホを使って村を回る。何気ない住宅やら、田んぼやら、いわゆる田舎の風景が広がっている。
「商店と神社は、やっぱり行かないといけないなぁ」
どちらから行くかが、重要だ。本命は神社なのだが、いきなり神社に行っても許されるものなのだろうか。事前に商店で多少なりとも情報を仕入れた方がいいのではないか。
(友重さんは、神社で写真を撮ろうとして止められたんだよな)
私はスマホを見つめ、考える。同じように写真を撮ろうとすれば、きっと止められるだろう。その時、友重さんは理由など聞けなかったと言っていた。いつもは優しい村の人が、怖い顔をしていたからと。しかも、他の村の人も同じような表情だったと言っていた。
私が同じように写真を撮ろうして、同じように止められ、怖い顔をされるとする。だが、私なら理由を聞けるのではないだろうか。
何しろ、私は突如この村にやってきた「よそ者」なのだ。
これからずっとこの村に関わっていかなければならない友重さんと違い、ぽんとやってきて、さっさとどこかに去っていく人間だ。怖い顔にびびりはしても、理由をのほほんと訪ねてきてもおかしいとは思わないだろう。
(となると、先に商店に行くのはやめとくか)
先に情報を得てしまうと、理由が聞きにくくなるかもしれない。何しろ、何も知らないキャンパーを装うためには、情報がない方がいいのだから。
(あとは、そうだな……友重さんのSNSをチェックしていた、とした方がいいか)
そうすれば、村の中の様子を見て回っていてもおかしくないだろうし、神社の写真がないことに疑問を覚えてもいいだろう。
何より、キャンプ場で友重さんと話し込んでいてもおかしくない。
「きっと、私がキャンプ場に行っているのは、村の中で情報共有されているだろうし」
私は呟き、小さくため息をつく。
この村に限らないが、昔から住んでいる人、というのは横の結びつきが強い傾向にある。
回覧板を回すついでに話し込み、買い物に行くついでに話し込み、散歩のついでに話し込み……。ともかく、小さな話題から大きな話題まで、何かしらあれば話し込むのが常だ。
実家に帰った時、どこでどうやって手に入れたか分からない近所の人の情報を教えられたり、同級生のその後を知らされたりするのだ。両親が特に情報を集めようとしているわけではなく、普段通りに生活を送りつつ、近所の人と時折話すだけで、だ。
先日電話した時なんて、特に友達でも何でもなかった小学校の同級生の子どもが、受験して有名私立中学校に入学したなどという話をされたのだ。
どこで誰から聞いたのかわからない情報に、驚いてしまった。
私の実家でさえ、こうなのだ。この村は更に横の結びつきが強いだろうことはすぐに想像がつく。
私は自分の設定を今一度確認する。
友重さんのSNSをよく見ていて、一度キャンプ場へ訪れたいと思い、やってきた。キャンピングカーでやってきたが、バンガローもあると聞いて見学した。折角なので、SNSにアップされていた写真と実際の風景を見比べようと村の中を散策している。
こんなものかな?
「よし、他に何かあったら、臨機応変で」
私は呟き、友重さんのSNSを開く。冬打村の風景が、たくさん並んでいる。そのどれもが素朴で、美しく、どこか懐かしい。
営業の腕の見せ所だ、と私は意気込む。
何しろ、営業というのは口のうまさが大切なのだから。




