87 偽の冒険者カード
ギルドに入るとすぐ目の前は待合室だ。ルイザ達と中に入った私は待合室の壁に張られている紙に目が行った。私達にしつこく付きまとったあの犬が本物かと思う程に精巧に描かれていたからだ。絵とは思えないほど本物そっくりなので機械にでも描かせたのだろう。何か凄い物があれば大体機械のせいだからね。
(ねぇステラ、あの張り紙に描かれた絵の犬ってさ)
(絵じゃなくて写真だよ。あ、この犬って……)
(そう、その犬……動物かと思ってたけどキメラだったみたい)
張り紙の犬の写真はキメラ研究所からの注意喚起だった。名前から察するにキメラの研究をしてる所なのだろう。
恐らく犬は自称勇者兼魔王の爆発に巻き込まれて死んだと思われるけど、面倒なことになりそうなので報告はしないほうがいいだろう。
それにしてもあの犬は外見はただの動物のはずだけど? キメラと動物の違いは外見だけでは分からないということか? だとしたら何を持って区別してるんだろうか。どっちにしろ襲ってきたら撃退するだけだし違いなんてどうでもいいか。
「ちょっと着替えに行ってきますわ」
ルイザは張り紙には興味を向けず、ステラが預けたゴスロリ服に着替えるために部屋に向かった。洗濯はしてないけど大丈夫なのだろうか? とも思ったけどもしかしたらルイザもすぐに綺麗にできる魔術が使えるのかもしれない。
ケミーとキディアは買ったお菓子を持って部屋に向かった。
ステラは既に荷物の整理は終わってるので手ぶらで待合室のディスプレイの配信番組でも見て時間を潰すことにするようだ。
(この番組つまらないから変えるね)
ステラは周囲を確認し、誰も見ていないのを確認すると映像の真下にある機械を操作して別の番組に変えていく。猫や犬の動物などが映る番組で操作を止めた。
ただただ様々な動物が可愛い事をするだけの平坦な内容だ。10分も見ると流石に私は飽きて来た。
私の時代とは少し動物達の容姿が違うように見えたけど全く変わっていないのもいた。なので100万年の間に種類が増えただけなのだろう。
でも淘汰された種もいるのかもしれないな。いたところで私は動物博士でもないので分からないのだけど。
映像を見ていてもステラの拾った兎猫と同種の動物は一向に出て来ない。
……そういえばあの兎猫の名前決めてなかったな。
(その犬や猫を見て思い出したんだけど兎猫の名前は考えた?)
(え、まだだけど? 適当に名付けるのも愛が無いし、うーん。どうしよっかな~)
(じゃあさ兎と猫を足したような姿だし、兎っぽいキディアと猫っぽいケミーから取ってキディミーってのはどう?)
(えぇ……却下)
凄く嫌そうな顔をされた。こっちは善意でやってるんだからその顔はやめてよ!
(拾ってからもう2日目でしょ? そろそろなんでもいいから呼び名を付けた方がいいんじゃないかな?)
(分かってるけどさ、可愛い名前つけてあげたいんだもん! 適当に付けたくないよ)
足音が聞こえたので視線を向けると、ルイザが嬉しそうに近づいて来るのが目に入った。
「ね、ねぇステラ。ど、どうかしら?」
と、緊張感を漂わせつつ黒づくめのゴスロリ姿をくるりと一回転して見せつけてきた。
どういうわけか尻尾がスカートの後ろの間から出ている。お店では直してもらっていないはずだけど……? 私には分からない穴があって元々尻尾が通せるようにできていたのかもしれない。
色白のルイザがその服を着ると絵の中から飛び出してきたかのような現実感のなさを感じる。顔だけなら私と同レベルだけど全体の雰囲気とか魅力で言えば彼女の方が上かもしれない。
「ルイザちゃんには恐ろしいくらいその服が似合ってるよ」
「恐ろしいは余計ですわ!」
褒められすぎるのが照れ臭いのかそう言いつつもルイザは満更でもない様子で顔を逸らし、そしてボソッとお礼を呟く。
「……ありがとう、ステラ」
「え、なに?」
「なんでもありませんわ。あ、そうそう、見て欲しいものがあるのですが、ちょっとこれ――」
そう言ってルイザは長方形の札――冒険者カードをステラに向けた。
「えーと、これは冒険者カードだっけ?」
「そうですわ。ほら、ここを見て」
ルイザの指差した場所には人が書いたとは思えないくらい整った字で名前が書いてある。
記された文字を見てステラは目を見開いた。
「私と同じ名前だ!」
ステラ・プリマディオルと書かれていた。プリマディオルはステラの名字だったはず。
「一応聞きますがあなたのものじゃないですわよね?」
ステラは手を振って即座に否定する。
「ないない、私まだ冒険者になってないのに?」
「じゃあきっと同姓同名ですわね」
「同じ名前かぁ、どんな人なんだろう。会ってみたいなぁ、ってなんでそんなもの持ってるの?」
「昨日拾いましたの。一応あなたと同じ名前だから尋ねてみたのですわ。違うみたいなのでこれはギルドに返してきますわね」
他人が持ってたら悪用が出来るのかは知らないけどルイザは受付窓口に向かった。
職員の男はルイザからカードを受け取り、奥の方にある機械で何か作業を始めた。
少しするとどういうわけか困惑した様子でルイザにカードを返却した。
ルイザはカードを見つめながらステラへと近づく。
「同じ名前の冒険者はいるらしいけど、このカードに登録された人はいないようですわ。つまりはこれは精巧に造られた偽物ですわね」
ルイザは微笑みながらカードをステラに差し出す。
「誰が何のために作ったか分からないけど冒険者になるまでの間、気分だけでも味わえるんじゃないかしら? ふふっ」
ステラは受け取った偽の冒険者カードを興味深そうに見つめる。
(うーん、でもこれって偽物なんだよね?)
と、ステラは困惑した声を私に向けた。
(偽物とはいえルイザが本物と間違うくらいの物だし、気分だけでも味わえるんじゃない?)
冒険者になったときには紛らわしくて邪魔になるから捨てることになるだろう。
用事が済んだのかルイザも席に腰を下ろした。ステラから1つだけ席を飛ばしており、配信番組に目を向けている。
ステラはすぐ隣に座りたがっていたけど嫌われるのを恐れて移動はしなかった。
(私が冒険者になったらこんな感じで名前が書かれるのかぁー)
ステラはカードを30秒ほど眺めた後、何かを思い出したのかルイザに声を掛ける。
「あの、ルイザちゃん! 良かったらでいいんだけどさ――」
ステラは兎猫の命名をルイザに依頼した。
ルイザは少し考え込んだ後、快く引き受けてくれた。
「私が決めていいのですか? じゃあ……適当に付けるわけにも行きませんし、エリンプスの町に着くまでに考えておきますわ。……ってその顔はなにかしら?」
ステラは断られると思ってたのか、ポカンとした間抜け面でルイザを見つめた。
問われたステラはニコッと笑って答えた。
「あ、ううん。ありがとう、楽しみにしてるよ!」
「あ、あまり期待しないでくれると助かりますわ」
話が終わると二人は宙に移された映像に目を向ける。
ステラはルイザが嫌そうにしなかったのが嬉しいらしく笑顔を浮かべた。ルイザは名前でも考えてるのか眉を寄せていた。




