92 孤児院へ 1
みんなは荷物を部屋の邪魔にならないスペースに置いていく。ステラが兎猫の入った籠を置くとケミーが別れを惜しむように中へ声を掛けた。
「あぁ~お前とも明日でお別れだねぇ~」
ケミーは兎猫の籠の扉から指を入れ、中にいる毛むくじゃらの動物をなでなでする。
その様子を見てたステラは何かを思い出した。
「あ、そうだ。ねぇルイザちゃん」
ステラはルイザに声を掛けた。何を聞かれるのかルイザは分かっていたようで、ステラが用件を切り出す前に答えた。
「その子の名前ですわよね、ちゃんと考えておきましたわ。もしお気に召さなかったら不採用でも構わないのですわよ」
ステラはルイザに兎猫の名づけを頼んでいた。ルイザはちゃんと考えてくれたようだ。
「ごほん。私が考えた名前は……“チッピィ”ですわ」
自信が無いのかルイザは緊張感を纏わせる。
「チッピィ……」
ステラは復唱し兎猫をじっと見つめる。
私が名付けようとするといつも否定的だったし、名づけがルイザといえども今回も気にいってないかもしれない。
他人の感性と自分の感性では噛み合わない部分というのはどうしてもあるだろうしきっとそうだろう。
(もしかして気に入らなかった?)
相手がルイザだと言い返しづらいかもしれない。無難に断る方法を一緒に考えるとしよう。
(え? こんな可愛いのに気に入らないわけないよ)
ステラはとんでもないとばかりに否定した。
(そう、良かったね)
……うん、気に入ったみたいで良かった。
「よし、今日からお前はチッピィだ!」
元気よく兎猫に告げるとチッピィは喜びを示すように狭い籠の中で飛び跳ねた。
「ルイザちゃん、とても可愛い名前ありがとう!」
ルイザは受け入れられたからかホッと息をついた。私は2度も駄目だったのにルイザは1発で採用とは……悔しいなぁ。
その後はみんなお腹が空いていたので食堂に向かった。食堂は町ということもあり人が多い空間も広い。そして夕食ということもあり冒険者がたくさんいた。ケミーは変な人達に絡まれるのを恐れ、黙々と料理を口に運んでいく。サービル村でのディマスのことがトラウマになっているようだ。
ルイザは事情を知らないため普段とは違う大人しいケミーのことを心配していた。理由を知ると安心し、ケミーがうっかり騒ぎ過ぎないようにするためか普段より小さな声で会話をした。
部屋に戻るとケミーは元の調子を取り戻した。そして不安が溜まりまくってようでステラに無理難題を吹っかける。
「ステラちゃん! みんなと別れたくない! どうにかして明日が来ない様にできないかな?!」
「そんな方法あるなら私が知りたいよ!」
徐々に近づく別れの時を思うと辛いようだ。明日が来ない方法と言えばタイムマシンがもしかしたら実現してくれるかもしれないけど、そこまでして戻りたいわけでは無いだろうな。
「ケミー、私はしばらくの間はこのギルドにいますし、ステラはこの町の住人ですわ。会いたいと思えばいつでも会えますわよ。ね、ステラ?」
ルイザは安心させるように言うとステラに同意を求める。
「そうだよケミー! 私達4人はまたすぐ会えるよ!」
「そうか、また会えるんだよね! ……でもやっぱり寂しいよ~!!」
ケミーは一瞬喜んだけど、すぐに悲しげになりステラに抱き着いた。
ステラは無理矢理剥がすことはせず困惑しながらもケミーが離れるまで我慢した。
めそめそするケミーにルイザは優しく諭す。
「ケミー、別れは明日ですわ。まだ今日は終わっていないのですわよ。そんな寂しい寂しいばかり言わずに残り僅かな貴重な時間を有効に使ったほうがいいと思いますわ」
言われたケミーはハッとするとステラから離れ、慌ただしく何をしようかと焦り出す。
風呂に入ってないことに気付くとみんなで入ろうと提案して来た。けどステラとルイザは流石に一緒に入るのは断った。
ケミーはキディアを誘うとキディアは嬉しそうに頷き、2人で浴室に向かった。
「私は最後に1人で入りますので、ケミー達の次はステラに譲りますわ」
ステラの後にルイザが入り、全員が風呂を済ませた後は明日から別々の生活が始まるということもあり色々な事をした。
お菓子を食べながらお喋りしたり、カードゲームで遊んだり、ゲームに疲れたらなんとなくじゃれ合ったりとみんなで楽しい時を過ごした。
寝付いたのは深夜2時だった。
そして翌日の昼前、私達はギルド職員に連れられて高い建物に囲まれた街中を、車内を立って歩ける高さの自動車で孤児院に向かった。
みんな遅くまで起きたにも拘わらず元気だ。若いというのもあるけど寝不足状態を私が魔法で少しだけ回復してあげたからだ。
ちなみに怪我を治したり筋肉の疲労を回復するのと違って、寝不足を無理矢理解消するのは体に毒になりやすい。だからあまりしないほうがいい、と幽霊の知人から注意されたことがある。
生前に「寝なければ時間を効率的に使えるじゃん!」と調子こいて寝不足解消しまくってたら記憶が変になったことがあった。おそらく頭に影響があるっぽい。なので基本的には使わないことにしている。
「うー、緊張するー。ステラちゃんも一緒に孤児院に入らない?」
ケミーは緊張していた。キディアは大人しくしてるけどきっと同じ思いをしてるだろう。
「私には家もあるしお母さんがいるから無理だよ」
ステラは孤児では無いので断った。
目的地が近づくと車を操作している職員が声でケミー達にアレだよ、と周りとは雰囲気の違う建物を教えた。
孤児院はレンガ模様の赤い塀で囲まれており、門は格子になっている。格子の隙間からは広い庭が見え、奥の方に大きな建物が見えた。
「これって孤児院だったんだ。私の家から少し遠いけど、でも歩いて行ける距離だ」
ステラの言葉にケミーとキディアの緊張が緩み、少し安心したように見えた。




